復帰戦
小野寺倭、登録名はヤマト。ルチャリブレの守護神は今日も150キロ台後半の速球で打者を圧倒する。
「ストライク!バッターアウト!」
『三振!先頭の飯館、どうにか塁に出たいところでしたが、振り遅れの空振り三振!』
身長は170センチそこそこで、体格に恵まれているわけではない。しかし今のペンギンズにはこのヤマトがとても高くそびえ立つ分厚い壁に思えた。
「遅咲きのストッパー……か。出始めは先発をやらせてダメ、その後も鳴かず飛ばずだったが……」
「30歳目前で急成長、これだから野球はわからん。気がつけば不動の抑えになっていた」
そんなピッチャーを攻略するのは至難の業だ。連打はまず期待できない。
「うおっ!?」
『バットが折れてサード強襲!なんとか避けたが肝心の打球を処理できない!記録は内野安打!』
ボテボテのゴロだったが、折れたバットに気を取られたサードが前に出られずヒットになった。ヤマトを攻めるにはある程度運に頼るしかない。
『詰まった当たり、しかもバットが折れたことが幸いした秦野、代走の岩木と交代しベンチに下がります』
「芸術的なヒットだったな。狙っていたのか?」
「そんなわけないでしょう。あれを狙ってやれたら10割打者の誕生ですよ」
ベンチに笑いが起こった。チームの勝敗も個々の状態も波に乗れない日々が続くが、試合中にくだらない冗談で笑い合えるのはいい傾向だ。この明るさがなくなればいよいよ末期となる。
「ヌンッ!!」
『おおっ!?いいぞいいぞ!』
ラムセスの打球はレフトのライン上に落ちた。運が絡み、形だけは連打になった。
『岩木は三塁に、打ったラムセスも二塁へ!』
岩木はすでに三塁目前だが、ラムセスは微妙なタイミングだった。ラムセスも一塁コーチも勢い任せに次を目指してしまった。
「いけ―――っ!!ホームに突っ込め!」
「!?」 「いけるのか!?」
ペンギンズベンチから大歓声を切り裂く声があった。その声に釣られて、岩木は三塁ベースを蹴ってホームへ向かいかけた。
「バカ、なにやってんだ!戻れ!」
「えっ!?うおおおっ!!」
『中継からバックホーム!しかし岩木は三塁に頭から滑り込む!慌てて戻りました!』
挟まれて憤死という失態は回避された。三塁コーチは止めていたのだが、岩木がベンチからの声に惑わされた。
「危なかった……間に合うわけないだろ、あんなの。しかしあの声は間違いなく……」
「……つばめ監督ですよね」
声の主はつばめだった。その本人は笑顔で手を叩き、チャンス拡大を喜んでいた。暴走を指示したことなどすでに忘れている様子だ。
「何もなかったからよかったが……どうして?」
岩木とコーチは互いに首を傾げた。しかしつばめの声には大きな意味があった。
「くそ……騙された!」
レフトからの送球を受け、ホームに投げたルチャリブレのショート、早川。彼はラムセスを二塁で刺せそうだとわかっていたが、つばめの声に惑わされてバックホームを選択した。岩木が三塁を蹴っているのが目に入ったので、仕方がないプレーではあった。
「失点だけは避けたかったが……やっちまった」
二死三塁のはずが、一死二、三塁だ。味方には理解されなかったつばめの功績を、敵は痛みを伴って味わい知っていた。
『同点、逆転の大ピンチにルチャリブレの内野陣がマウンドに集まります!バッターはここまで2三振、3打席目はセカンドフライだった4番の三丸!』
「よっしゃあ!最高にハイな場面で主役の登場だぜ!ミルミル伝説の始まりだっ!」
三丸は気合いの入った素振りを繰り返す。つばめはベンチの誰かに声をかけてから立ち上がり、主審に近づいた。
(代走か?ラムセスに代えて木南、ワンヒットで逆転狙いだな。でも代走なんかいらないよ、つばめちゃん。俺が打つのはホームランなんだから)
