17歳の息子
『浅いフライ!捕れるか!?落ちるか!?』
ショートとレフトの間に落ちそうな打球。ラムセスは水曜日と同じように、足から滑る形のスライディングでキャッチを試みた。
「バ、バカッ!無理するな!」
「落ちてもまだ1点あるんだ……」
ヒットになっても二塁走者が還ってくるだけだが、後ろに逸らすと一塁から一気に生還されて同点だ。新潟ファンの歓声がかき消されるほどの悲鳴が外苑球場に響いた。
「シャアッ!!」
『グラブに入っている!判定はアウト!ノーバウンドで捕球したという判定です!ファインプレー!』
勢いそのままに、守備でも活躍した。2点差を死守して終盤へ向かう。
「今のは……偶然だろうな」
「たまたま捕れただけだろう」
打撃は指導や助言で改善できたが、守備はどうしようもなかった。今後もヒヤヒヤしながら見守っていくしかないようだ。
「よし!ファースト!」
『スリーアウト、試合終了!4対2、ラムセスが全得点を稼ぎ出しました!そして能登が191勝目!』
八回は星野、九回は安岡が一人の走者も許さずリードを守った。ヒーローインタビューに呼ばれたのはもちろん能登とラムセスだ。
『これで大記録まであと9勝!いよいよ見えてきましたね!』
『……まあ200勝のためだけに野球を続けているわけではないですから。それに今日は自分に勝ちがついたことよりも、つばめを勝たせることができたほうが嬉しいです』
お立ち台でつばめへの感謝や称賛を口にすると、いつもなら古いペンギンズファンからブーイングが飛ぶ。選手たちは金を貰って褒め言葉を言わされていると主張する者もいた。
「………」 「………」 「………」
しかし今日のライトスタンドは大人しく、能登の言葉を静かに聞くだけだった。大ベテランにブーイングやヤジを飛ばすわけにはいかなかった。
『最高の外苑デビューでしたね!ここからホームラン量産を期待してもよろしいですか!?』
『もちろんです。私が打つことでチームが浮上し、つばめ監督が素晴らしい監督であることを証明できれば最高です』
つばめが監督にならなければ一軍昇格すらなかったかもしれない。ラムセスだけでなく多くの若手がつばめによってチャンスを与えられ、チームの顔になりつつある。つばめへの感謝の気持ちは大きい。
「つばめ帝国の誕生は目前だな」
「帝国?それだと私の独裁国家みたいだ。監督が独裁者として振る舞うのは健全なチームではない」
スタメンや継投の決定権など、大きな権力をオーナーから与えられている。それでもコーチや選手に意見を聞き、彼らの希望も考慮に入れる。他人の言葉に全く耳を傾けなければそのうち孤立してしまう。
「年齢の近いやつらもたくさんいる……どうだ、この中に未来の恋人や結婚相手がいるかもしれないぞ?ラムセスだってそのうちの一人だ」
「……………」
国村の言葉に、つばめよりも独身の選手たちのほうがわかりやすく反応した。自分たちを候補としてつばめに意識させてくれたのは感謝するが、どうしてその筆頭がラムセスなのかと歯ぎしりしていた。
「ラムセス?彼は既婚者だ。選手名鑑にもそう書いてある」
「ん?そうだったのか。ということは、嫁を国に残して来たんだな。まあまだ1年目、日本で何年プレーするかわからないんだから単身赴任は当たり前か」
オズマのように家族と共に日本で暮らす外国人選手は稀だ。高額の年俸と数年プレーできる保証の両方がなければ、シーズン中は一人で生活する。
『ホームランボールが戻ってきたら、ベネズエラにいる愛する妻と愛する息子へのプレゼントにします』
「子どももいたのか……それは知らなかった」
普通の受け答えが続いていたが、インタビューも終わりに近づいた時、思わぬ展開になった。
『今日は彼の17歳の誕生日……最高の形で祝うことができました!』
「………ん?聞き間違いか?」
「通訳の言い間違いだろう。しっかりしてほしいな」
ラムセスは20代半ばなのに、17歳の息子はありえない。素晴らしいインタビューだったのに、もやもやした終わり方になった。
「おい、あれはないだろ。スタンドもシラケてたぞ」
ラムセスたちが戻ってくると、皆で通訳に詰め寄った。しかし彼は自分の失敗がわかっていない様子で、
「え?何がですか?」
「とぼけるなよ……いや、ほんとうに気づいていないのか。ラムセスの息子が17歳って言ったんだよ、あんたは」
あってはならない大失態を指摘したが、通訳は大きな声で笑い始め、隣りにいたラムセスも笑った。
「あっはっは、そういうことでしたか。いやいや、17歳で合ってますよ」
「………え?」
「ホラ……ミテミテ」
ラムセスがスマートフォンを取り出し、写真を皆に見せた。ラムセスを中央に、右には太った中年女性、左には立派な身体をした青年がいた。
「………この2人は誰だ?」
「ラムセスの奥様とお子さんですよ。少々歳の差がある結婚ですから……」
「あっ………」 「そ…そういうこと………」
妻の連れ子なので、この息子にはラムセスの血は流れていない。20代のラムセスに17歳の息子がいるというのは一応間違いではなかった。
「彼の名前は『アレク・ラムセス・ジュニア』です」
「………?義理の息子なのにアレク・ラムセス・ジュニア?そもそも10歳も離れていないのに息子?すまない、ちょっと理解が追いついていない……」
複雑な家庭事情を聞き、つばめは困惑した。説明されても受け入れられずにいた。
「監督は……わからなくていいですから」
「そのうちわかる時がくるよ。さ、この話は忘れて勝利を喜ぼうぜ!」
ラムセスが日本の文化を理解したように、いつかはつばめも他国の文化や常識を受け入れることができるだろう。でも今は純粋なままでいてくれと選手たちは願った。
『ラムセス、それに能登……前監督が使おうとしなかった選手たちの活躍で勝利!チームも再び上昇気流に乗ってきましたね!』
『まだまだ上は見えません。勝っていくだけです』
快勝の日の会見は話が弾む。つばめが上機嫌で記者も質問しやすい空気だった。今日は長引きそうだと思われたところで、
『そろそろこのあたりで。明日は朝早いですから』
『おお、そうでした。デーゲームでしたね』
午後2時試合開始だ。しかも先週以上の暑さが予想されている。休む時間が必要だ。
『チケットはすでに完売ですが、連勝更新を期待するペンギンズファンに向けて一言お願いします』
『熱中症対策をお忘れなく』
明日も勝つとは言わなかった。厳しい戦いになるとわかっていたので、ファンの体調を気遣うような言葉で茶を濁した。
「お疲れ様です!こうして久しぶりにつばめさんと会えてうれしいです!」
玄関を開けると、エプロンを着けたみのりが座って待っていた。会見が終わって車に乗る時にだいたいの帰宅時間を知らせておいたので、昼間からずっと座っていたということはない。
「私もだ。しかし待たせてしまった。昼間は学校だっただろうに、眠くないか?」
「昼寝をして備えておきました。食事の準備は最後の仕上げだけですから、先に着替えてお待ち下さい」
同級生と同居し、家事を全てやってもらっている。しかもその同級生は球団のオーナーの孫だ。考え方によってはラムセスの家庭以上におかしなことをしている自分に、つばめは思わず微笑んだ。
アレク・ラムセス・ジュニア……ラムセスの年上の妻の息子で、ラムセスとの血の繋がりはない。元ネタの人物は『本物の素人』でありながら3年間ヤクルトに在籍したあの男。ヤクルトは一茂やカツノリも獲得しているが、その2人とは天と地の差。




