不登校の理由
「俺もついに一軍デビュー……なのにこのクソ暑い日のデーゲーム!これじゃ二軍……いや、高校の時と変わんねー!」
2年目の内野手、『池村 明寛』が大声で文句を言う。長打力はあるが三振が多く、守備も不安がある粗削りな選手だった。
「変わらないなら戻ってもいいんだぞ?今から急いで行けば下の試合に間に合うかもしれない」
「じょ、冗談!冗談だよ。うちの妹と同い年なのにこの威圧感……こりゃ大物だ」
つばめなら本当にやりかねない。二軍にいた池村もつばめの噂は聞いている。慌てて愚痴をやめたが、初の一軍で浮かれているのか、それとも元々言葉で失敗する人間なのか。放言はまだ終わらなかった。
「同い年……高校3年生か。そういえば監督、確か学校は休んでるんだよな?」
「……ああ。監督をやりながら学校に行くのは無理だ。まあその前からほとんど行ってなかったが……」
「どうして不登校になったんだ?その理由は聞いてなかったような気がするぞ」
ペンギンズベンチが凍りついた。記者にもその質問は厳禁とされているほどタブーな話題を軽い気持ちで持ち出してきた。
「おっ!おい!この馬鹿!」
「……えっ!?あっ、聞いたらヤバイやつだったのか!?や…やっちまった………」
さすがの池村も青ざめた。オーナーから与えられた権限を乱用して多くの選手を二軍送りにしていると噂のつばめだ。自分も余計な一言のせいで一度も出場することなく、今日中に二軍へとんぼ返りを覚悟した。
「………別にこれといったことはない。いじめを苦にしたとか、暴力事件を起こしたとか、そういうのは」
「………え?」 「そ…そうなんですか?」
つばめが語り始めても、ベンチの空気は張り詰めている。どこで怒りだすかわからず、恐れていた。
「ただなんとなく行かなくなっただけだ。だから記者会見の場で言ってもよかったが、彼らは絶対に納得してくれない。学校や関係者に取材を続けるだろう」
絶対に何かあると信じて、生徒や職員につきまとう。探しても答えは見つからないので、いつまでもつきまとい続ける。大迷惑だ。
「だったら最初から何も言わず、探ろうとした会社は今後一切球場や会見の場には入れない……そうしたほうがいいとオーナーが仰った」
「そういうことだ。さあ、試合に向けてもう一度気合いを入れ直せ。この超満員の前で醜態を晒したらお前たちがマスコミの非難の的だ。外を歩けなくなるぞ」
国村が選手たちを一喝した。彼は以前からつばめと交流があるので、つばめの事情を知っている。つばめの言葉に嘘はないが、この件を詳しく話すと長くなるので黙っていた。
「火曜日、そして今日……お前が一週間に2回も観戦に来るとは………理由はもちろんわかっているが」
「はい。野球にはあまり関心がありませんでしたが、あの方がいるのなら話は別です」
オーナーと孫娘も球場にいた。孫娘の目的はもちろんつばめだった。
「私だけではありません。あの方の果敢な挑戦から勇気をもらおうと、これまで野球場には縁のなかった人々が大勢来場しています」
「ウム……新しい風が吹いているな」
『試合開始が迫っています!ペンギンズの正一監督、グリルズの丸藤監督によるメンバー表の最終確認が行われますが………』
「つばめちゃん!頑張って――――――っ!!」
「思い出作りはもう終わったろ!とっとと辞めろ!」
この日も歓声と罵声が飛び交う。声援が力強いことで有名なグリルズのファンでも、これには敵わない。
「救いようがないクズチームを救うんだ!腐りかけてる老害とコネ入団のカスを追放して、新たな時代を創るんだ!」
「最低5年はつばめ監督でいいぞ!」
つばめの名前と背番号が入ったユニフォームを着た者や、普段着で観戦している者はつばめを支持する。ペンギンズというよりはつばめ個人のファンで、単に流行を追っているだけの場合もあれば、つばめの堂々とした振る舞いに惚れたのでファンになったケースもあった。