ベンチから木南が出てきて、ラムセスが下がった。ここまでは三丸の考え通りだったが、この先は彼どころか誰にも読めない展開が待っていた。
「あれ?もう1人出てきたぞ?バットを持って……それにつばめちゃんがこっちに来る……」
直接のアドバイスかと思いきや、近づいてくるつばめが向ける表情は、『三丸なんかどうでもいい』というものだ。さすがの三丸もつばめを恐れた。
「つ……つばめちゃん?」
「あなたも下がれ。この男を代打に出す」
交代を命じると、つばめはすぐに背中を向けて戻っていく。三丸は文句を言うこともつばめの後を追うこともできず、数秒間その場に固まっていた。
「………あっ!?あんたは……」
「………」
つばめがベンチで声をかけていたのは彼だった。三丸の横をゆっくりと通り過ぎていった。
「あっ!」 「き……きた――――――っ!」
アナウンスの前からペンギンズファンは総立ちだ。背番号1、海田鉄人が2ヶ月ぶりに帰ってきた。
『三丸に代わるピンチヒッターは海田!今日一軍に帰ってきた海田ですが、お聞きくださいこの大歓声!』
「海田―――っ!!」 「キャプテ―――ン!」
ルチャリブレの本拠地なのに、ドーム全体が揺れて海田の帰還を祝っているようだった。
「な……なんだぁ?俺が交代させられたことに対するブーイングじゃないのか?」
「ふふふ……やはり本物のスターは違うな」
つばめも海田を待ち望んでいた者たちの中の1人だ。三丸を相手にすることなく、真っすぐグラウンドを見つめていた。
『つばめ監督の采配初日にチャンスで若い土場を代打を送られ、そこからスタメン落ち、そして二軍降格となった海田鉄人。その復帰戦は若手の三丸の代打として、九回の絶好機に登場です!』
「かいーだてつと!」 「かいーだてつと!」
海田は落ち目の選手だが、長打力はいまだに侮れない。同点は仕方ないと、内野と外野は前進せずに定位置だった。
(ここで海田か……)
ヤマトは若手のころ、全盛期の海田に何度も痛い目に遭っている。当時なら敬遠一択だが、自分は上がって海田が落ちている今はどうだろうか。ベンチからの明確な指示はなく、迷っていた。
(問題ありません。最近の海田は明らかに速い直球が苦手……抑えられます)
「………」
キャッチャーは高めに構える。ヤマトは首を横に振りかけたが、強気に勝負すると決めた。
『注目の初球、投げたっ!』
「ふんっ!」
159キロ、空振り。ヘルメットが飛んで落ちた。
「ああっ……」 「やはり打てないのか……」
復帰戦の舞台にしては、相手も場面もかなり酷だ。1球見ただけで、これは無理だとペンギンズファンは絶望した。
「見ろ、つばめちゃん!あんなロートルより俺のほうがよかっただろ!俺ならライトスタンドだった!」
三丸が隣で喚くが、つばめは彼を見ようともしない。そして指を動かし、サインを出した。
(えっ!?そのサインは………)
『2球目、バッテリーはどう攻める!?』
(今の空振りではっきりした。俺のストレートなら、もうどこに投げたって打たれない!)
(追いこんだら最後は落とす球で終わり!)
三球三振で仕留めるところまで計算していた。仮に3球目のボール球を振らなくても、いくらでも抑える方法はある。
「………」
『ヤマト、足を上げて……投げたっ!』
ストライクゾーンに力強く速い球を投げる。ヤマトの意識はそれだけだった。キャッチャーがど真ん中に構えるミットだけを見ていた。
「!?」 「ああ!?」
「スクイズだ――――――っ!!」
DeNA、オープン戦首位!そしてファームの中地区でも首位!(2戦ともハヤテが相手だから首位は当たり前なんですけどね)




