マニア対決
「か……監督!すいませんっ!」
「いや、無事でよかった。しかし私も驚いた。青川がピークだった時、あなたはまだ幼かったはず。私とあまり年齢は変わらないように見えるが……」
「はい!私も18歳、『入道 雪』といいます。両親がペンギンズファンで、私も小さいころから応援していました」
ペンギンズは東北の選手を積極的に獲得していた時期がある。以前は秋田で主催試合を毎年行っていたこともあり、ペンギンズファンはそれなりにいた。
「今のエピソードは有名な話ではない。私は祖父の力で直接本人から聞く機会があったが……あなたは?」
「青川選手について調べた時に、地元の新聞の記事を見つけました。青川選手だけでなく、ペンギンズの選手のことはしっかり研究します」
自分と同い年で、自分と同じレベルのペンギンズマニアがいる。つばめは雪に興味を持った。
「ふむ……そういえばペンギンズのここ10年の順位はどうだったかな?」
「5、4、6、2、4、5、5、4、6、6です。勝敗や勝率、1位とのゲーム差も……」
「いや、いい。さすがに簡単すぎたか」
チームの順位も完璧に把握していることが確認できた。単なる選手たちの追っかけではないようだ。ちなみにつばめも勝率やゲーム差は完璧に記憶している。
「池村の去年の打撃成績は……」
「ファームで打率2割6分5厘、ホームラン15本、打点40です。四球は32、三振が90、二塁打は……」
二塁打以降も全て正確に答えた。二軍の成績すら即答するのだから、個人成績についてこれ以上聞く必要はないだろう。
「2年前の5月8日、劇的なサヨナラ勝ちの試合で……」
「先発の小山投手が6回5失点、大阪スキュアーグリルズに3点のリードを許し終盤に入ります。7回にドミンゲス選手のタイムリーで2点差としますが、その後はチャンスであと一打が出ずに最終回!まずは表の守りで……」
つばめは試合を決めたシーンだけを聞こうとしたが、雪はそれ以上に語る。これならもっと地味な見せ場のない試合について質問してもよかった。
「おい、なんだあれは?」
「つばめ監督が誰かと話し込んでいるぞ!」
オーディションが終わって散り散りになった報道陣や野次馬が再び集まり、つばめたちを囲んだ。
「四条の背番号は……」
「最初は65、3年目から17、引退後は107です。バッティングピッチャーの中でもベテランですよね、四条さんは」
つばめがクイズを出しては、雪が即答する。1問でも不正解ならそこで終わるはずが、いつまで経っても終わらない。特定の対戦相手との成績や球場別打率まで完璧に答えてきた。
「あの子……とんでもない知識だな。受験はできなかったらしいが、わざわざ東京に来たのも頷ける」
「つばめ監督以上じゃないか?あれは」
「……………」
もし雪が問題を出す側に回ったら、つばめはどこまで凌げるだろうか。上には上がいると皆が雪を称賛しかけていた、その時だった。
「ふふふ………あっはっはっは!」
「っ!?」
突然つばめが大きな声で笑い始めた。『つばめ監督より上』と誰かが口にした瞬間に目つきが険しくなったというのに、すぐに笑うのだから雪は驚く。
「よし、あと2問だ。これまでの問題より難易度は下がる、サービス問題のようなもの……しかしあなたは答えられない。快進撃も終わりだ」
「………?」
ペンギンズのことなら何でも完璧に頭に入っていると思われる雪に対し、なぜそう言い切れるのか。周囲が騒然とするなかで、つばめは雪の弱点を暴いた。
「ペンギンズが誇る偉大な投手、正一金政が100回目の完投勝利を挙げた試合……最後の打者は?」
「………え?完投100回?」
雪が止まった。答えがわからないというよりは、問題が理解できていない様子だった。完投勝利を100回も達成するピッチャーの存在に目が丸くなった。
