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ノーヒットノーラン

 龍門ルチャリブレのルーキー、新橋一郎。学生野球での目立った実績はなかったが、ルチャリブレのスカウトがその素質に惚れ込んで育成枠でプロ入りした。


 故障で出遅れたが復帰するとすぐに二軍で大活躍し、枠のためにベテランの市川を追い出して支配下登録した。強引で乱暴なやり方に批判が殺到したが、新橋の活躍がその声を黙らせた。



「プロ野球が安定した職業?いやいや、安定が欲しければ公務員にでもなったほうが……」


「いいえ、我が国でプロ野球は100年以上続いています。競技人口の低下やファンの高齢化などがあっても、依然としてナンバーワンのスポーツです」


 新橋は『安定を求めて』プロ野球の道を選んだ。取材のために集まった記者たちを驚かせる理論の数々が飛び出した。


「国内に限れば、他のスポーツは弱いです。多額の税金投入や熱心なファンのクラウドファンディングありき……もしくはアルバイトや親の仕送りがなければ食べていけないとか、実家が太くなければそもそも選手でいられないか……」


「今のところは確かにそうですね。この先どうなるかはわかりませんが……」


「相撲や競馬などの公営ギャンブルは安定していますが、あれはあくまで見せ物や賭博です。厳密にはスポーツではありませんよ」


 野球以外の競技のファンが聞いたら怒るような暴論だが、全くの嘘ではない。業界の最上位にいる数パーセントしか輝けず、下の者たちは生活に困っているスポーツがほとんどの中で、プロ野球は育成選手やスタッフの給料もある程度の額が保障されている。



「現役時代はもちろん、ある程度の実績を残せば引退してからも長く働けるのが大きいですね。結果が出ないとすぐクビになる監督やコーチには興味ありませんが、フロントなら低迷しても責任を取らずに定年まで高給取りです」


 新橋は一般入試で難関大学に入った頭脳の持ち主だ。引退後は安泰というのも頷けた。


「身体が動くうちは野球をやって、残りはのんびりサラリーマン……いい人生でしょう?」


 彼の笑顔はまさに営業スマイルだ。映像や紙面で公開されたインタビューでは他の競技を悪く言う場面は全てカットされていて、リスクマネジメントも完璧だった。






『七回裏の先頭は注目の新橋!後半戦は全試合でヒットを記録していますが、今日はまだ快音なし!』


 六回に死球で走者を出したが、加林はまだノーヒットピッチングを継続中だ。今日に限れば、新橋は後続のホームランバッターたちより難敵に思えた。


『加林と新橋は同期ですが、アマチュア時代の対戦経験はありません。大学野球で大活躍、ドラフト1位指名された加林に対し、新橋は育成指名での入団!まさにエリートと雑草の対決です!』


(彼は契約金1億、年俸約1500万……対する私は雀の涙の支度金と最低賃金も同然の月給です)


 打席に入っても新橋はいつも穏やかな表情だ。この顔に騙されて打たれてしまうのではという説もある。


(大事なのは生涯賃金です。私は30代後半まで現役を続け、引退後は背広組として出世します。しかし彼は野球しかできないくせにあのスタイルでは……最前線で活躍できる期間は短いでしょうね)


 加林が『野球バカ』と呼ばれるほどの男なのは有名だ。小学校に入る前から野球に没頭し、野球が趣味という生き方を今日まで続けてきた。野球の強豪校で鍛えてきたので、勉強はほとんどしていない。


 そんな加林だが、あまりにも切れ味鋭い球を投げるので、一部の解説者からは肩や肘への負担が指摘されていた。一瞬の輝きと引き換えに、いつか壊れてしまう未来は本人も頭に入れていた。



『初球ストライク!変化球から入りました!』

 

(元々彼は完投タイプではありますが……しかし今日は特に九回まで投げたい日!余計なボール球は極力使わないはずです。ですから次も……)


