癌
『死んでも本望ですって!?そんな馬鹿な!』
『ふふふ……確かにそうだな。まだまだ野球がしたかったという未練もあるだろう。本望は言い過ぎた。しかし命を張る覚悟は必要だ』
つばめは話を続ける。場は騒然としたままだ。
『その覚悟がないから甲斐のように無様な姿を晒すことになる。くだらないミスをした長渕も、まるで光るものを感じない奈良も同じだ。せっかくプロ野球選手になれたのだから、もっと真剣になりなさい』
敵味方関係なく『悪い例』の名前がいくつか出てきたが、記者たちはつばめの真意を見つけようとしていた。
「言葉は物騒だが、要するに励ましているのさ。常に全力プレーを心がけろってな」
「現役選手が死ぬことは稀だが、怪我や病気でいつ野球ができなくなるかは誰にもわからない。後悔したくないなら死ぬ気でやるのは当然だ」
試合中の言葉も勢いで出たものだろうと結論し、大きな問題にしなかった。しかし後村の考えは違う。
(あいつは勝つためなら相手を殺してもいいと本気で思っている!そのうちこの危険な思考はペンギンズナインにも伝染し、危険なプレーを躊躇わなくなる!)
危険球、足を狙ったスライディング、偶然を装って体当たり……殺人野球の始まりを恐れていた。
(ペンギンズは家族のようなチームだったのに、あいつのせいで殺伐とした荒んだ集団になってしまう!チームメイトすらポジションとお金を奪い合う憎い敵に………駄目だ、早く正一つばめを追放しなければ!)
つばめを批判する記事を書いて世間を煽っても、つばめは動じないだろう。後村の力でつばめを辞めさせることは不可能………ではなかった。
(……スキャンダルだ!球団がかばいきれないようなスキャンダルを見つければあいつは破滅だ。デマを書いても無意味……言い逃れできない事実を暴いてやる!)
つばめが監督になってから3度目の週末だ。写真やコメントを求める記者の数は増える一方だった。
「監督!昨日の采配はお見事でした!継投、代打、代走……全てが完璧だったからこその勝利です!」
「あなたは……ああ、そうか。雨木が先発するから来たのか。わざわざ九州までご苦労なことだ」
ペンギンズの編成部に所属する中年の男性が挨拶に来た。アメリカから帰ってきた雨木の獲得を決めたのは彼であることは、選手だけでなく記者たちも知っている。
「一軍で2試合は投げさせてくれと頼まれたが、今日が運命の2試合目だ。泣いても笑っても……」
「……好投して笑顔、そしてヒーローインタビューで感動の涙……雨木がどちらもお見せしますよ」
この試合が今後の野球人生を左右するのは雨木だけではない。使い物にならない選手を自信満々に獲得し、しかも権力を使って強引に2試合も先発させたとなれば彼も首が危うい。
「共に雨木の活躍を祈ろうじゃないか」
ペンギンズがシーズンの途中で補強する選手はほぼ100パーセント『ハズレ』だ。じっくり時間をかけて決めたドラフト会議でも失敗続きなのだから、緊急補強がうまくいくわけがなかった。
つばめが狙っているのは編成部の解体だ。彼らがいかに無能であるかを公にして、これ以上居座れないようにする。この数年間廃材ばかりをかき集めてきた彼らこそ低迷の原因であり、チームの癌だった。
(くそ……これまでならスカを引いても笑い飛ばして終われたが……このガキのせいでここまで注目されては逃げ場がない!)
つばめブームによって記者の数は数倍、ファンの目は数十倍だ。適当な仕事をすれば日本中から袋叩きにされてしまう。
「祈る?そんなことしなくてもあいつはやりますよ」
(どんな屑でも年に一度か二度は信じられないくらいのナイスピッチングを披露する!頼む、今日がその日であってくれ!神様……雨木に力を!)
『デッドボール!これで連続押し出し!制球が定まらない雨木、初回から5失点!』
「………神は死んだ」
アメリカに行く前の一昨年あたりから、雨木のピッチングには陰りが見えていた。コントロールが悪くなり、滅多打ちか独り相撲で試合を壊すことが増えていた。
環境が変われば復活するだろうと安直な考えで手を伸ばしたのはペンギンズだけだった。元々選手を見る目がないのに真面目に仕事をしないのだから、むき出しになっている地雷を何度も踏んでしまう。
『ヨーイドンでこれでは、つばめ監督もどうしようもありません。今日も早い回から継投でしょう』
一昨日はブルペンデー、昨日は能登が二回でKOされた。このままではリリーフが潰れる。
「いや………あいつはやる。あの最悪の戦法を」
こうしたほうがいいとわかっていても、なかなかできない『見殺し』。指名打者制で打順が回ってこないのをいいことに、つばめは雨木を限界まで投げさせて晒し者にするだろう。後村は顔を歪めた。
『よ、四回も雨木ですか!?ベンチを出てキャッチボールをしています!』
「……………」
11四死球で9失点。試合の進行は当然とても遅く、グラウンドもスタンドも地獄絵図だ。
「人の心がないんか!馬鹿たれが――――――っ!!」
「そんなにピッチャーを節約したかったらお前が投げやがれ――――――っ!!」
とうとうキングスファンからもつばめへのヤジが飛ぶようになった。最初は大量得点を喜んでいたが、だらだらした時間が続く上に公開処刑の見物客にさせられている。怒るのも無理はなかった。
「ふふふ……敵に同情されているようでは終わりだな。潔いやつだったら即日廃業だ」
(………クソガキ!この2日で必ず辞めさせてやる!九州がお前の墓場だ!)
笑っているつばめが場内に映し出されると、後村はますます憤った。改心や更生は望んでいない。望みはただ一つ、燃やし尽くして骨すら残らない死だ。
「よく投げてくれた。しばらく休むといい」
「………」
結局雨木は七回まで投げて13失点。最後はキングス打線がボール球を積極的に振り、無理やりイニングを消化していた。両チームとも主力はすでに退き、若手を中心とした控え選手のアピールの場になった。
『八回表、ペンギンズは3番に入った南町からですが……そういえば5番のオズマは出続けていますね』
『代えてもいいはずですが……』
若い池村や土場も下がったのにオズマは残っている。その理由はすぐに明らかになった。
「げっ!!」 「ま、まさか!」
『オズマがマウンドに上がります!13対1、逆転は事実上不可能であるとはいえ……野手を投げさせるとは!相手にもファンにも無礼な行為!』
試合数が多いアメリカとは異なり、日本で野手を登板させる意味はほとんどない。ちなみにオズマはメジャーリーグでプレーしていた時に、やはり大差のついた試合で登板の経験があった。
「つまんねー試合だったが最後に面白くなった!」
「いいぞ!やれやれ!」
とても珍しいものを見ることができて、観客は大盛り上がりだった。数年に一度だからこそ喜ばれるのであって、何回もやる戦術ではない。つばめも今日だけのつもりだった。
「駄目だ………チームが壊れていく……」
試合後の会見でつばめを痛烈に非難することも考えたが、後村は不参加を決めた。警備員を振り切ってつばめの首を絞めてしまうかもしれないからだ。
南町……試合の大勢が決まってから出てくることが多い控えの内野手。彼もオズマ同様、投手としてマウンドに上がった経験がある。
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