豪快な初黒星
東京グリーンペンギンズの暗黒期が続く大きな理由の一つに、『ドラフトの大失敗』がある。即戦力投手のはずが二軍でも火だるまで、素材型たちはほとんど素材のまま終わる。どのポジションも小粒で非力な選手ばかりになってしまった。
コーチ陣や設備の質が悪く、育成能力が低いせいで逸材を潰していると主張する人々もいる。だが最も責められるべきなのはスカウトマンたちだった。彼らは自分や球団幹部と同じ高校や大学の選手を高く評価し、その時の監督が好みそうな選手をかき集めた。
『今年もペンギンズは独自性のあるドラフトでした!競合を避け、他球団がノーマークの選手たちをチョイス!』
縁故採用枠を増やした結果、他球団が3位か4位あたりで獲ろうとしていた選手を1位指名する。当然その後はどんどん下がっていくので、5位以下になれば他球団なら育成でも拾わないようなレベルになっていた。そんな選手たちをいくら鍛えても、極稀に『小当たり』が出るだけだった。
ドラフト1位で入団した沢田も、彼の父親が球団の有力な株主と親交があったことが当時から騒がれていた。ペンギンズでなければもっと下位での指名だっただろうと新聞や雑誌にも書かれている。
(……最初は好き勝手言っていた連中を見返そうと燃えていたが………早々にその気は失せた)
プロ生活10年目、最初は先発だったが規定投球回到達や二桁勝利は一度もない。リリーフに転向しても大事な場面を任されるほどのピッチングはできなかった。そして一昨年からはほとんど二軍生活だ。
(二軍で適当に投げていても給料はあまり落ちなかった。俺が監督や幹部のお気に入りで、親父の見えない力もある。皆がこのままでいいと思っていたのに……)
突如、沢田のような存在をよしとしない者が現れた。生き残りたければ無失点で凌いでみせろと迫る、正一つばめが。
「アウト!」
『ファーストゴロ!スリーアウト!』
七回表、沢田はツーアウトからヒットを打たれたが無事に抑えた。あと1イニング投げる予定だ。
「いい球でしたよ、沢田さん。この調子です」
「ああ。相手も弱い……いける」
ビッグリーダーズも主力を下げ始めた。なかなか打席に立つ機会がない選手たちを試している。
「阪田に続いて沢田も生き残れそうだ。明日落ちるのは小山とボウメンだけか?」
「……………」
楽観的な空気になる中で、このまま終わらないと感じていたのはつばめだ。悪いことにその予感は的中し、予想以上に相手が選手を代えてしまったせいで大変な展開になった。
「ボール!フォアボール!」
「ぐっ……入ってないのか」
雑な打撃になっていたスタメンとは違い、控えの選手はしっかりボールを見てくる。それが沢田にとって災いとなった。
『ツーアウト満塁!そしてバッターは1番の岡!』
絶好調の岡はまだ残っていた。しかも満塁で逃げ場はなく、勝負するしかない。
『ヒットとフォアボール2つで大ピンチ!ペンギンズファンから大きな沢田コール!』
「頑張れ頑張れ沢田!頑張れ頑張れ沢田!」
沢田の野球人生がかかった場面であることは、どんなに鈍い人間でもわかっていた。
「監督!沢田はつい先日子どもが生まれたばかりです。それでもここで失点したら容赦なく終わりなんですか?」
「……その泣き落としが通ってしまうと、クビになりそうな選手はみんなそうする。実力のある人間だけが残れる世界なのは沢田だってわかっている」
手術をした、病気になったということなら契約を更新する材料になる。しかし家族がどうとかコネがあるとかいう理由で査定を甘くしていたら、健全なチームではなくなる。だからペンギンズは弱かった。
「ボール!ボールツー!」
「ぐっ……!」
もうストライクを投げるしかない。沢田はプレートを外し、大きく深呼吸をした。
(みんな………俺に力を貸してくれ!)
家族や仲間たちに助けを求めた。しかしこれまでのような他人任せやコネ頼みの態度とは違う。最後は自分で未来を勝ち取るしかないと覚悟を決めていた。
『ツーボール、ノーストライク!スリーボールにはしたくない沢田、勝負の一球!』
バッターの岡もカウントを取りにくる球を狙っている。おそらくこの3球目で決着だ。
「うおお――――――っ!!」
渾身のストレート。今日一番の球だった。
「キエ――――――ッ!!」
内角のストレートを岡はフルスイング。運命の打球は鋭いライナーとなって飛んでいった。
『ぐんぐん伸びる!飛距離と角度はいい、あとはフェアか!?ファールか!?』
「切れろ!終わってたまるか!」
「入れ――――――っ!!」
皆が見つめるなか、沢田への判決は下った。
「あ――――――っ!!」 「………!!」
『ポールに当たった!ホームラン!内角高めを振り抜いた岡、満塁ホームラン!これで15点目!岡がペンギンズにとどめを刺し、処した!』
あと数十センチ横ならファールだった。沢田が一軍のマウンドに上がるのは今日が最後だと察したファンたちは目の前の悲劇から顔を背けたが、当の本人はどこかすっきりしたような様子だ。
(あれを打たれたなら悔いはない。久々に熱い気持ちになれたし………俺なりに全うできた)
この機会を与えてくれたつばめへの感謝の念すらあった。コネの力で1位指名され、半端な成績でもチームに残り続けてきたが、最後は純粋な実力勝負で終わることができたからだ。
『八回終了、二塁に土場が残塁!九回は清水谷が投げますが……おや、土場がベンチに戻ります』
この日はベテラン勢にとって受難の日となったが、まだ終わらなかった。
「………」
『な、なんと海田です!スタメンを外れていた海田がこの回から土場に代わってセカンドの守備!しかも打順は変えずにそのまま入れています!』
大差がついた終盤。おそらく打席が回ることはないので、土場を休ませて怪我のリスクを減らすためだけに海田は出てきた。2人の立場は完全に逆転した。
「なんだそりゃ!?8番で出場させた昨日よりも扱いが酷い!」
「質の悪い便利屋や人数合わせのカスにやらせる仕事を海田にやらせるなんて!あのガキ頭おかしいぞ!」
つばめの許されざる暴挙にペンギンズファンは怒った。ビッグリーダーズの攻撃中なのに、その応援をかき消すほどのブーイングと罵声を飛ばし続けた。
「何が監督だ!ただの破壊者、死神じゃないか!いよいよ100敗が見えてきたぞ!馬鹿女のせいでな!」
「何人のプロ野球人生を終わらせる気だ!?暗闇に気をつけろよ、お前の人生を終わらせてやる!」
一部のファンは最後まで怒り続け、ペンギンズの攻撃になっても騒いでいた。そこに周りの客がビールを投げつけたりしたので、ますます収拾がつかなくなった。
「お前らもアホ監督も地獄に落ちろ―――っ!!」
「やるかこのぼけ――――――っ!!」
もちろんペンギンズは敗れ、最終的なスコアは16対4。つばめの初黒星は豪快な負けっぷりで、これもまた大物の証……なのかもしれない。
岡……後楽園ビッグリーダーズの1番打者。沢田から満塁弾を放ち、処した。
清水谷……敗戦処理の投手。若い時に酷使されたせいで成績不振が続く。