 ストライクを入れてくる。しかも力を温存する。緩いストレートの一点読みだった。



「……あれ?」


『ライトフライ!球威に押されたか!』


 コースと球種の読みは正しかったが、想像よりも速く、重かった。まさかここで全力投球とは思わなかった新橋だが、悔しそうな様子はない。


「あちゃあ……読み間違えちゃいましたね」


「………」


「でもこれでは九回まで持ちません。持ったとしても誰かしらは塁に出て……もう一度私に回ります!」


 4度目の対戦で攻略できる感触を得ていた。新橋の不気味な笑みはバッテリーも見ていた。



『七回はクリーンナップでしたが三者凡退で退けた加林!球数は92球、最後までいけるのか!?』


「……あなたたち、こっちへ来い」


 ベンチに戻ってきた加林、そして大矢木をつばめは手招きして呼んだ。


「新橋に打たれない方法を教えてやろう」


「……え?」 「あるんですか?」



 加林のノーヒットノーランを後押しするためにつばめが秘策を授けた。その様子は離れたルチャリブレのベンチからでも見えた。


「何を話しているんだ?あいつらは」


「さあ?しかし大した問題ではありません。素人が授ける作戦なんか、根性論か付け焼き刃です。次は確実に打てます」





『さあついにやってきました、九回ツーアウト!バッターは2番の飯橋、バットを短く持つ!』


 ノーヒットノーラン継続のまま、ここまできた。


(新橋に打たれない方法……まさか『新橋まで回さないで試合を終える』だなんて……)


(そんな馬鹿なと思ったけど、どうにかなったな)


 単純ではあるが、最高の防御策だった。カウントが悪くなっても『フォアボールならいいや』とは思わず、しっかり勝負する。今日の加林なら強気にいけば誰にも打たれないとつばめは確信していた。



「……頼みますよ、飯橋さん。私ならノーヒットノーランを打ち砕けます。フォアボールでもエラーでも構いませんから………」


『初球打ち!ショートゴロ、一塁へ送球!』


 ネクストの新橋の思いは届かず、中途半端なスイングからの平凡なゴロ。万事休すだ。


(……今日はあいつに譲ってやる。その代わり来週からは毎日俺がヒーローになってやる!)


 ファーストの三丸のミットにボールが入った。ルチャリブレのこの試合27個目のアウトが記録され、九回の得点に0が入る。ヒットの数もとうとう0のままだった。



「やった――――――っ!」


「ほんとうに大したやつだ、お前は!」


 皆がマウンドに集まり、ノーヒットノーランを達成した加林を祝福する。つばめもベンチから飛び出し、


「素晴らしい!最高のピッチャーだ!」


 喜びを抑えきれず、加林に抱きついた。その姿に一部の選手たちが歯ぎしりしたが、周りの目をを気にするつばめではない。


「ありがとうございます……監督」


 加林もつばめを抱き返した。大記録を成し遂げたことで、普段よりも大胆になっていた。悔しさや羨ましい気持ちが強すぎて、倒れそうになる者もいた。しかし特別な日である今日だけは許してやろうと黙っていた。






『打線は追加点が奪えそうで奪えませんでしたが?』


『今日はいい。あまり点差が開くとノーヒットノーランもなかっただろうからな』


 緊張感がなくなり、完封すら怪しかったかもしれない。援護は2点ぐらいがちょうどよかった。


『オズマの離脱は痛いですが、代役の三丸、そして海田が共に戦力になりそうなのは大きいですね。8月からの大攻勢、期待しています』


 監督に就任して2ヶ月、戦力の見極めと整備は終わった。選手の入れ替えという点では、つばめにできることはもう何もない。これ以上怪我人が出ないことを願うだけだ。



 しかしつばめはまだ秘策を用意していた。今日この会見の場から、最後の仕掛けが始まる。

 ウルフ・アロンからスリーカウント奪えば1000万円!まああのルールでは無理でしょう。

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