貸し切り
「つばめ監督、今日は珍しく外に出るようだぞ」
「いっしょにいたのはペンギンズのオーナーの孫だ。ボディーガードも周りにいるだろうが……」
予約されている店に2人は車で向かう。その後ろをタクシーで尾行していたのは、つばめ降ろしに執念を燃やす後村三恵だった。
(……夜の街で気が緩んだところが最大の狙い目だ!未成年喫煙、飲酒……北九州という土地柄だ、暴力団との写真が撮れたら一撃で殺せる!)
つばめは外食にもユニフォームを着ていく。よく似た別人だと言い逃れすることは不可能だ。
(あいつを消せばあの人が帰ってくる……!)
つばめたちは尾行に気がついていた。いくらでも手は打てたが、つばめの指示であえて無視した。
「放っておいてよろしいのですか?」
「誰なのかはわかっている。そのまま目的地に向かってくれ。みのり、予約を2人から3人に変えてもらいたい」
おそらく貸し切りか個室なので、1人増えても問題ない。融通が利くはずだとつばめは考えた。
「はい。電話しておきます」
「すまないな。2人での外食はまた今度にしよう。問題を片づける絶好の機会が訪れた」
つばめとみのりを乗せた車は、超高級として知られる料亭の前で停車した。後村は少し離れた場所でタクシーを降りた。
「中に入るのは無理か。しかし絶対に何かを見つけてやる………あれ?」
「……………」
店に入ったはずのつばめとみのりがなぜか近づいてくる。身を隠そうとしても目が合ってしまい、逃げ場がなくなった。
「こ、これは監督。こんなところで会うなんて……」
「ずっと追ってきたくせに……下手な芝居はよせ。しかしあなたもその様子だと夕食はまだだろう。せっかくだ、私たちと来い」
「………へ?」
気がつくとつばめたちのボディーガードに囲まれていた。後村に拒否権はなかった。
「今日は監督のために最高のもてなしをしてくださるそうです。さあ、どうぞ」
みのりは家族で何度もこの店を利用している。今日は先頭に立ってつばめと後村を案内した。
「すでに代金は支払い済みです。後村さんの追加分も後で祖父が払っておくとのことです」
「そうか……感謝の気持ちを伝えておいてくれ」
あの100万円は食事代とは別のようだ。オーナーの太っ腹ぶりには今後も世話になるだろう。
「他に客がいなくてよかった。これであなたと話をすることができる」
「……私のほうは特に………」
できることならすぐに帰りたい後村の声は小さい。会見の場でつばめに噛みついた姿は見る影もなかった。
「そう言うな、後村三恵。私たちはペンギンズを心から愛する同志だったはずだ。あなたを外苑球場の外野席で見た回数は数え切れない」
「………え?」
「熱心なペンギンズファンであるあなたは大学を出た後、ペンギンズを担当する記者になった。趣味を仕事にしたわけだが、まだペンギンズを愛しているか?それともただの仕事相手、もしくはうんざりして嫌いになってしまったか?」
つばめは後村のことを昔から知っていた。しかし会話などは一切せず、木曜日の試合後に初めて名前を聞いた。つまり一方的に顔を知っているだけだった。
「好きなことを仕事にするのはよくないと言われていますよね」
「ああ。一部の選手たちを見ているとその言葉が正しいと思わされる。野球が大好きでプロ野球選手になったはずなのに、ゴルフの話ばかりしている。空いた時間もゴルフ雑誌を読むかクラブを磨くかだ」
楽しいからやっていたことが、生活のためにやらないといけないことに変わってしまう。面白さや輝きがなくなるのも無理のない話ではあった。
「しかし加林や田富……あの優秀な新戦力たちは野球を全ての中心に考えている。プロになった今でも、練習や実戦を経て野球が上手くなる瞬間に無上の喜びを感じているのだから将来有望だ。そして私も監督になってから、ペンギンズへの愛は強くなる一方だ!」
ペンギンズの裏側や選手たちの素顔を知っても、つばめの愛はますます燃え盛っている。チームのためならどんなことでもやるのがその証拠だ。
「ですから後村さん……あなたが指摘していることは全て的外れです。つばめさんがチームを破壊しているとか、自分が目立つのが一番の目的とか……悪質な嘘を広めようとした責任は重いですよ」
「………」
みのりが後村を責める。後村としてはすぐに反撃したいところだが、オーナーの孫娘と喧嘩をしたら首が危ない。黙っていることしかできなかった。
「ふふふ……まあいいじゃないか。そろそろ料理がくる。話の続きは食べながらじっくり聞こう。なぜ私の評判を落とそうとしたのか……興味があるな」
「そうですね。たっぷり時間はあります。あっ!関係ない話かもしれませんけど、昔の死刑囚の最後の晩餐はとても豪華だったらしいですよ」
記者としての首どころか、そのままの意味で首が飛ぶかもしれない。豪華な高級料理が運ばれてきたが、味を楽しむことはできないだろう。
「………」
「はっはっは!懲らしめるのはこんなものでいいだろう。後村、さっさと言わないとせっかくの料理がもったいないぞ?」
睨むような目つきのみのりとは違い、つばめは最初からずっと笑っていた。かつての同志である後村を敵とは考えていなかった。
「私の読みが当たっていれば、あなたのペンギンズ愛もあのころと同じだ。だからこそ私が憎いのだろう?外苑球場のライトスタンドと同じように」
つばめを嫌う人々のほとんどは昔からのペンギンズファンだ。彼らの主張は後村と似たようなもので、つばめは選手の感情を無視してやりたい放題振る舞い、チームを壊し続けていると大声で訴えていた。
「まあ……あなたが自分の立場を危険に晒してまで私を辞めさせようとした最大の理由もわかっている。あなたは海田鉄人の大ファンだ」
「………!!」
「海田を落とした私がいなくなれば一軍に帰ってくると思ったのだろう?あなたは必ず海田のユニフォームを着ていたからな」
つばめの最初の改革は海田鉄人を二軍に送ることだった。初戦で不調が続く海田にカウントの途中で代打を送り、3戦目にはスタメンから外した。大差がついたところで若手の代わりに守備に入れるという屈辱的な起用をした果てに、無期限の降格とした。
「まさか……ただの逆恨みですか?」
「………どれだけ苦しんでいるとしても、キャプテンはペンギンズの象徴です。ファンの光を奪った監督が憎く、刺し違えてでも………」
自分の祖父からミスターペンギンズの称号を奪った海田が許せずに、権力を乱用して二軍に落としたのだと言う者たちがいた。影響力の強い海田を排除しなければ選手やコーチがついてこないと判断したのではと言う別の勢力もあった。
「ふふふ、あなたの気持ちはよくわかる。もし立場が逆なら私もそうしただろう。チームの柱を追い出し、奇行を繰り返しているように見える素人の女……殺しても殺し足りないな」
「………」
「おっ……うまそうだ。この小皿でいくらするんだろうな?こんな店を貸し切るなんて、一生に一度あるかどうかだな」
話をやめて食べることに集中し始めた。つばめは最初に言った通り、じっくりと事を進めるつもりだ。
今年もよろしくお願いします。私の今年の夢は、ねこあつめ2無課金級の世界王者になることです。




