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素敵

「ところで……つばめさんは子どものころ、ペンギンズの選手と結婚したいと思っておられたそうですね」


「昔は祖父のおかげで選手たちと接する機会が多かった。選手と友達や恋人になれると信じていたし、そのうちの誰かと結婚できる……そう疑わなかった」


 選手が身近な存在で、距離がなかった。皆に可愛がられていた。


「では、海田選手に対してそう思ったことはありましたか?」


 つばめは海田が無名だった時からのファンだ。グッズをたくさん持っていて、他の選手たちと比べたら特別な存在だ。海田が結婚するこの機会に、恋愛感情はあったのかとみのりは聞いてみた。



「……確かにあったが、子どもの時の話だ。今はもうプロ野球選手と結婚したいという気持ちは薄い。すぐに破綻して離婚に終わる結末が見えている」


 確実に失敗するのが明らかなら、その道を選ぶことはない。自分がペンギンズの選手と結婚したらどうなるか、つばめにはわかっていた。


「なぜです?つばめさんなら選手が帰ってきてから、その日の試合でよかった点と悪かった点をわかりやすく論理的にアドバイスできるのでは?」


「それがいけない。疲れて家に帰ってきたのに、いくつも反省点を挙げられたらますます疲れる。選手たちが妻に求めるのは助言ではない。癒やしだ」


 試合中に監督やコーチからいろいろと指摘され、帰ってからもそれが続くのでは辛い。やがて妻以外の別の女性に癒やしてもらおうとするようになり、結婚生活は終わる。


 

「駄目だとわかっていても、きっと私はやってしまう。黙っていることなどできない」


「そうですか……それなら私もあまり野球の話はしないほうがいいですか?私はつばめさんとは違い、助言できるほど詳しくありませんが……」


 みのりはつばめの妻ではないが、本人はそのつもりでいる。つばめが家で快適に過ごし、最高の采配ができるように助けるのが彼女の役目だ。


「いや、私は構わない。外からの意見で初めて自分の失敗や暴走に気がつくこともある」


 もしつばめがペンギンズの選手と結ばれたら、きっとその選手はつばめのアドバイスを喜んで受け入れ、成績が上がる。みのりはそう思ったが口には出さなかった。つばめにその気になられたら嫌だからだ。


「わかりました。もしつばめさんにそんな傾向が見られたら……遠慮なく指摘させていただきます」


「ああ。その時はよろしく頼む」


 今日は遠征先のホテルに泊まっているので家事はないが、つばめを支えるためにできることをする。後村のように皆から祝福される妻になると密かに誓った。






「おいおい……」


「変えるのはそこじゃないだろーよ」


 3連戦の最終日、ペンギンズファンのほとんどは発表されたスタメンに不満を覚えていた。



 8 飯館

 9 秦野

 7 ラムセス

 3 三丸

 4 海田

 5 池村

 2 大矢木

 6 新谷

 1 加林



「4番のアレ、まだ残ってんのか?どうして最下位なのにハンデを背負って戦うんだよ!」


「確かに土場も疲れていたが、あのゴミより何倍もマシだ!何を考えてやがる!?」


 昨日急上昇したつばめの株は一気に降下した。つばめと三丸はデキているので贔屓されていると疑う者たちもいた。


「しかし……本当に贔屓してるなら逆に下で大事に育てるはずだ。こんな使い方、晒し者もいいところだ」


「それにあの監督がチームよりも個人を大事にするわけがない。たとえ自分の夫でもいらないと判断したら躊躇なく捨てるだろうよ」


 チームのためになるから三丸を4番で使っている。どんな形で役に立つのかわからないが、つばめは無意味なことはしないはずだ。全てが明らかになる時を待つしかなかった。




「……そろそろ打たないとマズイな……」


 試合開始直前になっても三丸はベンチの外で素振りを繰り返す。コンディションはいいのに内容は最悪だ。つばめに見限られないように必死だったが、気がついたらそばにつばめが立っていた。



