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タフマン

『投球練習が終わり、バッターボックスに4番の吉田(よしだ)が入ります!この後も佐田、アンドレと強打者が続く打線……奈良はどう抑えるか!?』


 五回裏、3点を追う場面でマウンドに上がった奈良。三者凡退で終えることができれば、自分にとってもチームにとっても大きい。


(このストレートとフォークのキレなら細かい要求は逆効果だ。真ん中に思い切り投げろ!)


 練習の球を受けた名村も手応えを感じていた。貧弱な直球と見せ球にもならない変化球しかない投手陣に頭を抱える日々が続いていたが、久々にストライクゾーンで勝負できるピッチャーだと胸を躍らせた。


「………」


『ピッチャー奈良、頷いた!さあ初球!』


 足が上がった。輝かしい未来を誰もが信じた。




『ボール!フォアボール!1球も入らずストレートのフォアボール!慌てて名村がマウンドに走ります』


 大きく外角に外れる、叩きつける、バッターの頭の上と荒れに荒れ、そのままフォアボール。バッターの吉田が苦笑いするほどだった。


「緊張したか?初めてだから仕方がないが……」


「はい……もうだいじょうぶです」


 奈良の言葉を信じ、名村は戻った。ランナーを出したことで我に返り、初登板の緊張は飛んでいったように見えた。



「ボール!」


「………!」 


 ところが全く制球が定まらない。スライダーもフォークも同じようにホームベースの前に叩きつけるだけで、ランナーもいることを考えると変化球はもう無理だ。


「ボール」


(……こいつ………)


