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不思議な指輪

 後村三恵に密着取材の仕事が与えられた翌日、富士スポーツは彼女をペンギンズの担当から外すと発表した。つばめに対する無礼な発言の数々を重く見て、しばらくは社内の雑用からやり直させる方針だという。


「当たり前だよ。あいつは喧嘩を売っていた」


「あの女のせいで監督のコメントが取れなくなったら俺たちもえらいことだ。ふざけやがって」


 これは世間を騙すためのニュースだった。後村は表舞台から消えて会社で大人しくしていると見せかけて、その間に海田が休養している場所に向かわせる。


「どうしてつばめ監督に唾を吐く真似をしたのか、あいつを取材してみるのはどうだ?」


「やめておけよ。こっちまでとばっちりを食うぜ」


 人々はやがて後村のことを忘れ、つばめの思い通りに事が進んでいった。






「よろしいのですか?私が乗っても……」


「オーナーの娘としての特権を遠慮なく使えばいい。この程度、わがままのうちに入らない」


 東京に帰る新幹線のグリーン車で、つばめの隣に座っているのはみのりだった。チームの一員ではないが特別に許された。


「窓側まで譲っていただいて……」


「私は景色を見ない。資料や映像とにらめっこだ。それに博多にはまた来るかもしれないからな、秋に」


「あっ……そうでしたね。うふふ」





 

 つばめとみのりは料亭での食事が終わると、後村とは店内で別れた。どこに週刊誌の記者やカメラマンがいるかわからないので、念には念を入れた。


「ホテルまで1キロくらいのところで降ろしてもらえないか?少し歩いて帰りたい」


「はっ…はい。わかりました。ボディーガードの方々がいるので安全でしょうが、夜道ですからお気をつけください」


 せっかく九州まで来たので、空気を味わってから帰ることにした。みのりもつばめと2人の時間が欲しかったので大賛成だった。



「あっ!噂の女子高生監督だ!頑張れよ!」


「ド・リーグはビッグリーダーズだったが、これからはペンギンズを応援するからな!」


 野手を登板させた時はさすがに怒られたが、九州のファンたちは京都や北海道以上につばめに優しかった。つばめコールが起こり、まるでパレードのような雰囲気の中でつばめとみのりは歩いた。


「秋にもう一度来いよ!日本シリーズで再戦だ!」


「……よし!やってやろう!今年の日本シリーズはペンギンズ対キングスだ!」


 つばめの宣言で歓声はますます大きくなった。ペンギンズは最下位脱出すらまだ遠く、キングスは絶対王者のトリプルクラウンズを倒さなければならない。現実的には厳しい組み合わせだが、ファンは大喜びだ。



「つ・ば・め!つ・ば・め!」


「いよっ!日本一!あっ…いやいや、日本一は我らが九州フォークライブキングスだ。日本二!」


 酒でいい気分になっている者たちが多く、赤い顔でつばめへ声援を飛ばす。街は祭りの雰囲気だった。


「素晴らしい街だ。気に入ったぞ……ん?面白そうな店があるな。行こう」


「はい。皆さんは外で待っていてください」


 ビルやチェーン店が並ぶ中で、昭和からそのままそこにあると思われる店があった。いつ潰れてもおかしくなさそうだが、特定の人間を引き寄せる魔力を放っていた。狭いのでボディーガードたちは外で待機だ。



「失礼する……おお、土産物の店だったのか」


 店には老婆が一人で座っていた。80歳くらいかもしれないし、100歳以上かもしれない。身体は曲がっているが目つきは鋭かった。


「……どんな店かも知らずに入ってくるとは、妙な小娘じゃ。しかしそれは野球のユニフォームか?そんなものを着て夜の街を歩いているのじゃから、変わり者なのは当然か……」


 老婆はつばめが誰なのかわかっていない。ユニフォームを着ていないと気がつかない可能性はあるが、正一つばめの存在そのものを知らない人間は、今の日本ではほとんどいない。つばめは毎日テレビや新聞を騒がせている。



「この木彫りの人形、いい感じだな。値段は……15万か。普段なら手が出ないが、今日はいける」


「えっと……他も見てみましょう」


 100万円を自由に使えるとしても、無価値な物を買ってドブに捨てる必要はない。つばめが興味を示している人形はおそらく動物なのだろうが、正体がわからず気味が悪い。15万円もするようにも見えず、これは却下だ。


 この店の商品は福岡や九州に限らず、世界各地の品々が置いてある。値段設定はめちゃくちゃで、木彫りの人形のようなぼったくりも思える商品と、安すぎて逆に怖くなる商品が入り乱れていた。



「つばめさん……そろそろ出ませんか?」


「そうか?もう少し見ていっても……ん?」


 つばめが見つけたのは箱に入ったペアリングだ。箱は年季を感じるが指輪そのものは綺麗で、2千円で売られていた。


「古いとはいえ値が張りそうな指輪だが……そもそもどうやって値段を決めているんだ?」


「仕入れた額に私の儲けとなる分を足している。じゃからこいつはお買い得だよ。当時の物価でそんなものだったからの」


 店主の老婆が言う当時とはいつのことか、そもそもこの話が真実かどうか、全くわからない。しかしつばめは箱を手に取った。



「中身は新品のようだな」


「……買ったはいいが、指にはめる機会が訪れなかった指輪じゃ。これも何かの縁やもしれぬ……どれ、試してみるといい」


 老婆は箱を開けた。一つをつばめの右の親指に、もう一つをみのりの左の薬指にはめた。


「……いい感じだ」


「はい。オーダーメイドでもないのにピッタリです」


 つばめとみのりは驚いたが、それ以上に表情を変えていたのは老婆だった。ここまで完璧な結果になるとは思っていなかったようだ。その目は輝いていた。



「……ようやく………この指輪を渡すことができる。私の人生の思い出の品々の中でも一番美しく、激しく、そして悲しく………」


「………?」 


「若き少女たちよ、いつまでも2人の仲が引き裂かれないことを祈っておるぞ」


 老婆は何度も頷くと、代金を要求することもなく店の奥に姿を消そうと歩き始めた。しかし、


「待て。私たちは客だ、金を払おう」


 つばめが呼び止めた。そんなものいらないと言う間も与えず、みのりの鞄に手を突っ込んだ。



「つばめさん!?」 「は……!?」


 テーブルに勢いよく置いたのは帯つきの札束、100万円だった。満足したつばめは老婆に背中を向け、店を出ていこうとした。


「これでいい……さあ。帰ろう、みのり」


「ちょっと待ちな……なんじゃ、この金は!?」


 今度は老婆が引き止める。それでもつばめは振り返らず、歩きながら返事をした。


「東京グリーンペンギンズの監督が2千円の指輪をつけていたら球団の名前に傷がつく、それだけだ」


 ほんとうにその一言だけを残して去ってしまった。みのりは頭を下げてから、慌ててつばめを追った。






「あのお婆さんとこの指輪にはどんなエピソードがあったのでしょうね。もしかしたら戦時中に愛する人と……その時代なら2千円は今の100万円くらいするかもしれませんよ」


「さあな……興味はない」


 つばめは指輪が純粋に気に入ったから買っただけだ。老婆の物語や指輪の適正な値段について考えようとはしなかった。


「指輪を左右どの指にはめるかで意味が違うのは有名ですが……ご存知ですか?」


「知らん。どうでもいい」


 運命や愛は自力で引き寄せ手に入れる。明日からの対戦相手の映像をチェックし、勝利に向けて作戦を練った。

 青山→國學院→順天堂 

 3連単は何倍くらいつくでしょう?

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