能登規雅
アメリカのメジャーリーグ、そのトップに君臨するのは日本人の大仁田陽平。投手としても打者としても世界の頂点に立ち、毎日のように彼の活躍がトップニュースで取り上げられていた。
「どれどれ……久々に日本のニュースを見てみるか。今日も俺一色かな?特に野球絡みでは……」
日本のプロ野球全てよりも彼一人の価値のほうが大きい。そんな扱いを受けていたが、それは1週間前までの話だった。
『まずは野球の話題です。交流戦はいきなり連敗スタート、全敗だけは避けたい東京グリーンペンギンズですが……』
「………は?ペンギンズ?なんで?」
一般のニュースで野球を真っ先に扱うとしたら、自分の活躍以外ありえない。そう思っていた大仁田は驚きのあまり、持っていたグラスを落としてしまった。しかも誰も興味がなさそうなペンギンズとは。
『試合前の正一つばめ監督です。参謀役の国村コーチと話している様子ですが、今日は池村選手や飯館選手など、年齢の近い若手選手たちとも積極的に……』
「こ……こいつのせいか!」
女子高生がプロ野球チームの監督になったニュースはアメリカにも届いていた。人気が落ちている日本のプロ野球が話題作りのためにやったことだと大仁田は鼻で笑っていた。
3日もすれば飽きられると気にもしなかったが、1週間が過ぎた今でもつばめブームは盛り上がる一方だ。その熱に影響された他のチームの試合も好ゲームが続き、人々の注目を集めていた。大仁田に使う時間をそのままつばめに回したので、彼に関するニュースはスポーツコーナーで少し触れる程度になった。
「……相変わらず馬鹿ばっかりだ!あの国は!」
『正一つばめ監督が羽田に到着しました!やはりユニフォーム姿で登場!』
チーム関係者が周りに大勢いるが、ユニフォームで空港を歩くのはつばめだけだ。
「ファーストクラスでの往復はどうでしたか!?」
「ユニフォームでの移動には何らかのメッセージが込められているのでしょうか?」
他の客の迷惑になることもあり、記者たちの質問を無視してつばめは進む。目を合わさず、足を止めなかった。
「ラムセスはまだスタメンで使う気ですか?攻守に弱点がはっきりしている以上、厳しいのでは……」
「……………」
野球に関わる質問が飛ぶと、つばめの様子が変わった。歩いたままではあるが、口を開いた。
「今日からの3連戦、私よりもラムセスをよく見ていてほしい。日本プロ野球界に名を残すことになる大物が覚醒する瞬間……後々とても貴重な資料になるぞ」
この日はまだラムセスと会話をしていないが、つばめは確信していた。ラムセスが日本で築く伝説は今日から始まると。
「……そうか、みのりは学校だったか」
時間があるのでつばめは家に戻ったが、誰もいなかった。しかし今日は金曜日、帰ればみのりが待っていて、月曜日の朝まで共にいてくれる。
「あまり頼りすぎるのも………いや、みのりはもっと頼ってほしいと言っていたし………」
新たな悩みが生まれてしまったが、一人で家事を全てこなすよりは些細なことだ。どの部屋も掃除されていて、北海道に旅立つ前に溜めていた洗濯物はすでにタンスの中だった。
「頼むぞ能登――――――っ!!」
「200勝投手になってくれ――――――っ!!」
ファンからの大声援を受けながら球場入りする小柄な選手の名は、『能登 規雅』。40代半ばの大ベテラン投手で、もちろん球界最年長だ。通算200勝まであと10勝に迫っていた。
「調整が遅れて今シーズンはようやく2回目の登板……前回から間隔も開いていますが」
「体調は万全だったよ。なかなか一軍に上げてもらえなかっただけでね」
ランドの降格が決まり、若手も精彩を欠くピッチングが続く。ここで能登の出番となった。
「念願の200勝が目前……集大成と言える目標に向けて、勝利を積み重ねたいところですね!」
「うん……まあね」
ここ数年は勝利どころか登板のペースも落ち、残り10勝ではあるがいつ達成できるかわからない。一戦一戦がとても大事だ。
「久しぶりだな―――っ!まさかつばめが監督になるなんて!隕石でも落ちてくるんじゃないのか?」
「ふふふ……そっちのほうがありえる話だった」
能登は皆の前でつばめの頭を撫で始めた。つばめも嫌がる素振りは見せなかった。
「の、能登さん……監督とはどういう仲で?」
「ん?どういう仲って……裸のつきあいをした仲かな」
笑いながら能登が答えると、つばめを真剣に狙っている一部の若手選手が崩れ落ちた。すでに汚されてしまっていたかと嘆き悲しんだが、すぐに真相が明らかになった。
「そう。確かつばめが1歳だから……17年前か。俺もまだ若かったな」
「いっしょにお風呂に入ったと聞いている。1歳の時のことなど記憶にないはずなのに、なんとなく覚えている」
若手たちは安堵のあまり、ますます力が抜けてしまった。昔はつばめの祖父である正一金政のもとを訪れるペンギンズの選手も多く、つばめとも顔見知りだった。能登もその一人だ。
「ま、これまでの思い出はいったん忘れよう。俺は選手の一人、つばめは監督だ。遠慮なしで頼むぞ」
「当たり前だ。個人記録よりも大切なのはチームの勝利……勝ち投手の権利を得る目前でも代え時だと思ったら代える。温情采配なんかしない」
つばめの目を見れば、この言葉が本気だとわかる。期待の若手だろうが功労者のベテランだろうが、チーム以上に優先される個人などいてはならない。
「よく言った!さすがペンギンズファンの中でも特に過激で熱狂的なつばめだ。チームにとって俺が不要だと思ったら切り捨てろ。しかし必要なら……」
「ああ。ローテーション入りしてもらう」
中10日の『ゆとりローテ』ではなく、毎週投げる。年齢に関わりなく、普通の先発投手なら皆が望むことだ。
「『新潟ライスクラッカーズ』はビッグリーダーズを3タテしてきた。その勢いは怖いが、順位表を見ればファ・リーグの最下位争いをやっている」
「ここに手も足も出ないなんてことがあれば……来週はもっとひどい地獄が待っているぜ」
来週は全て敵の本拠地で戦う。ただでさえ不利な条件なのに、いずれもファ・リーグの上位チームだ。全敗しなければいいかと乗り込むもまさかの全敗で終わり……それもありえる試練の1週間だ。そうならないためにも、新潟の勢いをそのまま奪いたいところだ。
8 飯館
3 オズマ
7 ラムセス
5 池村
4 土場
9 青山
6 新谷
2 大矢木
1 能登
「ここで大幅なテコ入れか……」
「……下位は捨ててきたな」
ずっと4番で打っていたオズマを2番に上げて、送りバントなどの小技を放棄した打線を組んだ。6番以降の打力は低く、そこまでに得点しないと厳しい。
「しかし上位も……ラムセスが邪魔だな」
「三振マシーンだからな……どうする気だ?」
ラムセスを使うなら気楽な7番あたりがいいと提案するコーチもいたが、つばめの決断は3番だ。
(……………)
打撃練習ではいつも通り快音を響かせるラムセス。あとは試合でどう変わるか。審判の時が迫っていた。
大仁田陽平……メジャーリーグの頂点に立つ二刀流選手。毎年のようにMVPに輝く。
能登規雅……通算190勝の大ベテラン左腕。つばめが生まれて間もないころからのつき合い。