 腹を括ってど真ん中に直球を投げるように指示しても、やはり外か高めに外れてしまう。名村は強めに返球してみたが、奈良の反応は鈍かった。



『なんと7球連続ボール!その奈良の様子ですが……』


「ハァ……ハァ………」


 汗だくで、顎が上がっている。真夏のデーゲームで100球以上投げたピッチャーでも、ここまで情けないことになっているのは珍しい。


「150キロのストレートが投げられるというのに、なぜあんなに怯えているんだ?」


 練習ではいい球を投げるが、本番になると別人になってしまう。これでは使い物にならない。投球練習を見ただけで、つばめは奈良の本質を見抜いていた。


「繊細ではなく臆病……打たれるのが怖くて逃げ惑っているだけか」


「通用するのはアマチュアまで……だな」


 そのうち慣れてきたら二軍では抑えられるようになるかもしれない。しかしそれ以上を求めるのは難しく、首脳陣もファンも彼に対する興味を失った。



『またフォアボール!スリーボールから一つだけお情けのストライクを貰いましたが、立ち直る気配なく歩かせてしまいました!つばめ監督、ベンチを出ます』


 ボールを受け取りマウンドに向かう。投手交代だ。普段なら短く声をかけて終わりだが、今日は違った。



「予想してはいたが、最低のピッチングだったな」


「………すいません」


「明日、登録抹消だ。そのまま荷物をまとめて東京に……いや、田舎に帰ったらどうだ?勝負する気がないやつにプロ野球選手は無理だ。草野球でもやってろ」


 マウンド上でここまで言うのは異例だ。落ち込んでいた奈良も肩を震わせ、つばめを睨みつけた。


「素人に何がわかるんだ!ナメやがって……!」


「おい、そのへんに………はっ!」


 集まっていた内野手たちが奈良をなだめようとしたが、その必要はなかった。つばめの怒りの炎は奈良を大きく凌ぎ、逆に飲み込んだ。



「奈良!どうしてその気迫をバッターに向けなかった!なぜマウンドで本気にならないんだ!」


「………!!」


「プロ野球を舐めてるのはあなたのほうだ!さっさと失せろっ!!」


「ひ…ひゃひっ!!」



 一喝すると、奈良は逃げるようにしてベンチに帰っていった。ほろ苦いプロ初登板を終えた彼をファンも厳しく迎えた。


「バカヤロー!お前みたいなカスが新人王を狙うだと?脳ミソも肩も腐ってやがるのか!?」


「お前は素材型ですらない、ただの屑だ!」


 容赦なく降り注ぐ罵倒。つばめから逃げても心休まる場所はなく、言われた通り早々に荷物をまとめて裏に下がってしまった。



『連続フォアボールで奈良は降板、4番手は田富(たとみ)!こちらも一軍初登板のピッチャー!』


「………皆さん、よろしくお願いします」


 奈良と同じく、この『田富 満作(まんさく)』も新人選手だ。しかし彼は育成契約で入団し、年俸は300万円。25歳という年齢を考えても、すぐに結果を出さなければいけなかった。


 毎年怪我人が続出するペンギンズなので、体力のある壊れないピッチャーを求めていた。独立リーグのあるチームで選手が大量に退団し、ピッチャーが足りない中で田富が黙々と投げ続けていたところを発見し獲得が決まった。


「これ以上ピッチャーを使いたくない。いきなりピンチ、しかも長いイニングを任せることになるが……」


「……自分は与えられた仕事をこなすまでです」



 大学を卒業し社会人野球へ進んだが、1年で退職して独立リーグへ。エリート街道の奈良に比べて回り道続きで、ストレートも変化球も見劣りする。


「これが一軍のマウンド……うん、いい感触だ」


 それでも田富は落ち着いていた。『タフマン』と呼ばれている彼は身体だけでなく精神も頑丈だった。


(こいつは打たせて取るタイプだからな。うまくいけばいいが……)


 名村はとにかく低めを要求することにした。奈良のように真ん中に投げても押し切れるほどの球はないからだ。ただし奈良はストライクゾーンに投げることができなかったので論外だ。


(低めにカーブ……)


 前の打席で特大のホームランを放ったアンドレが相手だ。田富の球威では失投は命取りになるので、正確なコントロールが求められた。



『長くボールを持って……投げた!』


「フンッ!!」


 アンドレは変化球を待っていた。コースもほぼ読み通りだったので迷わずフルスイングしたが、僅かなズレのせいで打球は上がらなかった。 


「げっ!!」


『ショート真正面!ゲッツーコース!二塁アウト、一塁も……アウト!』


 武雄から土場へ、土場からオズマへ送られた。無駄のない完璧な処理で併殺を完成させた。



『注文通りのダブルプレー!ツーアウト三塁となってバッターは7番の中牟田(なかむた)!』


「……低めを徹底すれば抑えられる………」


 三塁にランナーがいるが、田富はバッターに集中していた。低めの変化球はキャッチャーが逸らすかもとは考えず、サイン通りに投げた。



「ちっ!」


『ファーストゴロだ!オズマが捕って自分でベースを踏んだ、アウト!スリーアウト!』


 変化球を2球続け、最後は内角低めのストレートで詰まらせた。アンドレを1球、中牟田を3球で仕留めてピンチを脱した。



「期待以上の働きだ、よくやった!これは特別ボーナスをやらないとな。私の給料から出してやる」


 年俸が一定の金額未満の選手は、一軍に登録された日数分だけ追加の報酬を手にする。それでもプロ野球選手としては雀の涙のようなものなので、つばめは田富にボーナスを渡そうとした。ところが、


「……監督。ありがたいことですが、そのお気持ちだけで結構です」


「ほう………」


「たった1イニング抑えただけでボーナスを頂いては不公平です。それに今日の仕事はまだ残っています」


 悩む素振りも全く見せず、田富はすぐに辞退した。



「なるほど……目の前の金に飛びつかないか。そのせいであなたは出世が遅れたのだろうが、真の成功を掴む可能性に満ちている」


「………」


「あなたを追い越していった連中を追い抜き返せ。前進し続けるなら、必ず先頭に立てる」


 田富は頭を下げてからベンチに座った。すでに彼は同期入団の奈良を抜き去り、さらなる高みに向かおうとしていた。

 田富満作……育成上がりのオールドルーキー。目立つ球はないが、心身の頑丈さが最大の武器。あだ名は『タフマン』。

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