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格の違い

『八回表、ツーアウトからようやく初のランナーが出ましたがいまだノーヒット!マウンドの武田、完全試合はなくなりましたが落胆した様子はなし!』


 土場が四球を選んで完全試合を阻止した。両チーム無得点なので、このまま引き分けなら完全試合もノーヒットノーランも参考記録だ。とはいえついに出塁できたことでペンギンズベンチは元気になった。



「武田さん、ここからノーヒットノーランです」


「そうだな。しかし完全試合じゃなくなって、みんな安心したような顔だな。そりゃそうだ!これで振り逃げやエラーも許されるようになったんだ」


 キングスナインも最大級の重圧から解放された。頼むから自分のところに打球が飛んでくるなと願うのは終わりだ。完全試合を逃したことでむしろ勝利は近くなったように思えた。



『ピッチャーゴロ!武田、ゆっくり一塁に送球!』


 山内を簡単に打ち取り、スリーアウトチェンジ……とはならなかった。


「あれっ!?」


「どこ投げてんだ!?」


『たか――――――い!ファースト捕れない、まさかの悪送球だ!』


 余裕を持って投げたのに、遥か後方にボールは消えていった。ふんわりと投げたのが逆にまずかった。



『ファースト、セカンド、ライトもボールを追う!』


 ちょうど3人の中間ぐらいを転々としているせいで、時間がかかっている。武田が送球した時には土場はすでに二塁ベースを蹴り、ぐんぐん加速していた。


「くそっ」


『土場はホームへ走る!セカンドがようやく追いついてバックホーム!ワンバウンド、ツーバウンド!』


 内野の深い位置、しかもファールゾーンからでは、外野からの送球と大して変わらない。しかも悪い体勢から投げているので、間に合うはずがなかった。


「セーフ!」


『ホームイン!土場の好走塁が実ったペンギンズ、先制点をもぎ取った!』


 武田の動きが緩いのを見逃さず、もしもの事態に備えていた土場の全力疾走。今回のようにほんとうにもしものことが起こるのは一年に一度もないだろうが、その時のために常に全力でプレーをするのが真のプロだ。



『大矢木もピッチャーゴロ!おっ?武田が走る!』


 大失態の直後だからか、武田はボールを持ったまま一塁へ走った。そのままベースを踏んでアウト、スリーアウトチェンジとなった。


「何やってんだこのバカちんが!」


「だからお前はいつまで経っても二流の人なんだ!」


 毎回好投しながらも勝ちに恵まれない武田に対し、スタンドからは厳しい声が飛ぶ。肝心なところで詰めが甘くなってしまい、競り負けと惜敗が続く悲運のエースへのもどかしさがあった。





『空振り三振、ツーアウト!九回裏、キングス絶体絶命!加林の球威は最後まで落ちない!』


「頼む……これで負けたら………」


 結局ペンギンズは九回までノーヒットのままだった。しかも一度も外野まで打球を飛ばしていない。野手陣の見せ場は土場の走塁だけで、それ以外は何もなかった。


『粘り強く投げて無傷の3連勝目前!投手の墓場と呼ばれたペンギンズから久々に大物誕生か!』


 加林は何度も得点圏に走者を置いたが、本塁だけは踏ませなかった。それでも内容では武田の完勝で、あの八回表だけだった。



「ふふふ……完全試合は抜きにして、ツーアウトからのフォアボールが命取りだったな。あれさえなければパーフェクトもありえた」


 まだツーアウトだが、すでに試合は終わったかのようにつばめは振り返る。キングスのバッターは一発のある南だというのに全く警戒していない。


「そのあたりが勝てるピッチャーと勝てないピッチャーの差だ。格の違いと言うべきだろう」


 加林への信頼は厚い。最後まで何があるかわからないのが野球なのに、あと1人の場面から崩れることなどありえないと安心していた。



『詰まらせた!セカンド土場、一塁に送ってアウト!試合終了っ!!』


 3試合連続完投勝利となり、防御率はいまだ0。今日も加林の活躍が光ったが、ノーヒットで勝利のインパクトのほうが大きかった。


『今週も3勝3敗をキープしたペンギンズ、ド・リーグの他球団が苦戦する中、必死に耐えています!』


 ダントツ最下位が5割で戦っても焼け石に水と思いきや、ライバルたちは沈んでいる。じわりと差を詰めていた。






「こっちにも目線をお願いします!」


「空いた手で加林投手はウイニングボールを持ってください。つばめ監督は何か適当なポーズを……」


 つばめと加林は肩を組みながら写真撮影に応じる。ペンギンズを暗黒から救い出すかもしれない2人のツーショットはカメラマンたちも力が入る。


「ちっ……今日もあいつか。しかしあいつは頑張っても週1が限界だ」


「俺たちは週6試合、ヒーローになるチャンスがある!東京に帰ってから巻き返すぞ!」


 いいところなく終わった野手たちも、心は折れていない。炎を燃やし続けていた。そしてつばめを狙う選手たちにとって思わずガッツポーズをしたくなる展開が待っていた。



「監督を食事にでも誘ったらどうだ?一番のお気に入りのお前が誘えばきっと来てくれるだろう」


 つばめともっと親しい仲になってこいと、一人のコーチが加林に勧めていた。余計なことをするなと周りの若手たちは頭を抱えたが、


「食事?ぼくはまっすぐホテルに帰ります。身体のケアはもちろん、今日の試合の反省や次に活かせる点をじっくり考えたいので」


「そうか。それならそれでいい。来週も頼んだぞ」


 つばめ争奪戦で先頭を走っていると思われる加林にその気がなさそうだと知り、皆でハイタッチだ。


「よし!あいつ、本物の野球バカだったか!」


「俺たちが代わりに……いや、今日はやめておこう」


 誘うなら活躍した直後だ。今日みたいな日に誘えたところで、気まずい空気になるだけだ。






『それでは本日の会見を終了いたします』


 試合後の取材を終え、ホテルの会場での夕食に向かおうとしたつばめを職員が呼び止めた。


「監督、こちらへ……」


「ん?まだ何かあったか?」


 心当たりがないつばめは首を傾げながらついていったが、案内された部屋には予想外の来客がいた。



「あれ……みのり?」


「お久しぶりです、つばめさん」


 東京でつばめの帰りを待っているはずのみのりが目の前にいる。飛行機で午前中に到着し、試合を観戦していた。


「つばめさんに早く会いたかったので……来ちゃいました。昨日が登校日だったので明日は振替休日です。ですから私もこちらに泊まれます」


「そういえば休みだと言っていたな。しかし来るなら来ると……」


「うふふ、サプライズです」


 みのりでもこんなことをするのかとつばめは笑ってしまったが、親しくなってからまだ2週間だ。これからみのりをもっとよく知ることになる。



「2人で夕食を食べてこいと祖父に言われ、すでにお店の予約もしてあります」


「それならありがたく甘えるとしよう」


「予想外の出費に備えて、お小遣いをもらいました。お金のことは気にせず、早速行きましょう!」


 みのりがちらりと見せた札束は帯で封がされていた。100万円だ。


(小遣いが100万………)


 これは2人分だ。オーナーの家の金銭感覚がおかしいのではなく、自分へのボーナスも含まれているのだとつばめは納得した。

 武田……被安打0で敗戦。コラッ!テツヤ!



 今年はtvkのアナウンサー特番で年越しです。

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