解散
「もう九回なのに158キロ……」
「運がなかった、そう思うしかない」
10対0ではベンチも諦めがつく。ジューシーズのレーンはランナーを出せば崩れるが、早々に大量の援護をもらったおかげで楽に投げた。そもそも九回までにランナーを2人しか出せないのでは話にならず、ペンギンズは投打に見せ場がなかった。
『空振り三振!完封目前、球数は95!』
100球以内で完封負けの屈辱が迫っている。嫌がらせのためにファールで粘って100球以上にすることもできたが、つばめは積極的に打てとサインを出した。
「相手はあと5球で終わらせたいはず。しかもバッターは長打のない青山だ。余計なボール球は使わないのでは?」
「球威は落ちていないし、ストライクゾーンのストレートだけで押し切れると思っているでしょう」
球数を稼いでも意味はない。打ってこそ一矢報いることができる。攻めの姿勢を崩さなかった。
「もらった―――っ………あれ?」
『バットが折れた!ピッチャーゴロ!レーンからファーストの石神に送られスリーアウト、試合終了!』
狙いはよかったが、力負け。今日は作戦や采配でどうにかできる試合ではなかった。
「弱すぎだろ!監督のせいだぞ!」
「素人の限界だ!さっさと消えてくれ!」
それなのにペンギンズファンたちの矛先はつばめに向いていた。後村との対決後は会見の場で敬語を使わなくなり、さらにパフォーマンスチームへの冷たい態度もファンの反感を買っていた。
「お前の本性はもうわかったんだよ、クソガキ!」
「愛想がないんじゃ風俗でも働けないぞ!クビになったらホームレスでもやってろ!」
ヤジが過激になり、観客席の警備員やスタッフが警戒を強める。つばめに向かってペットボトルや弁当のゴミを投げるファンまでいたが、グラウンドの警備員が盾となり防いだ。
『これはいけません!つばめ監督を支持するファンとそうでないファンによる小競り合いが起きています』
『選手に向けられるべき非難を一身に集めていると考えればある意味優秀な監督なのですが……』
大量失点の先発投手や全員ノーヒットだったクリーンナップへの罵声は聞こえない。つばめが彼らを守っていた。
「いたた、受け身を失敗するとは……ん?」
「……………」
ペンタロウに入っている男が腰に手を当てながら座っていると、つばめがノックもしないで部屋に入ってきた。
「疲れが溜まっていると言っていたのに無茶をしすぎだ。自分の年齢を考えたらどうだ」
「ハハハ……無理をしなきゃここまで来れなかった。そしてこの先にも行けない。俺は突っ走り続けるぞ」
彼の努力がなければ、ペンタロウはどこにでもいるスポーツチームのマスコットだった。プロ野球12球団の中でもペンギンズは地味で、埋もれそうになるチームを盛り上げるために彼は奮闘した。
「海田はいつ復帰できるかわからないし、お前が辞めたら今のブームは終わる。俺が手を抜くわけにはいかないだろ?」
「そうだな。しかしあなたの代わりはいない……ほんとうに無理だと思ったらちゃんと言ってほしい」
いつかは彼も引退の時が来る。今のうちに二代目ペンタロウの中の人を育てる必要があるが、彼の後継者になれるような者はどこにもいなかった。
「お前こそ限界以上に頑張るなよ。球場のヤジはもちろん、いろいろ言われているが……」
「そんなものをいちいち気にしていたら監督なんかできない。猿や犬の鳴き声に心は乱されない」
「……それ、絶対表で言うなよ」
ファンや世間の声を動物扱いすれば解任一直線だ。ストレスや怒りで余裕がないと、口のチャックが壊れて失言がこぼれてしまう。政治家や権力者もこれが命取りになって失脚している。
「ふふふ……私も監督としてやるべきことがまだまだ残っている。自分の首を絞める真似はしない」
惨敗を喫した試合後もつばめは会見をキャンセルせず、記者たちの質問に応じる。ここでつばめが語った言葉がその日の深夜、そして翌日の朝にはテレビや新聞で大きく報じられる。ネットならもっと早く人々に伝わる。
『奥投手はさすがに再調整ですか?』
『そうだな。よくなる兆しが全く見えない』
敬語を使わなくなったが、威張っている風には聞こえない。余計な繕いがなくなったことで、以前よりも本心を語っていると言われていた。
『高校時代は世代ナンバーワンと言われていた投手です。監督の目から見て、何が伸び悩んでいる原因だと思われますか?』
『年齢だけならまだ若いが、もうピークを過ぎているのかもしれない。球速とコントロール、どちらも悪化しているのでは改善しようにも打つ手がない』
奥の可能性を否定するような発言だ。それでもこれが問題視されることはない。皆が言いたくても言えなかったことを口に出しているだけだからだ。復活に期待する時期は終わり、これからは残すか捨てるかの見極めに入る。
『明日は二軍から本松投手が昇格し即先発……木曜日は先週もブルペンデーでした。やりくりはかなり厳しいのでは?』
『交流戦が終わったら組み直す。チームの順位を上げるのが第一だが、多くのピッチャーにチャンスを与えるつもりだ』
一部の優秀なピッチャー以外は誰を使ってもあまり変わらない。その中から抜け出す者がいるのか、テストが行われる。ここまでは全く問題なく会見は進んでいた。
『パフォーマンスチームの一部のメンバーが監督を批判する言葉をSNSで投稿していますが……その件についてはどうお考えですか?』
会見場の空気が変わった。これまでと違い、対応を誤れば大変なことになる種類の質問が来た。
『うーん……難しいな。もし選手やコーチがそんなことをしたら有無を言わさず追放だ。しかし彼女たちは正式なチームの一員ではないからな……』
チームの一員ではないとつばめが口にすると、記者たちはどよめいた。もっと言葉を濁すと思いきや、はっきりと部外者であると宣言したからだ。
『しかし監督、彼女たちはペンギンズのために……』
『一応はな。だが聞いた話では、他球団や別の競技のチームにも応募したが落ちたからペンギンズに来たというやつもいるという。他球団ファンを公言したり、実は野球に関心がないと言うやつまでいるほどだ。彼女たちの立ち位置は売店の店員や業者と同じだ』
外苑球場の従業員全員がペンギンズの一員かと聞かれたら、皆が違うと答えるだろう。野球やペンギンズが好きだと仕事に集中できないので、野球に興味がないことを条件にバイトとして雇う店もあった。パフォーマンスチームもその程度に過ぎないとつばめは言い、またしても記者たちを驚かせた。
『そもそも野球界はスピードアップを目指しているはずだ。無駄を省き時間を短縮したいのなら、イニング間のダンスなど真っ先にやめるべきものだ!』
『………!』
『我が東京グリーンペンギンズは他球団に率先し……本日をもってパフォーマンスチームを解散する!』
「………う、うそだろ」
想像を遥かに超える失言が飛び出し、ペンタロウの中の人は椅子から転がり落ちた。
デュプランティエ、横浜DeNAベイスターズ加入決定!!!優勝させて頂きます。




