5割
つばめの発言に記者たちは騒然とした。勝率5割を逃せば辞任すると確かに言ったのだ。
「ペンギンズの勝率は2割後半から3割前半だ!100敗すらありえるチームで5割なんか無理だ!」
「いや、5割といってもシーズン通算か?それともつばめ監督になってからの話か?」
つばめの通算成績は8勝7敗。劇的に勝ち越しているわけではないが、それまでのペンギンズを考えればよくやっているほうだ。
『……どうせ長くても今年いっぱいでしょう?それで5割に届かなかったら辞めると言われても……だからなんだという感想しかありませんね』
「なっ………」 「おい!いい加減にしろ!」
辞任発言が飛び出す原因を作った後村は、両手を広げて嘲笑った。いよいよ退室を命じられそうというところで、つばめはさらなる爆弾を投下した。
『だったらどうする?指の爪を全て剥ぐか?丸坊主にすれば満足か?それとも切腹でも……』
『その時は私が介錯してあげましょうか、監督』
「お、終わりっ!今日の会見は終わりですっ!」
このままではどこまでいくかわからず、強制的に打ち切られた。この騒動は翌朝のニュースでも大々的に取り上げられ、つばめと後村は2人とも批判の的になった。ネット上でも厳しいコメントが集まった。
『京都駅にペンギンズナインが現れました!もちろんユニフォーム姿の正一つばめ監督もいます!』
チームは新幹線で博多へ向かう。今日からの対戦相手、九州フォークライブキングスが待っている。
「監督!本気で切腹する気ですか!?」
「勝率5割とはチームの最終成績のことですか?それとも監督自身の勝敗ですか?答えてくださいよ!」
つばめは記者たちを無視してすたすたと歩く。車内に入り、座席に座ってからは選手やコーチたちの質問攻めが始まった。京都のホテルにいる間は辞任騒動について一切触れずにいた。
「あんなクズの挑発に乗るなんて監督らしくもない。放っておけばよかったのに、なぜ?」
「面白そうだったから……かな。話題作りにもなったし、ますます盛り上がるぞ。ペンギンズと日本プロ野球界が」
熱しやすく冷めやすい人々を飽きさせないために、後村は最高の働きをしてくれた。アメリカで活躍する大仁田や他のスポーツがニュースで扱われることはほとんどなくなり、ペンギンズを中心とした日本の野球が独占していた。
「……結局5割というのは何の5割なんですか?」
「まだ決めていない。どうしようか」
つばめの通算成績が5割以下になった瞬間に辞任、この交流戦で負け越しが決まったら即辞任と書かれている記事もあった。前者の場合は早ければ明日、後者も来週中には決まってしまう。
「そうだな。10年は監督をやるつもりだから、その約半分負けたら辞めるということにするか。今シーズンは途中から就任し、今後引き分けの試合があると考えても……」
「だいたい700敗くらいはできますね」
700敗したら辞めると宣言すれば、つばめを応援しているファンですら愛想を尽かすに違いない。さすがにふざけ過ぎだ。
「私に代わって別の監督が就任するまでは責任を持って続ける。遅くてもシーズン終了後には新監督が決まっているだろう」
「監督が明日いきなり辞めたら代わりがいませんからね。国村さんあたりが代行をするとしても、混乱は避けられませんよ」
後村の仕掛けた喧嘩を買ったように見せかけて、実は相手にしていなかった。つばめは冷静に後村を利用し、自分とペンギンズが注目を集めるための道具にした。
「久々の中6日……体調は?」
「二軍では普通にやってたんだから問題ないよ。投げたら抹消じゃなくて逆に助かるね」
前回の登板で191勝目を掴んだ大ベテランの能登が、今週も金曜日に登板だ。今年中の200勝達成は厳しいとしても、調子がいい時に白星を積み重ねておきたい。
「キングス打線は繋がると止まらない。流れが悪いと思ったらリズムを調整して……能登さんなら言わなくてもわかるとは思うが、一応……」
「ツーアウトからでも連打してきます。単調にならないように気をつけましょう。ホームランはもう諦めて、とにかくランナーを溜めないことです」
この『ディランドーム』はそこそこ広いが、レフトとライトにそれぞれラッキーゾーンがある。しかも常に空調設備が仕事をしているため、外野フライと思われた打球が風に吹かれてホームランになることも多々あった。
「6回2失点くらいが理想かな。ソロホームランを1本か2本打たれるのは仕方ないな」
キングスの投手力はそこまで高くない。能登が理想通りの内容で投げれば勝利投手になれるだろう。
「つばめのためにも勝たないと。どこかの記者と賭けをしたと聞いているが……」
「それは忘れて気楽に投げてほしい。細かい条件を決めたわけではないし、いつでも反故にできる」
発奮してくれるぶんにはいいが、力まれると困る。選手たちの負担になるようであれば、つばめは批判を覚悟で宣言を撤回する気でいた。自分のプライドよりも選手が実力を出し切るほうがずっと大事だ。
「能登さん……」
誰が勝っても1勝は1勝だが、能登の勝利はただの1勝ではない。偉大な記録に前進するだけではなく、チームに勢いをもたらす。試合開始まで、つばめもいつも以上に緊張した時間を過ごした。
『スリーアウト、二者残塁!能登がどうにか無失点で凌ぎ、初回は両チーム無得点!』
「よし!抑えたなら内容はどうでもいい!」
警戒していたツーアウトからの連打でピンチを作ったものの、5番の佐田をセカンドゴロに打ち取って踏ん張った。先制点をプレゼントできれば能登も安定するはずだ。
『空振り三振!オズマ、高めの釣り球に手が出た!』
「ちっ……この調子では厳しいか」
相手の先発投手、姫野のコントロールが冴えている。これだけ丁寧に投げられると、勢い重視の若い打線では攻略できない。そして我慢比べになれば不利なのはペンギンズだが、崩壊は想像以上に早かった。
『ライト前に落ちた!これで3連続タイムリー!』
またしても二死一、二塁とされると、山田、南、伊勢に連打を許し4失点。ストライクとボールがはっきりしていたのがまずかった。
「……今日は終わろう。いい時もあれば悪い時もある、それは能登さんが一番わかっているはず」
「………ああ。後は頼む」
ベンチに深々と腰を下ろしたところにつばめがやってきて、軽く肩を叩く。能登はここでギブアップだ。
『どうやら交代のようです!192勝目を目指したマウンドは2回4失点!無念の結果になりました』
三回表、8番に入った大矢木はあっさり三振に倒れた。試合前に言われていた忠告を忘れ、一本調子でリードしてしまった失敗を引きずっていた。
「あ〜あ………あれ?」
「あなたも今日は休みなさい。明日取り返せばいい」
一軍に戻っていた名村が準備をしている。これ以上ミスを重ねる前に、大矢木も序盤で交代となった。
「これもいい経験だ。しっかり勉強しろ」
「名村さん……わかりました」
「ま、俺が駄目だったら反面教師ってことでいいから、ちゃんと見ておけよ」
感情任せの懲罰交代ではなく、大矢木の成長のために退かせた。そして試合はまだ三回で、4点差なら諦めるには早かった。
九州フォークライブキングス……選手たちの名前の元ネタは九州出身のフォークシンガーから。ディランドームの元ネタはアメリカの歌手から。打球が風に吹かれてホームランになりやすい。




