フォアボール
「ふざけてんのか!勝つ気ねーのかよ!」
「八百長も無気力試合も永久追放だぞ!」
スタメンが発表されると、ペンギンズファンはヤジの嵐だ。打順の変更やラムセスの起用が気に入らないようだ。
「能登さんに勝たせたくないのか!早くくたばれ!」
ファンも能登に200勝を達成してほしいと心から願っている。それなのにベストとは思えない布陣をつばめが用意したのだから、顔を真っ赤にして怒り狂うのも無理はない。
「つばめちゃん頑張って!下品な老害たちに負けないで―――っ!」
「勝って見返してやれ、クズどもを!」
つばめのファンからは声援が送られる。つばめとしてはその声に応えたいところだが、選手たちが頑張ってくれなければ監督は何もできない。
(……………)
そんな中でラムセスは自分を落ち着かせていた。つばめのために結果を出そうと熱くなりかけていたが、学んだことを実行するためには冷静さが必要だ。
「集中してますね。今日のラムセス」
「これはいけそう……いや、どうだろうな」
仲間たちも半信半疑だ。『こいつはやりそう』というオーラはあるが、本番で役に立たない助っ人をこれまで何人も見てきたからだ。今年のランドとボウメンもそのパターンだった。
「ふ――――――っ……」 「よ……よし!」
『あと少し伸びなかった!センターがフェンス手前で捕ってスリーアウト、二者残塁!』
能登はどうにか初回を無失点で切り抜けた。近年は生命線の制球力も衰えているだけに、若いキャッチャーの大矢木は苦しいリードになる。
「ストレートがもっと低めに決まれば……」
能登と大矢木は二軍戦で組んだことがある。その時は六回無失点だったが、相手打線に何人も育成選手がいたので参考記録にもならない。
『ツーアウトランナーなしで打席に入るのはラムセス!ピッチャーの笹川とはファームで対戦し、3打数2安打!ホームランも打っています!』
相性がいいように思えるが、これもやはり当てにならない数字だ。二軍の対戦成績が一軍でもそのまま、ということはほとんどない。バッテリーの攻め方や球場の条件、その場の目的すら違うからだ。
(下では打たせてやったが……今度はそうはいかない)
ラムセスの弱点がはっきりした今、キャッチャーもリードしやすい。楽な勝負だと笑っていた。
「………」
しかし今日のラムセスは違う。相手がどう攻めてくるかを読んでいた。
(ツーストライクまではストレート中心……)
つばめによって二軍に送られた元正捕手の名村がラムセスに教えたことの一つは、『敵のキャッチャーの思考を読め』だ。
(日本ではキャッチャーが配球の指示を出す。たまにピッチャーは嫌がるが、だいたいは従う……)
ピッチャーとバッターの一対一の勝負ではない。そこにキャッチャーが絡んでくる。来た球をただ打つだけでは論外だが、ピッチャーの研究ばかりしていても足りない。
『ストライク!これで追い込みました!』
ストライク、ボール、ストライクときた。北海道でのラムセスはこうなると空振り三振以外の未来はなかったが、ここからが成長したラムセスの見せ場だ。
(相手はまだ2球遊べる……そうなると)
ピッチャーがサインに頷くのが早い。あっさり決まったというのなら、もはやあれしかない。
『笹川、足が上がって投げた!』
「よし!これで一丁上がり………」
右腕が投じたのは外に逃げるスライダー。ラムセスが苦手とする球だった。
「………え?」
「………」
ラムセスのバットは止まった。反応しかけたが、ハーフスイングすらしていない。
『ボール!外角の変化球を見送ってツーツー!』
マスクを被る御神本も驚いていた。投げた瞬間にボールだとわかるような球でもラムセスなら振ると噂だっただけに、首を傾げた。
(………たまたまだろう。もう一度今の球だ)
あと1球ボールが許される。同じコースに同じ球を投げて空振りを狙った御神本だったが、
「ボール!」
(……これも見てくるのか!)
ラムセスは振らない。フルカウントになった。
『フルカウントだがバッテリーはどう攻める?おっと、御神本の構えは変わらず外だ!』
(同じような球でもフルカウントなら振りたくなる!露骨なボールは投げないと思うはずだ!)
見送られたらフォアボールの場面では、これまでのような変化球は投げにくい……そう思わせておいて再び外角だ。空振り三振を狙う御神本の攻めは徹底していた。
『勝負の一球!6球目、投げた!』
(よし!これなら!)
ストライクからボールになる、完璧にコントロールされたスラーブだった。フルカウントでなくても振ってしまうだろう。
「………」
「えっ!?」
しかし3度目もラムセスは動かず。自分に対し相手はどう攻めたくなるかを読み切った。
『よく選んだ!フォアボール!ツーアウトからラムセスが一塁に歩きます』
「あれを見るか………投げる球がわかっていたのか?」
(笹川のフォームのクセがバレたのか?俺でもわからないが……)
ラムセスの読みはあくまで配球の予想に過ぎない。しかもこの打席は見逃し三振ならそれでいいと思っていたので、外角を捨てることができただけだ。本番は次の打席だと決めていた。
「ああっ………」
『入った!ホームランです!的場のツーランで新潟ライスクラッカーズが先制!』
甘いシンカーをライトスタンドに運ばれ、先制を許した。連打や四球絡みではないのでまだましだが、今日も勝利数更新は厳しいかとペンギンズファンはため息だ。
「まだ2点。諦めるのは早い」
「笹川の防御率は1点台だがな……」
安定感のある新潟のエースに対し、この2失点は重い。しかしつばめの表情と闘志に変わりはない。
「案外能登が自分のバットで取り返してくれるかもしれないぞ」
「まさか。確かにあいつはデビューから毎年連続でヒットを打ってはいるが、最近は1年にせいぜい1本か2本だぞ。バッティングが上手いわけじゃない」
冗談だと思われたか、国村に鼻で笑われた。それでもつばめは真面目そのものだった。
「その1本が今日だとしたら?」
「………ありえないとは言い切れないな。悪かった」
次に試合が動いたのは三回裏だった。一死走者なしの場面で打席に能登が入った。
『ド・リーグの開催試合ではピッチャーも打席に入ります!普段はその機会がない笹川は三球三振に倒れましたが、能登は慣れています、どうでしょうか』
ビハインドということもあり、能登は打つ気満々だ。バットを短く持ち、確実にミートして外野の前に落とす構えだった。
「ボール!」
『おや?笹川、ストライクが入りません』
3球続けてボール。突然制球が乱れた。
「ふふふ………思っていたより小物だったようだ」
つばめは笑った。ピッチャーを相手にする機会がない笹川はとても投げにくそうだ。ぶつけたくない、しかし打たれたら恥だ……などと考えているうちにカウントを悪くしてしまった。
「ビビってストライクが入らないのでは能登も打ちようがない……記録更新はお預けだな」
『ボール!なんとストレートのフォアボール!』
能登の四球に飯館もヒットで続きチャンスとなったが、オズマが三振に倒れ二死一、二塁。ここで打席に入るのは、つばめが今日の試合の主役に指名した男だった。
『バッターはラムセス!ホームランなら逆転の場面で待望の第1号なるか!?』
新潟ライスクラッカーズ……その名の通り、新潟県の米菓メーカーのチーム。ファントムリーグでは下位に沈む。選手の名前は南関東競馬の騎手から。