「つばめちゃん!今日こそホームランを……」


「あなたはオズマの代わりに上がってきた。だから彼と同じ役割をこなし、成績は少し下でいい」


 オズマは離脱しなければ、打率は2割5分から7分、ホームランは15本前後といった記録を残していただろう。シーズン終了まで約2ヶ月なので、三丸には3本か4本程度ホームランを打ってもらえばいい。


「オズマは去年や一昨年に比べたらホームランが減った。あなたはそれより下で構わないのだから、ハードルは低い。気楽にやってくれ」


「……ホームランを捨てろと?」


「以前までのゴロ打ちよりはいいだろう。あなたがホームランを狙っても低打率の扇風機……たまにどうでもいい場面で打つだけのゴミになるだけだ。外野の頭を越えるツーベースを目指せ」


 ツーベースの延長にホームランがあると昨日話したばかりだ。三丸はすぐに受け入れることができなかったが、彼の頑なな心を変える方法があった。



「今のあなたに一番合ったスイングを教えよう。ちょっと失礼……」


「えっ!?」


 つばめは三丸の手や腕に触れ、まさに文字通り手取り足取り教え始めた。ここまで丁寧に、しかも身体を密着させて何かを話すことなど極めて異例だ。


「振る時はこう、腰と膝は……」


「おおおっ!み、みんなが見てる前で大胆だよ!?」

 

「真面目にやれ。いいか、昨日のあなたはこんな感じで打っていたが、理想はもっと……ふむ、下半身はしっかり鍛えられているな。これならいける」


 限られた僅かな時間でつばめは理想のスイングを伝える。三丸は鼻息を荒くして興奮しながらも、つばめの言う通りにした。



「未経験の素人だと聞いていたが……」


「プロ相手に教えることができるのか!しかも様になっているぞ」


 敵も味方も思わず唸るつぱめの指導力。コーチの顔を立てるために技術的な分野は全て任せていたが、とうとう黙っていられなくなって本気を出してきたのだと皆を驚かせた。



(……………)


 ところが実のところ、つばめは打撃コーチと全く同じことをやっているだけだった。三丸が先週まで所属していたスターヒーローズの指導者たちも、ほとんど同じ教え方で打撃フォームを直そうとしていた。


(ようやく素直に従ったか……面倒な男だな)


 しかし豪快なバッティングを小さくまとめられてしまうと勘違いした三丸は彼らの指導を受け入れなかった。それがいま、彼はつばめの操り人形のようだ。



「よし、仕上げだ。もう一度振ってみろ」


「わかった……こうだな?」


 新しいフォームに違和感はあるが、それ以上につばめの手や肌の感触、呼吸や匂いを堪能したことによる高揚が勝っていた。


「おおっ!これならいけそう……いや、絶対にやれる!俺たちの愛の結晶と言っても過言ではないこの打ち方で………オオオオオッ!!」


 こんな簡単なことで伸び悩んでいた選手が覚醒するなら苦労はしないが、もうひと押しする秘策があった。プレイボールが迫り、三丸がベンチに入ろうとした時だった。



「………?」


「ああ……素敵だった」


 国村が何を尋ねたのかは聞こえなかったが、それに対しつばめが『素敵だった』と返したのははっきり聞こえた。この流れなら自分のことなのは明らかで、三丸の興奮は最高潮に達した。


「シャ―――――――――!!」


「びっくりした!おい、うるせーぞ!」



(……馬鹿を持ち上げるのも苦労するぜ)


 これは国村の策だった。ちょうど三丸の耳に入りそうなタイミングで、「昨日の夕食、何を食べた?」とつばめに聞いたのだ。


「ああ……ステーキだった」


 素敵とステーキ。くだらない言葉遊びだが、三丸は(たぎ)っている。昨日までとは違う姿が見られそうだ。

 森麗、無念の負け越し……!39場所連続負け越しとなり、自身の記録を更新してしまいました。

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