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諦めさせるため

「明日の試合は勝てそうですか?また観戦しようかなと思っているのですが……」


「……まあ無理だろうな。もし来るのなら日曜のほうがいい。絶対に勝てる勝負はないが、絶対に負ける勝負はある」


 最初から諦めているかのような言い方だ。長いシーズンを考えれば全試合全力で駆け抜けるわけにもいかないが、試合までまだ半日以上もあるのに確実に負けると言い切るのは消極的すぎる。


「つばめさんらしくもない。しかしそのつばめさんがそこまで言うのですから……相手のピッチャーが手強いとか?」


「相手よりもこっちの問題だ。雨木(あめぎ)で勝てというのは酷だ」



 30歳の雨木は今季初登板。今年の4月、開幕直後にペンギンズに入団したばかりだった。昨シーズンは渡米したがメジャーの舞台には届かず、今年もアメリカでのプレーを目指していたものの所属チームが見つからないところをペンギンズが獲得した。


「二軍で何回か登板したが、いつも序盤に大量失点で5イニングも投げられない。大阪のエースだった姿はもう見る影もないな」


「実績はある人のようですね。それなら一軍の舞台に立てば変わるということも……」


「雨木を獲ってきたやつもそう言っている。環境が悪い二軍では力を出し切れないだけだから、一度上で使ってくれと。そいつがあまりにもしつこいのでどうにかしてほしいと頼まれて、仕方なく昇格させた」


 数年前は最多勝にも輝いたピッチャーだ。獲得費用は安くない。一軍で登板できないまま終われば責任を問われるので必死だった。



「断ることもできたのでは?」


「ああ。結果を出せない実力不足の選手なんか使いたくない。しかしこれも必要なことだと監督になってから知った。『諦めさせるため』の起用は」


 諦めさせるため……その意味について、みのりに聞かれる前につばめは話し始めた。


「雨木だけではなく、低迷している選手の周りからの声はうるさい。獲得を決めたスカウト、その選手を贔屓するコーチやOB……一部の球団幹部も」


「それは大変ですね……」


「30打席与えたら打てるようになる、リリーフではなく先発なら活躍できる、とにかく一軍に上げろ……その通りにして駄目なら連中は黙る。それ以上見込みのない選手に構っていても無駄だと諦めてくれる」


 チャンスを与えても結果が出なければ、納得するしかない。そして別の選手の育成や新戦力の発掘に力を入れるようになる。



「とはいえ私はそんな連中の圧力に屈する気はない。全ては選手のためだ」


「選手の……」


「せっかくペンギンズに来てくれた選手たちなんだ。できることなら全員が活躍し、夢を掴んでほしいと思う。しかしそれは不可能だ」


 チームには人数制限がある。誰かが夢破れてチームを去らなければ、別の希望に満ちた誰かをチームに入れることはできない。


「チャンスを与えられないまま終わってしまい、プロをやめても悔しさや不満が残り続けるなんてことは避けたい。完全燃焼してもらいたい」


 つばめが空になった茶碗を手に席を立とうとすると、みのりがそれを制して茶碗を受け取った。そして山盛りのおかわりを持ってきた。



「つばめさんのペンギンズ愛と選手への優しさが伝われば、ファンの方々も態度を変えるはずですが……」


「どうかな………少なくとも明日はないな」


 つばめの予想通りなら明日は大敗だ。誰からも好かれている有能な監督だとしても、この日に歓声や称賛を受けることはないだろう。


「つばめさん!そんなことでは奇跡も起きませんよ。『勝ちに不思議の勝ちあり』です!」


「むっ……そうだな。私が戦う意志を捨ててどうする。雨木が一生に一度の好投を披露して勝つ……試合が始まるまでは選手を信じてやらないと」


 悪い意味でこの仕事に慣れてしまわないように、つばめは自分を戒めた。試合の展開次第では途中で負けを認める必要もあるが、最初から負けと決めつけていては選手や観客に失礼だ。



「そ、その消極的な考え……疲れといっしょにお風呂で洗い流しましょう!ご飯が終わったら……また私が!」


 みのりは今日もつばめの身体を洗うつもりでいる。純粋につばめを綺麗にしてあげたい気持ちと、不純につばめの身体を堪能したい気持ち……心に潜む天使と悪魔が手を組んでいた。


「おお、忙しいのにありがたい。よろしく頼むよ」


「は…はい。しっかりやらせていただきます!」


 この夜、みのりはほとんど眠れなかった。刺激と興奮に支配されたまま朝となり、デーゲームの観戦を断念することになってしまった。






「……………」


 みのりが球場に来なかったのは正解だった。つばめはネガティブな思いを捨てて試合に臨んだが、一番初めの悪い予想が当たってしまった。


「ふざけやがって!金と時間を返せ!」


「草野球チームがプロと試合をするな!」


『7対0!日本球界復帰後初登板となった雨木、苦しいピッチングが続きます!』


 三回で被安打5、四死球6。二軍での登板と何も変わらなかった。雨木の最初の打席が回ってきたところでつばめは代打を送り、降板させた。



「おいバカ監督、ヘボピッチャー使ってんじゃねーよ!誰が見たって終わってんだろ、そのクソはよ!」


「雨木は悪くない!こんなやつを投げさせた監督の責任だ!さっさと死んで詫びろ!」


 つばめは雨木を使うことに後ろ向きだったが、ファンにはつばめが雨木を抜擢したように見える。全ての批判を一身に受けてしまった。



『空振り三振!武雄、この打席も三球三振!』


「こいつもダメか。海田がいない今がチャンスだったのに………土場や新谷のほうがずっといいな」


 武雄も雨木と同じように、使ってほしいと頼まれている選手だ。ミスターペンギンズである海田の後継者として期待されていたが、伸び悩んだまま成長の兆しがない。


「今シーズンは29打数2安打、約束の30まであと一つ。今日のうちに消化できそうだな」


「二軍の二遊間も使いたいやつはあまりいないな……いや、足が速いだけだが代走にはなるか。あいつを武雄の代わりに呼ぼう」


 こうしてチームは血の入れ替えが進んでいく。病んだ枝や腐った実はチーム全体を生かすために切り捨てられる。



「……………」


 つばめは武雄の応援グッズを持っていた。海田が衰えたら武雄がセカンドのレギュラーになると去年までは信じていた。監督として冷血に振る舞ってはいても、彼を構想外とするのは心苦しかった。


「次は無欲でいけ。余計な欲がなければ必ず打てる」


「あ……ああ。わかったよ、監督」


 八回か九回にもう一度打席が回ってくる。残されたチャンスは少ないと武雄自身もわかっているだけに自然体で打つのは難しい。それでも一縷の望みに賭けた、つばめのアドバイスだった。




『八回から新潟ライスクラッカーズのピッチャーは二人目の柿本(かきもと)!先発の吉井(よしい)はちょうど100球、1失点でマウンドを降りました』


 雨木はたった3イニングで100球近く投げてしまった。好投手の吉井と雨木では確かにやる前から結果の見えている勝負だった。


『こんなことを言っては酷かもしれませんが、どうせ勝ち目の薄い吉井の試合を雨木で潰したと思えば好采配だったかもしれませんよ。明日は新潟も谷間の川島(かわしま)、ペンギンズは前回完封勝利の加林ですから』


『なるほど。最悪のシナリオは吉井と加林の投手戦で競り負け、川島と雨木の乱打戦で打ち負け……その連敗ですね』


 意図してそうなったわけではなかったが、意外なところで評価されていた。

 雨木……アメリカ帰りの新戦力。珍しい下手投げだが、全盛期に比べコントロールが悪化している。

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