「ふざけるな!さっさと家に帰せ!そもそもあいつが究極のコネだろーが!」
「いや、そいつにはもう帰る家も家族もない!吉原か歌舞伎町に売り飛ばせ!」
過激なヤジを飛ばすのは、ほとんどが昔からのペンギンズファンだった。大好きなチームの監督がただの女子高生になるのだから、これは悪夢だ。しかも海田や名村といったチームの中心選手たちを追い出したのだから、怒りはますます激しくなった。
『正一つばめ監督への反応は両極端です。この現象、解説の湯本さんはどうお考えですか?』
『簡単なことですよ。あの監督を好意的に見るのは、野球に詳しくない方々や騒ぎたいだけの馬鹿しかいません。少しでも知識があれば、プロ野球をナメるなと義憤に駆られるはずです』
解説者の湯本はライトなファンたちを切り捨てた。彼もつばめを否定する側に立ったが、ほとんどの解説者は湯本と同じ考えだ。毒舌で有名な湯本ほどではないが、つばめとオーナーをやんわりと非難する。
『いくらどうしようもない最下位の不人気球団だからといって、こういう下品な注目の集め方はいけません。私も年寄りですから正一金政さんの偉大さはよく知っている。しかしあの小娘は何なのでしょうか』
『いや……金政氏のお孫さんで、その遺志を……』
『生意気で小便臭い子どもがベンチに紛れ込むだけでも大事件だというのに、監督にしてしまったのだから関係者の罪は重いですよ。どうしても人がいないなら明日からでも私がやりましょうか?』
たった12しかない、プロ野球チームの監督の椅子。皆が座りたいと願っているのに、貴重な枠がつばめで埋まってしまった。解説者たちの非難にはその恨みも込められていた。
『さあプレイボール!ペンギンズの先発は一軍初登板のルーキー、『加林 洋』!』
先発もリリーフもできる大卒の即戦力ルーキーで、前監督の高塚は抑え投手として育成するように指示していた。交流戦が終わったあたりで一軍に上げる計画だった。
しかしつばめは加林を使うなら先発だと決めていた。18歳の誕生日に監督となったつばめだが、当然その前から話はされている。オーナーたちから要望を聞かれると、加林を先発にすることを優先順位の高いものの一つとして挙げた。
「オーナーたちは驚いたそうだな。まだ一軍出場のないルーキーや育成選手のことも、つばめは詳しく知っていたのだから」
「これくらいはファンとして当然だと思っていた」
ペンギンズの選手のデータや映像はアマチュア時代のものからチェックしていた。二軍戦も現地で観戦し、名もなき若手たちを応援した。
「ファンというより………マニア?」
「……呼び方はいろいろある。ペンギンズを愛していることに変わりはない」
勉強熱心な解説者よりもつばめのほうがペンギンズ関連の物事に精通していた。二軍の用具係だった国村から選手たちの性格や練習態度についても聞いていたので、外から得た情報と現実の違いに戸惑うことはなかった。
『セカンド正面!強烈な打球でしたがセカンドライナー!清宮は苦笑いでベンチに戻ります!』
運も味方して簡単にツーアウト。そして打席には、
『小澤です!この2試合はノーヒットですが、昨日までよりも気合いが満ち溢れています!』
「つばめちゃん……見てろよ、俺の特大アーチを!」
ホームランを打てば試合後につばめとのデートが待っている。狙うのはホームランだけだ。
「ふんっ!」
『空振り三振!スリーアウトチェンジ』
ベースの遥か手前でバウンドした、握りそこないの変化球で三振。つばめの思惑通りだった。
池村 明寛……高卒2年目の内野手。三振が多いが将来の主砲候補と呼ばれる長打力を秘めている期待の右打者。自信過剰でお調子者。
加林 洋……ドラフト1位で入団した右投手。先発とリリーフの両方をこなせるが、つばめは彼を先発一本に絞った。慎重派で真面目。
湯本……毒舌解説者。




