説得
つばめによるパフォーマンスチームの解散宣言。記者たちが呆然として何も言えないうちに、つばめは話を続けた。
『ふふふ……本気にしてもらっては困る。私が勝手に解散させられるわけがないだろう。管轄外だ』
「そ……そりゃあそうだ」
「監督とはいえそんな権利はないよな」
皆で我に返った。人事権を持つ『全権監督』と呼ばれる監督もたまにいるが、彼らであってもパフォーマンスチームを解散させることはできない。
『そう。私と彼女たちは戦う舞台が違う。だから私が彼女たちのダンスに興味がないのも、彼女たちがペンギンズや野球をどうでもいいと思うのも自由だ』
『……確かにその通りなんですが、うーん……』
『彼女たちがこの仕事をきっかけにペンギンズファンになってくれたら、それ以上の喜びはない。私も以前より近くで彼女たちに接することで、いつか見方が変わるかもしれないからな』
どこまで本気で言っているのかわからないが、これ以上問題を大きくしても仕方がない。この話題は打ち切られ、終わったかに思えた。
ところがその後、事件は起こった。会見の一部しか見ていない人間が解散の部分だけをネット上で広め、それがパフォーマンスチームのメンバーにも届いてしまった。以前からつばめに不満を抱いていた者たちを動かす燃料となった。
「つばめさん!」
「ん?みのりか。なぜ起こす?」
みのりが登校してからゆっくり起床すると決めていた。しかし今、予定より早い時間に身体を揺らされたつばめはベッドから出ようとしなかった。
「とにかくこれを見てください!」
「……ふむ………」
テレビの画面の中には、ペンギンズのパフォーマンスチームのメンバーがいた。それだけでつばめは何が起きたのかを察した。
『昨晩のつばめ監督の発言に我慢の限界を迎えたというメンバーたちは一斉に辞表を提出!全メンバー16人のうち12人が脱退する事態となりました』
4分の1しか残っていない。これではつばめの冗談通り、解散しかない。
「こんな大変なことになってしまって……私も学校どころではありません。あっ、早く起こしてしまいましたが……朝食はどうします?」
「せっかくだ。いっしょに食べよう。作り置きよりもこっちのほうがおいしいに決まっているからな」
テレビを消し、2人はゆっくりと朝の時間を過ごした。つばめが全く動じていないので、みのりもすぐに落ち着きを取り戻した。騒ぐようなことではなかったと反省した。
「しかしこれで球場での罵声はますますひどいものになりそうですね。傷ついていませんか?」
「傷ついているように見えるか?」
「まさか。ですがいつでも言ってください。私はあなたの………」
みのりは左手の薬指に光る指輪を見せる。ただの友人ではないことをアピールした。
「その時が来たら甘えさせてもらおう」
つばめの精神力なら心を病むことはまずない。そこまで追い詰められる前にシーズンを終えて契約満了となるだろう。
「どこまでチームを壊せば気が済むんだよ!」
「頼むから消えてくれ!人知れず死んでくれ!」
つばめがグラウンドに姿を見せなくてもヤジの嵐だ。今回の大量離脱事件によって、中立派がほとんどつばめの敵になった。
「お前が代わりに踊るのかよ!?裸踊りでもやらなきゃ許さねーぞ!」
「裸でも生ぬるい!皮膚を剥げ!」
ジューシーズの練習時間なのにこれだ。無事に試合ができるのか、グラウンドの内外で不安が広がった。
「監督……どうするんですか、これ」
「さあ?しかしあの連中も野球を見に来ているんだ。試合の邪魔はしないだろう」
問題は試合後だ。球場を出た直後に襲撃される危険もある。警備員だけでは抑えきれず、警察の力を借りることになるかもしれない。
「ほら、ジューシーズの連中もやりにくそうだ。条件は五分と五分……いや、慣れているぶん私たちのほうが有利に戦えるかもしれないぞ」
ここまで開き直っているならコーチたちは脱帽するしかない。どんな負け方をしてもファンの怒りの矛先がつばめにしか向かないのだから、選手たちは楽になる。余計なことを気にしないようになれば、チーム状態は上がるはずだ。
「いいのか?監督に全て押しつけても……」
「俺たちが何をしてもヤジは止まらないだろ。勝ちまくって監督への不満を減らすくらいしかできることはない」
つばめだけが傷つくのは駄目だとわかっているが、具体的にどうすればいいかわからない。若い選手たちは唇を噛んだ。
「厄介なファンでも言うことを聞くような人がガツンと注意してくれたらいいんだが……」
「そんなお方がどこにいるっていうんだ」
つばめを助けたいと思っているのは若手だけではなかった。選手ではないが、大ベテランと呼べるあの男が立ち上がった。
「………」
彼が動いても事態が好転するとは限らないが、何もしないでいることなど考えられなかった。これまで積み上げてきたものを失うとしても、やると決めた。
『今日も早くから外苑球場にようこそ!ペンギンズとジューシーズのカードは早くも今日で最終戦!来年は宇都宮でお会いしましょう!』
試合開始まで30分となり、スタジアムDJとペンタロウが登場した。2人の漫談が行われてからスタメン発表、その後はダンスの時間だ。しかし今日は普段通りの進行とはいかないだろう。
『我々ペンギンズは朝から大変なことになってしまいましたが、ペンタロウが少しでもその不安を和らげてくれるネタを用意しているはずです!』
「あの狂人が消えなきゃ不安なままだぞ!早く精神病院にブチ込め!」
「あいつは道端のゲロや犬のクソ以下だ!」
ペンタロウがスケッチブックに文字を書いている間も下品なヤジは続いた。普段は観客を盛り上げるのが仕事のペンタロウだが、今日だけは彼らを黙らせるために自分の思いをペンに乗せた。
『………』
『どれどれ……「ペンギンズファンの皆様へ、いつも熱い声援に感謝します。皆様の応援がなければ、ぼくもチームのみんなも食べていけません。ありがとうございます」』
まともな挨拶だ。ここからどんなネタに繋げていくのだろうと皆は期待していた。
『……「ところが最近、その熱が間違った方向に進んでいることがあります。時には叱咤激励も必要ですが、汚すぎる言葉や傷つけることが目的の罵声は別です」……』
スタンドがざわめく。読み上げるDJもこの異変に動揺していたが、書いてある以上はそのまま読むしかない。
「……ふふふ………」
つばめは静かに笑った。不謹慎で周りをヒヤヒヤさせるネタは日常茶飯事だが、ファンの行動を公の場で直接非難するのは初めてだった。
『「あなたが発しているその言葉は、大事な人に聞かれても恥ずかしくありませんか?両親や子どもに胸を張れますか?しっかり考えてください」………ペンタロウ、これで終わりですか?』
『………』
ペンタロウが力強く頷くと、球場の空気は大きく変わっていた。つばめへのヤジは完全になくなったわけではないが、下劣で聞くに堪えないものはかなり減った。ペンタロウの説得は確かな効果があった。
「……彼が私のために動いてくれたのだから、私も動かなければな。彼の代わりに場を賑やかにしよう」
「か…監督?どこへ?」
つばめは席を立ち、ベンチを出た。
1億円貰えるが、最後に遊んだゲームの世界に飛ばされる→ねこあつめ2なので問題なし。




