代役
『2点差をつけたペンギンズの八回は口田!最近不振の小西や星野ではなく口田に託しました!』
『軟投派のサウスポーの直後に同じタイプのピッチャーですか。まあ口田のほうが市川よりいい球を投げますから、問題ないでしょう』
右打者が続くが、実績を信頼してサウスポーの口田をマウンドに送った。つばめの采配を疑う者はなく、チームは同じ方向に向かって歩んでいた。
「アウト!」
『スリーアウト!つばめ監督の柔軟な起用が見事成功!口田、危なげなく三者凡退で終えました!』
後半戦初勝利はもう目の前だ。何事もなく逃げ切るだろうと思われた八回裏、事件が起こった。
『池村倒れてワンナウト、バッターは5番のオズマ!ピッチャーは4人目のディック!』
「ゴーゴーレッツゴー!オズマ!」
ピークを過ぎたと言われながらも、経験不足の若手たちが調子を崩す中でオズマの存在は大きかった。安定した活躍で打線を支えていた。
『宮碕の頭上を越えた!レフト前ヒット!』
「よし!いいぞ!」
詰まった当たりだったがパワーで外野まで運んだ。一塁に向かうオズマだったが、まさかの事態が起きた。
「グアッ!!」
「………え?」
ベースが近づいたところで飛び跳ねるような動きを見せ、なんとか一塁に到達はしたが苦悶の表情だ。
『これは……足を痛めてしまったか!?』
「おい……おいおい」 「なんてことだ……」
コーチの肩を借りながらオズマはベンチに戻ってきた。プレー続行が不可能なのは誰の目にも明らかだ。
『代走の青山が出てきました!治療の結果を待たずに交代……重傷かもしれませんね』
『あの感じだと肉離れでしょうか?』
鮮やかな逆転で快勝ムードが一転、主力を失う事態にペンギンズファンの悲鳴がこだました。
「今日は勝ててもまた明日から連敗地獄か?」
「ヤクザの孫なんか応援団長にするからこういう目に遭うんだ!団長だけじゃない、監督も辞めさせろ!」
ヤジを聞いた緋奈は肩を震わせて怒ったが、ここは堪えて応援を続けた。
「あんなのは日常茶飯事です。一々気にしていたら身も心も潰れちゃいますよ」
「私みたいなのは何を言われても構わない。しかしつばめ監督を罵るやつは許せない!目に余るやつの家にはトラック突っ込ませてやる!」
緋奈の前でつばめの悪口は厳禁だ。彼女を溺愛する祖父の力があれば、彼女の呪いの言葉はすぐに現実となるからだ。
『5対3!東京グリーンペンギンズ、ようやく後半戦初の白星!ここから再浮上といきたいところですが、おそらくオズマは離脱!つばめ監督の苦悩の日々は続きそうです!』
市川が移籍後初勝利を手にしたが、オズマの負傷のせいで素直に喜べない雰囲気になってしまった。
『明後日からも一戦一戦全力で戦いますので……応援よろしくお願いします』
新天地のファンに名前を売るためにヒーローインタビューで笑いを取ろうと考えていた市川も、真面目に受け答えするしかなかった。これではチームに弾みをつけられない。
試合後のミーティングでは勝利を祝う間もなく、オズマの代役について論じ合った。明後日からの龍門ルチャリブレ戦は神戸ドラゴンドームで行われる。関西への遠征になるので、誰を一軍に上げるのか早めに決める必要があった。
「二軍で成績がいいのは……特にいませんね。ファーストで実績があるのも……いませんね」
「駄目じゃねーか。どうすんだ?青山や町田にチームの命運を託すのか?池端はフルで出られないし……」
ファーストなど誰でも守れると思われていたのは昔の話で、他のポジションと同じように適性と守備力が求められる。足は遅くていいが、上下左右に逸れる送球を捕るので捕球力が特に大事だ。
「………先週拾ってきた三丸充。あいつにしよう。今年は外野がメインだが、ファーストもやっている」
「三丸……大博打ですね」
つばめへの愛と首脳陣批判を繰り返し叫び、とうとう横浜から追い出された三丸が二軍に控えていた。
「無償トレードのはずだったが……」
「タダも同然だろ。親会社の薬都飲料のジュース1本と交換だなんて、当てつけもいいところだ」
言いたい放題の三丸への怒りが込められた、約100円でのトレード。彼の自尊心を傷つけて、屈辱的な気持ちにさせるためだった。横浜の関係者は誰も三丸へのコメントを出さなかった。
「本人は全く気にしていなかったですよ。そんなやつを昇格させてよいものか……」
「あいつは私がどうにかする。活躍するかはやってみないとわからないが、チームを壊すような真似は許さん」
つばめのそばにいたいからトレードを志願していた男だ。そのつばめに逆らう行動はしないはずだと皆は納得した。つばめが操縦者なら安心だ。
三丸のようにつばめに恋愛感情を抱いている選手が幾人かいるので、彼らがうまく競い合えば皆の成績が上がる。ただし喧嘩や足の引っ張り合いの危険もある。つばめが誰か1人を選ぶという最悪の事態が起きることは確実にない、それだけが救いだった。つばめは彼らを恋愛の対象にしていないからだ。
「どうせ最下位なんだ……これ以下はない。金曜から三丸がファーストだ!そして海田も上がってくる。ピンチをチャンスに変えて、もう一度5位に浮上だ!」
「あれ?監督、隣の方は白田オーナーのお孫さんですよね?確か博多でも……」
「ああ。私の……友人だ。夏休みの間は遠征に同行する。立場を考えたら近づきにくいかもしれないが、気軽に話しかけてやってくれ」
気軽にと言われても、なかなか難しい。みのりの機嫌を損ね、それがオーナーに伝われば一発で首が危うくなる。誤解を与える言動は許されない。
(友人……まあそうなりますよね。いつかは家内、妻だと紹介してもらえる日が……)
みのりはつばめ以外に興味はない。つぱめが家で好意的に話すことが多い加林や秦野、大矢木がどんな人物なのかは少しだけ関心があったが、近くにいなかった。わざわざ探すほどでもなかった。
「つばめちゃん!ついに呼んでくれたね!俺が来たからにはもう大丈夫!いっしょに頂点を目指して……」
一軍に合流した三丸が近寄ってきた。みのりは警戒したが、彼女が何かをする前に壁ができた。
「三丸さん、よろしくお願いします!」
「えっと……池村くん、だったかな。確か俺のほうが1つ年上……」
「はい!だから近いうちにメシ、奢ってください!」
つばめに迫る三丸をまずは池村が止めた。
「ははは……三丸は3年目だったな。僕はルーキーだけど大卒だから、みんなで食べに行くなら僕が払わないと」
「ありがとうございます!よし、早速今晩の打ち合わせといきましょう!三丸さんも、ほら!」
「うわっ!お前ら、ちょっと待て……」
大矢木と土場も加わり、三丸を強引につばめから遠ざけた。抜け駆けは許さない、その掟を教えるためだ。
「なんだったんだ?あいつら……」
「さあ?」
若い選手たちは牽制し合っているので、結局誰もつばめと結ばれることはなさそうだ。
(心配はいらなかったですね。これなら……)
対抗馬のいない、実質1頭立てのレースなら勝利は確実だ。みのりの心に余裕が生まれかけたその時だった。
「監督!本日のご予定ですが……」
「………!」
応援団長の緋奈が現れた。つばめに急接近中の彼女こそ、新たなライバル候補だった。
ここまでのオープン戦の感想
セ・リーグはDeNAの1強。後は相川とコーチ陣次第。




