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みのりと緋奈

 みのりと緋奈が初めて顔を合わせる。緋奈のほうが先に頭を深々と下げた。


「東京グリーンペンギンズ応援団、緑天会団長……松園緋奈です。お見知りおきください」


「……白田みのりです。松園さんのことはつばめさんから聞いています」


 2人の間に立つべきつばめは別の誰かと話すためにこの場を離れていた。



「松園さんは東京の試合だけでなく全国各地の試合を観戦されるそうですが、お金のほうは……」


 応援団は自費で活動している。それぞれ自分で稼いで貯金し、観戦のための費用を出していた。緋奈の場合、普通ならどんなに頑張っても行けるのは関東の試合だけだ。名古屋と関西にそれぞれ緑天会の支部があるので、緋奈以外の東京緑天会のメンバーはほとんど留守番だった。


「私は全試合球場で応援します。ペンギンズを盛り上げ、正一つばめ監督に日本一になっていただくために。金のことなら心配無用です」


「……ああ、そうでした。松園さんのご実家は……」


「はい。ですから金はいらないのですが、監督は私の家に『報酬』を渡してくれました。ですから監督の身の回りの警備も担当させていただきます」


 つばめの周りには球団が用意したボディーガードたちがいる。それ以上の警備などいらないように思えた。


「監督の評判を落とそうとする週刊誌の記者のような小バエどもを駆除します。表の方々にはできない汚れ仕事は我々にお任せください」


 松園組と深く関わることが評判を落とす一番の理由になるのではとみのりは苦笑いだ。しかしつばめがそれをよしとしているので、みのりは黙っていた。



「お金の心配はないとしても、生活の全てを費やすも同然ではありませんか。そこまでつばめさんに夢中になった理由は?」


「……監督も私と同じ『三代目』。偉大な祖父のことを誇りに思いながらも、萎縮せずに力強く生きている……その姿に感動し、自分もそうありたいと強く願いました」


 みのりも三代目なので、緋奈の考えは理解できた。裕福で恵まれた環境を作ってくれた祖父への感謝の思いはもちろん大きい。それでも自分の人生を縛られることなく、自由に堂々と歩みたい気持ちもある。


「つばめさんともっと親しくなりたいと思いますか?どこかへ遊びに行くとか、2人で暮らすとか……」


「これ以上を望むなんてとんでもない。私のような黒い人間、本来なら監督と会話すらできない存在です。あくまで裏から監督を支えていきます」


 緋奈の思いは純粋で、監督とファンの関係を越えないようにと考えていた。みのりとは違う形でつばめをサポートするのなら、ライバルにはならない。



「……わかりました。では外のことは松園さんに任せます。私はすぐそばでつばめさんを支えます」


「はい。私と松園家が全力で監督をサポートさせていただきます」


 つばめが戻ってくると、すでに2人は話を終えていた。互いの持ち場と役割を守りつばめを助けるという約束についても知らないままだった。






「海田は明日合流か。海田の代わりに外されるとしたら、後半戦絶不調の土場だろうな」


「海田の動きじゃセカンドはもう無理だろ。やっぱりスランプの池村がいるサードか、オズマが消えたファースト……そうか、ファーストか……」

 

 明日の心配よりまずは今日だ。誰がファーストに入るのか、スタメンが発表されるまでファンはわからない。


「一軍登録された三丸だろ。せっかく獲ったんだからさっさと使うべきだ」 


「あいつは代打でいいだろ。二軍で迷走していたぞ」


 予想合戦も野球の醍醐味だ。チームの危機ではあっても、誰がどう使われるかを互いに言い合うのは楽しい時間だ。スタメンがわかってしまえば、あとは文句や愚痴を吐くだけになる。




『つばめ監督が選んだオズマの代役は……三丸充!横浜から移籍してきた問題児が昇格即スタメン!しかも4番で起用だ!』


 池村を5番に下げ、いきなり三丸を4番で使う。チーム内では昨日のうちに伝えられているので選手たちはいつも通りの表情だが、発表の瞬間は荒れに荒れた。






「さすがつばめちゃんだ!わかってる!」


「待て待て!こんなやつが!?正気か!?」


 三丸はガッツポーズ、池村はすぐにつばめに詰め寄る。4番を降ろされた池村だけでなく、他の者たちも三丸の抜擢に怒りや戸惑いを隠せなかった。


「つばめ、考え直せ!そいつよりも俺のほうが……」


「落ち着け。私はこれから三丸と大事な打ち合わせがある。あなたたちはコーチたちとミーティングを続けるように。さあ……」


 つばめは三丸を手招きし、別室へと案内する。


「おほっ!!行く行く!イッちゃうよ!」


 三丸は小躍りでつばめの後を追い、ホテルの大広間を出ていった。残された選手たちは落胆したが、つばめは彼らの心のケアも忘れていなかった。



「みんな、静かに。監督から渡されていたメモを読み上げるから聞け」


「メモ?」


「『三丸充は皆が思っているように単純な人間だ。馬鹿で愚かなどうしようもない低脳……操縦しやすい男なのは明らかだ。やつに4番をくれてやった理由はそれだけのことで、スタメンの中では最も信頼していない』」


 お調子者を持ち上げていい気分にさせる。だから4番にしたと三丸のいない場所で皆に説明した。


「なるほど……」 「それなら納得だ」


「『やつに与えるチャンスは20打席。そこまでに結果が出なかった場合、打順降格や代打待機ではなく即刻二軍に落とし、シーズンオフに解雇する。今のところ、やつはその程度の評価の選手だ』…とのことだ」


 三丸は優遇されているわけではなく、言い訳のできない環境で試されているだけだと知った選手たちは皆で笑った。たった5試合か6試合の命とは思わずに浮かれている彼のピエロぶりが面白かった。




「つばめちゃん!俺を4番に入れてくれるなんて……あれ?今の俺は出塁率と足で勝負する新しいスタイルだよ?繋ぐ4番になれってこと?」


「いや……現在のチーム状況を考え、あなたには長距離砲に戻ってもらう。ゴロよりもフライだ」


 つばめの悪意に満ちた嘘の助言に従い、ゴロ打ちや内野安打狙いを続けていた。仲間になったのだから、持ち味を殺すプレーはやめさせなければいけない。


「そ、そうか……まあ少し前まではずっとそれでやってたんだ。試合前の打撃練習で調整するよ」


「明日は久々の一軍だ。すぐに結果が出なくても焦る必要はない……」


 2人きりの時間はすぐに終わった。話し合い以上のことが何もなかったので三丸は少し残念に思ったが、自分はつばめにとっての特別だと信じて疑っていない。これからもっと親密になればいいと笑った。ちょうど同じ時に大部屋で皆に笑われているとは知らずに。






『注目の三丸充、ペンギンズでの初打席!二回表の先頭打者として左打席に入ります!』


「ミルミル頑張れ――――――っ!」


 三丸がどれだけやれるか半信半疑ではあるが、ペンギンズファンは応援するしかない。素質があることは誰もが認めている。


「かっ飛ばせ、かっ飛ばせ、み・ま・るっ!!」


 当てにいくフォームからホームラン狙いの構えに戻り、バットを長く持っていた。堂々とした彼の姿を見て、救世主が現れたと喜ぶ人々もいた。



「うおおっ!?」


「ストライク!バッターアウト!」


 豪快なのはスイングだけで、全く当たらず三球三振。皆の期待はあっさり消し飛んだ。

 DeNAの監督になるためには、試合後のノーコメントは許されません。

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