王者を止める
『つばめ監督のリクエスト成功!山内はセーフ、タイムリー内野安打となって6対2!初回の5点以来、久々の得点です!』
つばめのおかげで得点が入った、その国村の言葉が引っかかった幾人かの選手たちが近づき、つばめと国村に説明を求めた。
「監督がリクエストしたから点数が入った、そんな単純で当たり前な話じゃないですよね?」
一塁塁審は重鎮だからどうせ判定は覆らないと諦めていたら、確かに無得点で終わった。しかしそれ以上の何かがあるはずだった。
「いや、単純な話だ。つばめがビデオ判定を要求したのがよかったんだ。いまだにブームが続いているから、普通のニュースでもペンギンズの試合結果やつばめの様子が取り上げられるだろ?」
「はい。そうですね」
「重鎮への忖度で判定を捻じ曲げても、普段なら野球ファンがネットで騒ぐだけだ。しかしつばめの試合でそんなことをしたらどうなるか……」
ニュースやワイドショーで問題の場面が繰り返し扱われる。この判定に関わった審判団全員が、プライドが高いだけの無能な嘘つきというレッテルを貼られてしまうのだ。しかも日本中で、野球にそこまで詳しくない人々からも非難され、罵られるだろう。
「……なるほど。正直にやるしかなかったと」
「世間の私への注目を使わせてもらった。利用できるものはなんでも利用して勝利を掴む!」
つばめがいる間は、ビデオ判定に限り有利であることがわかった。それを喜ぶだけでよかったのに、一部の若い選手は余計なことを考え始めた。
(……利用できるものはなんでも……?まさか!)
(つばめちゃん、自分の身体を使って……!)
対戦相手には手加減をお願いし、審判には贔屓を求める。そして球団幹部には積極的な補強をおねだり。つばめがチームのために身体を差し出そうとしているのではないかと深読みした。
「監督!俺たちのために自分を汚すようなことはしないでください!実力で勝ってみせますから!」
「大事なものを渡すと後で必ず後悔します!」
勘違いが加速し、叫ぶまでに至った。
「……大事なものを渡して自分を汚すだって?するわけないだろ。そんなことをして勝って何が楽しい?」
「か、監督!」 「よかった!」
「賄賂を渡して審判や他球団を買収なんて、どんな汚い手を使っても勝ちにいく卑怯者でもそれだけは絶対にしない。永久追放だぞ」
つばめも選手たちの言葉を勘違いして受け取っていたが、訂正すると話がややこしくなる。しかもまだ試合中だ。これ以上この話題が膨らむことはなかった。
『ホームイン!6対4!やはりトリプルクラウンズの底力は球界ナンバーワンだ!』
「楽に勝たせてくれないのはわかっていた。しかしここまでとは……」
絶対王者は追う展開になっても強い。この食らいつきと粘りの姿勢は、ビハインドの時間が長いペンギンズとしてはぜひとも模範にすべきだ。
『ツーアウトランナー二塁、バッターは4番の武!安岡、大矢木の若いバッテリーは凌げるか!?』
今日まで無失点だった抑えの安岡だが、ツーアウトから連打を許して失点した。苦しんでいるのはベンチからでもわかるが、コーチがマウンドに向かおうとするのをつばめは止めた。
「監督!ここは行ったほうが!」
「この程度なら自力で乗り越えてもらう。ここでやるべきことは一つしかないからな」
武を出塁させると同点のランナーとなり、次のバッターにホームランを打たれたらサヨナラ負けだ。勝負して抑える以外の道はなかった。
「うわっ!?」 「危なっ……あっ!」
強烈なピッチャー返しだったが、打球が顔か肩に直撃する寸前でグラブに吸い込まれた。うまく捕ったというよりは、たまたまボールが入っただけだった。
「天国と地獄、生か死か……だったな」
『捕りました、アウト!あわや大惨事でしたがピッチャーライナーでゲームセット!試合開始早々に5点を先制したペンギンズ、辛くも逃げ切り!』
褒められた試合内容ではないが1勝に変わりはない。交流戦が始まってから無傷の8連勝中だったトリプルクラウンズに土をつけた。
『3戦目でどうにか勝利……これでもう今年はトリプルクラウンズと戦わなくていいですね』
『いや……そうとも言い切れません』
つばめの答えに記者たちは驚いた。来年の交流戦まで対戦はないはずだ。
『今年の日本シリーズで再会することになるかもしれません。それまでにしっかり対策を考えます』
『あ……そ、そうですか……』
そんなことはありえない、とは誰も口にしなかった。僅かな可能性だとしても優勝やAクラスを狙うのはプロとして当然だ。それを批判することはできない。
『監督、まだ諦めていなかったんですか?圧倒的最下位、Bクラスと呼ぶのも躊躇われるほど5位との差も開いているというのに』
「なっ……!」 「どこの会社だ!?」
突然の挑発的な質問に、会見場内は騒然とした。富士スポーツの若い女性記者だった。
『……………』
『いえ、それならそれでいいんですよ。しかし本気で上位を目指す気なら不可解で意味不明な采配が目立つと思いましてね。聞いておきたかったんです』
一般のメディアよりもスポーツ関係のほうが厳しい質問をしてくるのは今日始まったことではない。しかし明らかな敵意が感じられるのは極めて稀だ。
『異様な数の一軍二軍の入れ替え、大量失点しているピッチャーの晒し投げ、自分に逆らう選手たちを排除しておきながら、細かい作戦を放棄したイケイケ野球……意味不明以外の何物でもありませんよ!』
『……………』
『あなたの一番の役割は話題集めの客寄せです。それなのに愛想は悪く睨みつけるような目つき……グラウンドの内外であなたは監督として失格です!』
まさかの断罪だ。この記者はつばめを煽って失言を誘う策士ではなく、単に心からつばめが憎いようだ。会場がますます戸惑いに覆われるなかで、ついにつばめが口を開いた。
『……なるほど。私に辞めてほしいのか、お前は。それならそうとはっきり言ってくれたらいいのに』
『!?』
つばめは会見の場では敬語を貫き、口調も丁寧だった。しかし今、その仮面を捨てた。
『大嫌いで目障りだ、顔も見たくないから無能は早く消えてくれ……感情に任せて心の奥にあるものを叫べ。そう、外苑球場のガラの悪い観客たちのように』
『……くっ!その威圧的な態度……ついに本性を明らかにしましたね!?大多数のペンギンズファンがあなたを受け入れないのは、あなたがチームに混乱をもたらす破壊者だからです!これ以上非難が大きくなる前に……』
豹変したつばめにも、それに対して一歩も引かない記者にも驚かされ、皆は何も言えない。最初から台本が用意されている『仕込み』ではないかと疑う者もいたが、球団関係者たちの困りきっている表情を見る限り、これはガチンコだった。
『お前だけではなく会社全体が出禁になるかもしれないというのに……名前は?』
『……『後村 三恵』です』
つばめと後村の睨み合いが続く。ペンギンズの人間が止めに入ろうとした時、つばめがにやりと笑った。
『素晴らしい。その度胸に報いてやろう。そうだな……5割だ。勝率5割を下回れば、お前の望み通りペンギンズの監督を辞めてやる』
『………!』
後村三恵……富士スポーツの若い女性記者。つばめを批判し、敵対する立場であることを隠さない。『三恵』を別の読み方をすると『サンケイ』、その後ろに名字を続けると『サンケイ・アトム(ラ)』となります。




