バスター
『スリーアウト!田富満作、この回も無失点!』
ランナーを出しても動じず、丁寧に投げ込む。五回の途中から登板した田富は七回裏まで投げ、無失点で初登板を終えた。
「圧倒的とは言えないが、要所を締めて3イニングを投げ切った。次回も楽しみだな」
「……ありがとうございます。自分なら明日もいけます、それが自分の役割ですから」
球数はちょうど30球。3イニングなら少ないほうだが、明日はベンチ外だろう。しかし田富は自分がなぜペンギンズに入団できたのかを知っている。雑に扱ってもすぐには壊れない頑丈ぶりを評価されたためであり、連投や回跨ぎが期待されていた。
「自分の長所をアピールさせてください」
「ふふふ……あなたがその気なら私は止めない。使うかどうかは明日の展開次第だがな……」
明日の先発は雨木だ。早い回から失点を重ねるのはほぼ確実で、田富が投げてくれるならとても助かる。継投に頭を悩ませる心配もこれで………。
(………待て!それでは高塚たちと同じだ!)
低迷しているチームでは敗戦処理のピッチャーのやりくりが大事になってくる。他のピッチャーたちの負担を減らす役割だが、特定の1人か2人に全てを押しつけるとそのうちパンクしてしまう。
つばめはペンギンズの熱狂的ファンで、常に現地か中継で試合を観戦してきた。そして毎年のように、『どうしてこのピッチャーばかり使うんだろう』と疑問に感じていた。毎回2イニングか3イニングは投げさせて、1日休ませたらまた同じ使い方をする。リリーフなのに1週間の合計で100球を超えることもあった。
(私も愚か者の一人になるところだった!)
先発ローテーションや勝利の方程式に入るには実力や実績が足りないピッチャーがいる。彼は頑丈で、テンポよくイニングを消化してくれる。しかも自分から手を上げて投げたがっているのだ。
ピッチャーを節約したいと思っている時にこんな選手が現れたら、どうしても使いたくなってしまう。しかしどんなに頑丈で体力があるといっても限度がある。そのうち故障か不調で消えていき、使い捨てられる。すでに何人もそうやっていなくなっていた。
「いや、明日は休みだ。内容とは別に今日は一軍初登板、あなた自身も気がつかない緊張や疲れもあるはず。早くても次の登板は日曜日だ」
「……し、しかしそれでは自分がチームにいる理由が」
「入団のきっかけはそうだとしても、今は違う。あなたほどのいいピッチャーを雑に使い潰すなんてもったいない。あなたも自分を安売りするな」
首脳陣が気を配るのは当然として、選手本人も自分の身体を守る必要がある。アピールすべき時があれば、じっと我慢して力を溜める時もある。
「……はい。ありがとうございます」
つばめ以上に無表情だった『タフマン』が微笑んだ。高い評価を受ければ誰でも嬉しい気持ちになる。そんな田富へのご褒美はつばめの言葉だけではなかった。
『三遊間抜けた!ノーアウト一、二塁!』
武雄、ラムセスの連打でキングスのセットアッパー財津を攻める。八回表、1点差。打順は4番の池村だったが、つばめが動いた。
『つばめ監督が動きます!逆転のランナー、ラムセスに代走を送ります!俊足の岩木!』
追いつくだけでなく一気に勝ち越しまで狙った代走だ。しかし大胆な采配はこれで終わらない。
『あっ……池村が下がります!出てきたのは青山!辛抱して中軸で使い続けた池村をついに代えた!』
結果が出ていない池村に代わって打席に立つのは青山。誰がどう考えても犠打のための『ピンチバンター』だった。
「俺を下げてまで送りバントか……」
「な〜にが俺を下げてまで、だ。今日も空振り三振ばっかじゃないか」
送って二、三塁にしてオズマと土場に託す。池村に賭けるよりは賢い選択に思えた。
(………) (……………)
『青山がサインを念入りに確認します!とはいってもここは送りバント以外ありえない場面!』
キングスのファーストは七回から入っている甲斐。すでにかなり前に出ていた。
「………!」
『バットを引いたがストライク!セカンドランナーの武雄は慌ててベースに戻る!』
甲斐は青山の目の前まで走ってきた。このプレッシャーではなかなか転がせない。
『青山は最初からバントの構え!次こそ決めたい!』
財津のストレートは常に150キロを超える。高めに投げればバントはファール、もしくはフライになるだろうとバッテリーは考えた。
『財津、第2球を投げた!あっ!?』
「うえっ!?」
青山はバットを戻し、ヒッティングに切り替えた。右打者の青山が流し打ちとなると、突っ込んできた甲斐は命の危険を感じた。
「死ね――――――っ!!」
「ひいっ!!」
ミットで顔を覆い、打球から目を背けてしまった。仮にしっかり見ていたところで捕るのは難しかっただろうが、情けない姿を晒してしまった。
『大惨事になりかねない危険なバスターでした!ボールは内野を抜けてライト前に……』
ライトの長渕も途中出場の選手だった。バントに備えて外野も前進守備をしていたので、武雄は三塁ストップのはずだった。
「甲斐のやつ……男として情けなさすぎる!」
ところが長渕の動きは緩慢で、腰をしっかり下ろしていなかった。仲間を叱責するよりもまずは自分のプレーを確実にこなすべきだった。
「あ……あああっ!?」
『そ、逸らした!長渕が慌ててボールを追う間に武雄がホームイン!岩木も三塁を蹴ってホームに向かう!』
まさかの大エラーにディランドームは悲鳴の嵐だ。ありえないバスターが生んだ凡ミスだったが、終盤の大事な場面では致命的な失態になった。
「やった!逆転だっ!」
『ホームイン!6対5、ついに逆転!昨日は5点を先制しながら最後はヒヤヒヤだったペンギンズ、今日は5点差をひっくり返した!』
『しかし青山が打った瞬間、死ね―――っと誰かが叫んでいましたが……誰だったんでしょうね?』
ペンギンズベンチの映像を見れば声の主はすぐにわかった。他でもない、正一つばめ監督だった。
『ペンギンズ連勝!7対5、八回表にエラー絡みで3点を奪い逆転勝利!勝利投手はプロ初登板の田富満作です!敗戦投手は財津で2敗目、安岡にセーブがついて……』
長渕のエラーで青山は二塁まで進み、オズマの内野ゴロと土場のスクイズで生還した。この流れで2点もリードがあれば逃げ切りは楽だった。
『5割を切ったら辞任騒動のつばめ監督もこれで貯金2!交流戦の勝敗も5割に戻しました』
粘った末の大逆転に、つばめも上機嫌な様子を見せていた。しかし試合後の会見で、またしても富士スポーツの後村が噛みついてきた。
『監督、まずはおめでとうございます。相手の選手を殺してでも勝とうとする執念が実りましたね。そこまでして勝ちたかったのですか?』
あのバスターだけでもまずかったが、叫んでいたのが問題を大きくした。それでもつばめは全く意に介さない。
『もちろん。それに結局誰も死ななかった』
『死ななかったって……もし何かあったら……』
『彼らは子どものころからプロ野球選手になりたいと願って努力を続けてきた。そして念願の夢の舞台に立っている。そこで死ねるなら本望だろう』
2日連続の問題発言だ。しかも昨日よりも内容は過激で、記者たちを驚かせた。
有馬記念、完全敗北!まだ東京大賞典がある……




