密着取材
「私は祖父の影響でペンギンズファンになった。選手一人一人も大事だが、チームが第一だ。あなたはおそらく海田鉄人がきっかけでペンギンズも応援するようになった……海田がいなくなったらどうする気だ」
「私はもうただの海田ファンではありません。ペンギンズの担当として海田選手だけを特別視することはないです。これまで通りですよ」
つばめは野球に興味がない人々の関心と注目を集め、ペンギンズのファンにしてみせた。つばめほどの規模ではないが、全盛期の海田鉄人も若い女性たちを外苑球場に呼ぶ活躍をした。
「あなたの仲間たちが他の何かに気移りしたり、海田がピークを過ぎたことで応援をやめたりするなかで、あなたはスポーツ新聞の記者にまでなった。その言葉を信じよう。しかし引退ではなく他球団への移籍だったらどうする?」
「……移籍!?」
「トレードでファ・リーグの適当なチームに……そんなことになってもペンギンズを一番に考えられるか?海田のいないペンギンズに魅力を感じるか?」
後村は海田が降格した真相を知らない。二軍戦にも出場せず、一切の情報がない。しかし退団が決まっているので登録を抹消し、新しい場所での生活のために練習や試合に姿を見せないのだとしたら……。
「ま、まさか!そこまで忌み嫌って……!」
「………後村さん」
貸し切りとはいえ、いきなり音を立てて立ち上がったので店員たちは驚いた。みのりが冷たい視線を向ける。
「し……失礼しました。ですがそんな……」
「安心しろ。これはあくまで例え話だ。私にそこまでの権限は与えられていない」
トレードや自由契約について要望は出すが、決定権は編成部が持っている。つばめにできることには限りがあった。
「それに……私は海田鉄人を必要な戦力だと思っている。コンディションさえ戻ればもうひと花どころか満開の花畑になると信じている」
「……え?」
「だから今は休んでもらっている。本人にも説明し、納得してもらった。チームの戦略上、世間に公表することはできないが……」
溜まった疲労を抜くために休ませていると明らかにすれば、つばめへの非難も減るだろう。それでもつばめが求めているのは自分の名声ではなくペンギンズの勝利だ。この仕掛けを完璧に決めるには、つばめと海田が不仲だと思わせておくのが一番だった。
「私には教えていいのですか?」
「ああ。あなたがペンギンズと海田鉄人を愛し続けていることはわかった。あなたなら一つ、仕事を任せることができる」
彼女が一番適任と言える仕事があった。つばめが信頼する僅かな数の人間しか知らない計画だ。
「明日からあなたは……海田に密着取材だ!やつの復活に向けての歩みに迫れ!」
「み……密着取材!?」
「本と写真集が出せるくらい、しっかりやってこい」
海田鉄人の復活劇を盛り上げるため、後々公開する映像や写真、それにエピソードを後村に集めさせる。チームの内外で勢いがつくと判断してのことだった。
「計画自体は裏で進んでいた。適任者が現れるのを待っているだけだった」
「そんなこと、海田選手は許可しているのですか?」
「ああ。『他でもないきみの頼みなら受ける』、そう言ってくれたよ。後はあなたがやるかどうかだ」
「………」 「………」
つばめと海田が想像以上に親しくなっていることに、後村だけでなくみのりも顔をしかめた。今のところは監督と選手の関係を越えないが、油断していたらあっという間に発展することもありえる。
「……やります!ぜひ私に!」
「私もできることは協力させてもらいます」
少しでも状況をよくするために2人は動いた。つばめと海田が男女の仲になるのを阻止したところで、後村が代わりに海田と親密になれるはずはない。みのりがつばめの妻になるなどもっとありえない話だ。それでもじっとしているわけにはいかなかった。
「よし。面白くなりそうだ」
後村とみのりが何を考えているか、つばめは全く気にしていない。2人がペンギンズを賑やかにするためのプランに賛同してくれてよかったとしか思っていなかった。
「村吉はどうにかなりませんか?ドラフト1位の失敗作の中ではまだマシだと思いますが……」
「すでに完成されているから成長が期待できない。スロースターターだから中継ぎの適性もない」
食事が終わるころには、つばめと後村によるペンギンズ談義が加熱していた。互いにペンギンズが好きでたまらないので、言葉が止まらなかった。
「加林と安岡がこのまま順調にいけば、今年は無理でも来年にはAクラス入りが狙えますよね!」
「そのためには助っ人ピッチャーが最低1人は必要だ。安岡は来年から先発に回るべきだと思うから、クローザーを獲得してほしい」
「クローザーですか……ボウメンは期待外れでしたよね。まさか敗戦処理もできないなんて……」
後村が話すのをやめた。夢中になっていたせいで、みのりを置き去りにしているのに気がついたからだ。
「も…申し訳ありません。本来ならお二方の大切な時間だったのに、つい……」
「いいえ、構いませんよ。つばめさんが楽しそうに話しているのを見るだけで私は楽しいですから」
つばめと暮らし始めたことをきっかけに、みのりも野球やペンギンズについての勉強をしている。それでもつばめと語り合うには全く足りない。まだまだ教わる立場だ。
「今回の取材だが、海田が復帰するまでは誰にも言わないように。もし漏らした場合は……」
「わかっています。海田選手にも迷惑をかけることになるでしょうし、絶対にしません」
ペンギンズ、それに後村の会社のごく一部の人間しか知らない計画だ。途中で別の新聞や週刊誌に見つかってしまったらそこで中止、その原因を作った者が損害を全額責任払いとなる。
「疑うわけではありませんが、この店の方々は……」
「心配ありません。この料亭では内密の話がされることは日常茶飯事です。週刊誌の記者に札束を積まれても一切喋りませんよ」
大臣や官僚の打ち合わせはもちろんのこと、ある時は九州最大の暴力団のトップと警視総監が大事な会議をしたという。店の人間たちの口はとても堅い。
「しかし素晴らしいのはつばめさんです。どちらかが破滅するまで戦うことになりそうだった後村さんを数日で仲間にして、大きな仕事まで任せてしまうなんて……」
「ペンギンズを愛する者同士で潰し合うのは悲しいからな。いい結果になってよかった。しかし近いうちに……私はやはりペンギンズを愛する人々と衝突するだろう。そうなるとうまくいく保証はない」
明日には東京に戻り、火曜からは本拠地で6連戦だ。一部のペンギンズファンからヤジや罵声が飛ぶことは確実で、つばめはそのことを大げさに言っているのだと、みのりたちは軽く考えていた。
しかしこれはつばめの予言だった。後村以上の影響力と権力を持つ者たちが集まり、つばめを追放しようとする時が来る。身構えていなければあっさり潰され、完璧に対処したところでやはり負けるかもしれない。ペンギンズを二つに分ける戦争の日が近づいていた。
横浜DeNAベイスターズの相川新監督は日米融合のハイブリッドスタイルでリーグ優勝を目指すそうです。1番に牧を置き、優秀な打者から順に上位で使う米国スタイルと、主力にもバントをさせる日本のチームプレー重視の考えを合わせた新時代の野球を思い描いています。
シーズン終了後、もしくは途中で「相川もおかしいよ」と言われないように頑張ってください。




