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伝説の男の孫娘

 正一つばめの祖父の名は『正一 金政(かねまさ)』。日本プロ野球史上最も偉大なピッチャーだった。今以上に弱小チームだったペンギンズで投げ続けたにも関わらず、歴代1位の勝利数を誇る大投手だ。その記録はローテーション制が確立された現代野球では決して更新されることがないと断言できる。


 金政も彼の息子も40歳前後になってから子どもに恵まれたため、つばめが生まれた時にはすでに金政は年老いていた。しかし頭は最後までしっかり働いていて、孫のつばめに野球に関わることをたくさん話した。つばめもその言葉を深く心に刻み込んでいった。



 そんな金政が息を引き取ったのは今年の1月で、ペンギンズもかつての大功労者の死を悼んだ。金政は家族や関係者のために遺言書を遺していたが、ペンギンズに対しても用意していた。


『悲しいことに、ペンギンズは再び暗黒の時代を迎えている。無能な指導者が無価値な選手を優遇しているのが原因なので、復活の道があるのは救いだ』


 ありがたい激励の言葉……では終わらなかった。最も偉大な男の置き土産はとんでもないものだった。



『わたしの孫娘である正一つばめが18歳の誕生日を迎えたら、すぐに監督にしなければならない。それまでに現監督を解任し、つばめを迎え入れる準備を整えるように』


 これは金政の冗談だと皆は笑った。悲しく寂しい気持ちを和らげてくれたのだろうと感謝した。


『東京グリーンペンギンズを愛しているならば、そしてわたしが成し遂げた偉業の数々に僅かでも敬意を払っているならば……必ず実行するように』


 するわけないだろう、誰もがそう思った。ところがよりによって、球団のオーナーが本気に受け止めてしまった。彼は正一金政の一番のファンで、引退後も親友であり続けた。


(………なるほど。あなたは最期まで素晴らしい)



 そしてシーズンが始まると、大半の解説者の予想通りペンギンズは最下位を独走した。ドラフト上位で指名した即戦力になるはずの投手は誰一人役に立たず、期待の主砲や若手は故障で離脱、複数年契約を結んだベテランや外国人選手は急激に衰えてしまう………明るい材料が何もない悲惨な状況だった。


 5月半ばになり、オーナーは監督の高塚(たかつか)を強制的に『休養』させた。休養という名の解任であり、高塚が戻ってくることは二度とない。そして周囲の反対を押し切り、親友の遺言を実現した。






『センター下がる!足が止まって捕った、スリーアウト!フィンレーの打球は高く上がっただけで、結局ビッグリーダーズは岡のホームランによる1点で攻撃終了!』


『何点取られるかと思いましたが……あの新監督のおかげとでも言えば皆さんは喜ぶでしょうね』


 ベンチに戻る村吉やホームランを打った岡ではなく、選手たちを迎えるつばめの姿が映し出されている。テレビ中継の映像だけでなく、ネットや球場のバックスクリーンもつばめだけを追った。



「……………」


「もっと愛想よく迎えてくれるものだと思っていたが……最近の女子高生ってこうなのか?」


「いや、あいつだけだろう。失点したから怒ってるって感じでもない。目つきも鋭いし、緊張しているだけかもしれないが………」


 つばめがベンチに座るのは今日からだが、就任会見や記者への対応が堂々としていたのは選手たちも知っている。伝説の英雄の孫はやはり普通の人間とは違うと強引に納得するしかなかった。


 しかしそれでも初めての采配だ。全く緊張しない、恐怖がないなんてことはありえない。どこかで問題が起きるだろうと各自身構えていた。




『1点を追うペンギンズのトップバッターは岩木(いわき)!打率は2割3分、ヒットのほとんどは内野安打か詰まったポテンヒットという選手です』


 ペンギンズが所属する『ドリームリーグ』、略してド・リーグは指名打者制がない。スターティングメンバーに選ばれるのは9人で、ペンギンズでは監督とコーチ陣が話し合った末に決める。


 今日は初日だからか、つばめは一切口を出さなかった。コーチたちの提案をそのまま受け入れ、言われた通り紙に記入した。この紙も歴史に残る一日の象徴として、厳重に保管されることになっている。



(ここで打てば目立つだろうな。スポーツニュースだけじゃない。普通のニュースでも何回も繰り返し流されて……有名人になれる!)