「正解は名古屋の山下太郎選手だ。あなたほどのペンギンズファンなら楽勝のはずなのにな」
山下太郎という選手名すら雪は知らない。つばめの読みが的中した形になった。
「次も有名なエピソードだ。正一金政が現在でも2位に1000個以上の差をつけている通算奪三振記録だが、3000個目の三振は誰から奪った?」
「………!!」
「時間切れだ。答えはウェールズの山田太一選手だ」
ウェールズが現在の『横浜スターヒーローズ』だということは雪でもわかる。しかし山田太一選手と言われても、やはり誰のことかさっぱりだ。
「あなたの知識はおそらくこの15年くらいのものだけだ。あまりにもその知識量が多すぎて、必修である正一金政についての基礎的な事柄を取り入れる余地もない……それでは駄目だ」
「……はい」
近年のクイズを続けていけば、そのうち雪が勝つ。しかしペンギンズの歴史全てを範囲とするならつばめの圧勝だ。
「金政の3000個目の三振の相手って必修なのか?正直年寄りも知っているか怪しいぞ」
「単なる負けず嫌いじゃないだろうな?」
つばめの勝利に疑問の声が飛ぶなかで、雪はつばめに頭を下げた。そして立ち去ろうとしたが、つばめは彼女の腕を掴んで止めた。
「………しかしそのレベルなら合格だ。ペンギンズへの熱烈な愛は誰の目にも明らかだ。あなたもチームの一員になるといい」
「えっ!?そ、そんな……監督とお話できるだけで満足だったのに………」
「ペンギンズで働きたい、その思いで秋田から来たのではなかったのか?嫌なら無理にとは言わないが……うっ!」
今度は雪がつばめを止めた。後ろからのタックルで強引に止めたので、2人とも倒れた。
「す、すいません!すぐにどきますから……」
「ふふふ……おい、彼女をすでに合格した者たちと同じ部屋に案内するように」
9人目の合格者が決まった。雪のペンギンズマニアぶりがどう役立つか、群衆も期待していた。
「ところで……学校はどうするんだ?東京で生活してもらうことになるが」
チームとしての仕事はたくさんある。外苑球場で試合がある日だけ秋田から来ればいいというわけではないので、雪にはしっかり考えてもらう必要があった。
「退学しますよ?当たり前じゃないですか。学校なんか行っている暇はありませんよ!」
「………!」
即答だった。そこまで覚悟を決めていると、逆につばめのほうが一歩後退した。
「……無理に辞めなくても、単位が取れる方法や休学の道を探す手もある」
「いいえ。高校や大学は自分の将来のため、夢を叶えるためのものです。ですからもう行く必要はありません。今日中に手続きをします」
雪はスタッフに連れられていったが、説明などが終わったらすぐに自宅と学校に連絡を入れるだろう。つばめが彼女の人生を狂わせたとも言える。
(……私も決断すべきか………)
つばめは全く登校していないが、学校に籍は残っている。雪の思い切りのよさを見て、自分はまだどこかに迷いがあると気づかされた。
(まあいい。まずは今日の試合だ。能登さんにしっかり勝ちをつけなければ………)
後回しが許される状況なら、焦らなくてもいい。勝利に向けて頭をリセットした。
入道雪……ペンギンズで働くために秋田から上京してきた、つばめと同い年の女子高校生。ペンギンズマニアぶりではつばめを凌ぐ一面もある。名前の元ネタは秋田県の入道崎から。
青川、四条……かつてペンギンズに所属していた投手たち。共に一瞬だけ輝いていた。彼らの名前の元になった選手たちがすぐに出る読者の方はほとんどいないはず。
山下太郎、山田太一……正一金政の現役時代に活躍していた選手たち。彼らの元ネタを知っている読者の方もやはりほとんどいないのでは?
横浜スターヒーローズ……横浜を本拠地とする強豪チーム。この数年は常に上位にいるが、優勝には手が届いていない。




