即戦力
『三回裏、ペンギンズはバッテリーごと代えました!ピッチャーは口田、キャッチャーは久々の出場となる名村です!』
守護神を務めた経験もある口田、つい半月前までは正捕手だった名村のバッテリーだ。二人とも捲土重来を狙っているが、表情も動きも自然体そのものだ。
「能登さんを勝たせなきゃって思いが強すぎたのかもしれません。僕がどっしり構えていれば……」
「いや……私の緊張があなたたちに悪影響を与えてしまった。能登に勝ってもらいたい、夢の200勝へ前進してほしい……もっと自分を抑えないといけなかった」
つばめは自分の非を認め、大矢木に謝罪した。
「監督のせいではありません。僕が……」
「やめよう。時間の無駄だ。それよりも口田と名村を見て、盗める技術は何でも盗んで自分のものにしろ」
反省は必要だが、どこかで気持ちを切り替えないといけない。つばめも大矢木も前を向いた。
『アンドレの今シーズン14号はレフトスタンド中段!豪快なホームランで5対0!』
「あれ!?」 「あっさり打たれやがったな」
経験豊富だろうが平常心だろうが、打たれる時は打たれる。これも教訓の一つだ。
「出合い頭か……すぐに二軍落ちとは言わないが、1点2点を争う場面では怖くて使えないな」
「何が悪かったか、後で映像を見てみよう」
口田の球が甘いのか、名村の要求が軽率だったのか、打ったアンドレを褒めるしかないのか。忙しい夜になりそうだ。
「もったいなかったな……あれだけだった」
「四回もいくよ。もうあんな球は投げない」
ホームランの後は走者を許さず、球数は10球。口田にもう1イニング任せてもよさそうだ。
「構わない。しかし傷口を広げるようなら……」
「わかっている。しっかり抑えるよ」
点差の離れた場面での登板は、若手なら失点したとしても内容を評価されることもある。しかしピークを過ぎたように思える中堅やベテランだと、一気に『終わり』が近づく。つばめが監督になってから、すでに何人か脱落している。
「というわけで、次の回打たれたら俺のプロ野球人生はゲームオーバーです。名村さん、そこのところをよーく考えてリードしてくださいよ!」
「なるほどな。わかった、全球ど真ん中のスローボールでいこう。引退後は飲食店でもやるのか?」
冗談を言い合った口田と名村は大笑いしたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。追い詰められても余裕を残し、勝負を楽しむのは流石だ。
「失点する前にその闘志が見たかったな。しかしペンギンズをクビになってもすぐに引退とは限らない。二軍しかない球団や独立リーグのチームも増えたしな」
「……監督が言うとシャレに聞こえないんですよ」
つばめの読みは鋭く、実際にそうなる未来が見えてしまうので怖い。二軍だけの球団や独立リーグからのオファーは確かにありそうだが、そこからこの華々しい舞台に返り咲くのはほぼ不可能だ。生き残るためには結果を残し続けるしかない。
「ピッチャーの持ち球やコントロール、その日の調子だけじゃない。性格や置かれている立場も考えてリードしないとな。当然相手バッターのこともある」
「はい。そのためには自分が冷静にならないといけませんね。頭を働かせる必要がありますからね」
キャッチャーの負担は大きい。若い大矢木がやるべきことの多さに圧倒されているようなら、自分か他の誰かがベンチから配球のサインを出すこともつばめは考えていた。
しかし大矢木ならプレッシャーに潰されず、球界を代表するキャッチャーになれるとつばめは確信した。今年中は難しくても、近い将来必ず一流選手の仲間入りを果たす。それなら使う側は我慢して見守るだけだ。
『三塁線フェア、長打になりそうだ!二塁から武雄がホームに戻ってくる!ホームイン!』
「よし……地道に差を詰めていけばいい」
武雄、ラムセスの連続二塁打で1点を返した。しかしその後池村とオズマが倒れ二死三塁。この回はここまでかと思いきや、
『あ―――っと暴投だ!ランナー還って5対2!』
変化球がすっぽ抜けて、キャッチャーが腕を伸ばしても全然届かないほどの大暴投になった。勢いが止まりかけていただけに、ありがたいプレゼントだ。
「追いつけば能登の負けは消える。そのためには……」
「これ以上無駄な失点はしない、それが最前提だ」
チーム一丸となって3点差を追う。まずは相手に追加点を与えず、こちらに傾きつつある流れを掴み続けて手放さないことだ。
「ストライク!バッターアウト!」
『口田、四回は完璧に抑えました!三振2つにピッチャーゴロ、まさに圧巻のピッチング!』
最初のホームランは運が悪かったという結論になりそうだ。毎回この球を投げられるのなら、僅差の場面でも安心してマウンドに送り込める。
「五回からは奈良でいく。ドラフト2位の初登板……楽しみだな」
「二軍では先発とロングリリーフをこなしています。投げさせるなら確かにここですが、楽しみというのは本心ですか?」
即戦力として期待された大卒右腕、奈良。本人の目標も周囲の期待も新人王だったが、東京グリーンペンギンズは毎年同じ失敗をしている。キャンプが始まれば即戦力から素材型に評価を下げ、案の定二軍でも苦しんでいた。
「正直に言うなら、彼からは加林のような輝きは感じなかった。ただしまだプロの世界に慣れていないから真の実力を出せないだけかもしれない」
即戦力だと勝手に勘違いしただけで、じっくり育てたほうがいいこともある。一方できっかけがあれば軌道に乗る選手もいる。奈良がどんなタイプなのかを見極めるための昇格だった。
「ペンギンズのドラフト1位は他球団なら下位、ペンギンズの3位以下は他球団なら育成クラス……誰が最初に言い出したか知らないが、その通りだな」
「しかし今年はなんか違うぞ。1位の加林、3位の安岡……どっちもいけそうじゃないか。まあ最初だけかもしれないけど」
出始めに少しだけ活躍して消えていくか、何もできずにいなくなるかの違いで、大した差はないとファンも嘆く。選手を期待して信じるのが普通のファンだが、裏切られ続けたペンギンズファンは捻じ曲がってしまった。
「加林と安岡は正直下ではレベルが違った。前監督の高塚がなかなか一軍に上げなかったのは大失態だが、奈良は厳しいんじゃないか?」
「わからんぞ。相手が強ければ強いほど燃える、そんなピッチャーもいるからな」
好投すれば、交流戦が終わったあたりからローテーション入りが狙える。ファームでも結果が出ていないような選手が、人が足りなくなって緊急昇格したところ大ブレイク、そのままレギュラーとして定着することもある。
駄目だろうと思いつつも、もしかしたら未来のスーパースターの初出場を見ているのかもしれないと胸を踊らせてしまう。ペンギンズファンは大歓声で奈良を迎えた。
「よーし、いい球だ!」
『プロ初登板の奈良、投球練習の球は走っています!2番手の口田やキングスの姫野よりもずっと上のピッチャーになれる素質があります!』
大学野球での実績は申し分ない。160キロを記録したこともあるストレートと4色の変化球を駆使すれば、プロの世界でもすぐに通用するはずだった。
「………次のピッチャー、いつでもいけるようにしろ」
「えっ?は…はい」
奈良の投球練習を皆が絶賛していたが、つばめは投手コーチに指示を出し、ブルペンに連絡させた。数分後に何が起こるか、つばめにはわかっていた。
口田……守護神の経験もあるリリーフ左腕。年齢的にはまだ老けこむ歳ではないが、下降線。
奈良……アマチュア球界で高い評価を得てペンギンズ入り。ブルペンや投球練習の球は完璧に近いが……?