 岩木福男(ふくお)は育成契約で入団し、昨年支配下登録を勝ち取った。プロ入りが遅く、実績はないが若いという年齢でもなかった。


(俺のプロ野球人生、一発逆転の大チャンスだ!華麗なヒットで全国に名前を広めてやる!)


 つばめ政権でのチーム初安打となれば、岩木も時の人になる。張り切って左打席に入った。



『ビッグリーダーズの先発は若きエースの上村(うえむら)、振りかぶって投げた!』


「もらった―――……うっ!?」


 初球から果敢にいった。しかし球威のある内角球を強引に打ったせいで力負けしてしまった。


『バットが折れた!打球は三塁線を転がって……フェア!詰まったのが逆にラッキーだった内野安打!』



「……ふ、不本意すぎる………」


 内容は完敗、たまたまヒットになっただけで見た目も悪い。これが何十回、何百回と日本中で流されることに岩木は頭を抱えた。


「よし、あいつらしい汚いヒットだ!」


 ベンチは大喜びだ。チームが苦手にしている上村相手に出塁してくれるなら、死球でもいいと思っていたほどだった。



「よし、次は当然………あっ!?」


「………」


 ヘッドコーチの嶋田(しまだ)が送りバントのサインを出そうとした。ところがつばめは嶋田の前に出て、上書きするかのように別のサインを出した。


「……」


(え?バントじゃないの?)


 三塁コーチャーは監督であるつばめの考えに従った。嶋田のサインも見えていて、自分でもバントをするべきだと考えていたが、つばめの指示のほうを選手に伝えた。



「ここはとりあえずランナーを進めないと!まずは同点にして試合を振り出しに……」


「いや、バントはない。このチームはバントの数だけはリーグトップなのに、得点は一番少ない。無駄にアウトカウントを増やすだけの愚策だ」


 得点圏に走者を置けば投手はギアを上げる。チャンスに弱いというよりは単純に実力が足りない打者が多いのがペンギンズだ。本気を出した相手に何もできず残塁、そのパターンは確かに多かった。


「それにたった1点取ったところで仕方がない。村吉の防御率を考えたら、もっと取らないと勝てないだろうに」


「うっ………」


 打線の弱さよりも深刻なのは投手陣だった。先発もリリーフも両リーグでぶっちぎり最下位の指標ばかりで、『ピッチャーではなくただ投げるだけの人たち』と馬鹿にされているほどだった。



「だからここはバントではない。バントをさせておけば無得点でもベンチではなく選手のせいにできる……そんなくだらない自己保身、私はやらない」


(くそ!このガキ……言わせておけば!)


 今すぐつばめをぶん殴ってやりたいと思うコーチたちだったが、どうにか堪えた。殴るのは論外だが、反抗すら厳禁だ。


(オーナー直々の命令だもんな……試合中の作戦やチーム作りにおいて、こいつの考えを最優先にしろと!これに逆らう者はチームに残ることはできないと………)


 つばめはお飾りの監督などではなく、普通の監督と全く同じ権限が与えられていた。その指示を無視したり采配を批判したりすれば、一軍から追い出される。


 オーナーが正一金政と親友だったのは皆が知っているが、素人の女子高生になぜこれほどの権力を持たせるのか、誰も理解できずにいた。

 正一金政……日本球界で最も偉大な投手と言われる男。彼の遺言によって孫娘のつばめが監督になった。生涯ペンギンズ一筋だった。


 高塚……前監督。無能だが数年居座った。


 岩木福男……育成出身の外野手。左打ちで俊足なので内野安打が多いが、それ以外に特筆するものはない。 

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