横浜の弱点
『ペンギンズの先発は阪田!今日は3イニング、もしくは4イニングの予定です!』
『ショートスターターでの起用が増えていますね。先発転向も視野に入れているのかもしれません』
リリーフ陣の調子が落ちていることが悩みのペンギンズだが、先発投手の数が足りないのは開幕からの問題だった。つばめが田富と加林を発掘し、大ベテランの能登をローテーションに入れても不足している。
『対するスターヒーローズは伊志田裕二郎、前回のペンギンズ戦では加林に投げ勝っています!』
スターヒーローズは先発が揃っている。逆にリリーフは弱いと指摘されていたが、伊瀬や杜原といった実績のあるピッチャーが復調したことで弱点は克服されていた。
「今日も苦しい戦いになりそうですね。スタンドの熱は昨日までとまるで違いますが……」
「試合をするのは俺たちだからな」
阪田と伊志田では分が悪い。しかし今日負けると後半戦は1分5敗、横浜戦は6連敗となる。応援団の力だろうが使えるものは何でも使い、勝利を掴む必要があった。
『三回終わって2対0!筒と宮碕にホームランが出て、スターヒーローズが3タテへ一直線!』
「こうなるとは思っていたが……」
『裏の攻撃で阪田に代打を使ったので、四回からピッチャーが代わります、左腕の市川です!』
敗戦処理として獲得した市川だが、大差で敗れた昨日は登板していなかった。
「ファイト!ファイト!い・ち・かわっ!!」
2点差なのに勝負を捨てるのかというファンの愚痴は、応援団長の緋奈を中心とするエールの声にかき消された。
「そこそこ長く投げてもらうことになる。打席に立たせるかもしれない」
「俺はあの『引退試合』の時にあれだけ投げたんだ。それぐらいじゃ疲れねーよ」
八回まで投げて28失点完投。それに比べたらロングリリーフなど容易い仕事だと市川は胸を張った。
「ヴェッ!」
「うっ……」
市川の変化球が横浜打線には効果的だった。コントロールが適度に乱れるのも打ちにくい要素になり、空振りと凡打を量産した。
「打って当たり前だと思っているとなかなか打てない。ムキになるとますます打てない」
「うまく使えばまだ活躍できそうだな」
接戦の終盤では使えないとしても、試合が壊れた後のロングリリーフや他のピッチャーを休ませるだけの存在ではなさそうだ。市川が輝くかどうか、つばめの采配次第だ。
「ストライク、バッターアウト!」
『緩いカーブが決まって見逃し三振、スリーアウト!七回表は三者凡退、3対1のままペンギンズのラッキーセブン!』
市川は4イニングを投げて1失点。途中でペンギンズが1点返したので、序盤と同じ2点を追う展開だ。
『打順は6番の武雄からですが……スターヒーローズはピッチャーを代えます!山咲がブルペンから走ってきました!』
好投していた伊志田はまだ余力がありそうだったが、変則日程なので明日は試合がない。リリーフを惜しみなく投入してきた。
「こっちは市川でむこうは山咲かよ……層が違うな」
山咲は去年の前半までクローザーとして活躍し、通算セーブ数は200を超える。失敗が続き降格したが、もし彼がペンギンズに来れば文句なしで守護神だ。
「横浜は中継ぎが弱いとか言われているが、俺たちに比べたら全然マシだろ」
「そうかもな……ここで山咲か。ならば見ていくべきだ。どうせ今の打線では連打なんか無理だ」
つばめは待球作戦を命じた。武雄はまだしも、大矢木は後半戦1安打、土場はなんといまだ無安打だ。焦りと苛立ちで四球も選べていないので、はっきりと指示を与えた。
『ライト線フェア!ライトの海老名が追いつくが、これは二塁打になります!』
「おっ!いけるぞ!」
先頭の武雄がいきなり長打を打った。自分も続きたいと大矢木は燃えたが、つばめは待てのサインを出した。ここは我慢の場面だった。
「フォアボール!」
「よし……これがあるんだ、山咲は」
普通に投げれば難なく抑えられる相手でも、独特の曲がり方をするツーシームが決まらないとストライクが奪えない。空振りしてくれることを期待している球も、振らないと決めたバッターには無意味だ。
「ボール!フォアボール!」
「勝手に潰れてくれた!チャンス到来だ!」
送りバントで一死二、三塁とするのが通常の攻め方だが、つばめは土場にもバットを振らないように指示した。アウトを取ると山咲が落ち着いてしまうかもしれないので、不安定なうちは何もしないのが最善だった。
『ノーアウト満塁!投手コーチが出てきて水浦監督も……いや、監督は立たない!そのまま続投だ!』
「ふふふ……これが横浜の真の弱点か」
今日の山咲はコントロールが悪すぎて自滅している。ブルペンには伊瀬やディックといったピンチに強いピッチャーが何人もいるのに、山咲への温情なのか代えようとしない。
「リリーフのレベルは低くない。ベンチの継投が下手なのだ」
道具ではなく使い手の問題だった。頑固、優柔不断、強気、弱気……様々な感情が采配に影響するが、スターヒーローズの場合はとことん裏目に出ていた。
首脳陣が何もしなくても勝てるような展開なら強いが、采配が勝敗を分ける試合はことごとく落とす。これがこの数年の横浜スターヒーローズだった。
『スタンドは大歓声!市川に代わる代打は池端!』
「池端―――っ!」 「代打の神様!」
池端には何もサインを出さなかった。彼は若手とは違い調子を維持している。押し出しを嫌った山咲が甘い球を投げてくることも考えたなら、余計な真似はせずにノーサインだ。
「池端は打つでしょうが、怖いのは強い打球が野手の正面……そのシナリオですね」
「それなら諦めがつく。運がなかったとな」
内野は併殺に備えている。飛んだコース次第では反撃ムードが萎むが、天才のバットコントロールに託した。
『打った―――っ!一、二塁間!』
「おおっ!」 「紙一重だ!」
ファースト砂野、セカンド巻がぎりぎり捕れないところを抜けていった。
『二塁から大矢木も還ってきた、同点!池端、一振りで決めましたっ!』
「くたばれ横浜!くたばれ横浜!」
「くたばれ横浜!くたばれ横浜!」
大歓声が球場全体を揺らす。ペンギンズの背中を押し、スターヒーローズの心を挫く。
『ピッチャー交代です、3番手は伊瀬!』
「今さら伊瀬か……もっと早く出せただろうに」
敵の継投失敗を嘲笑う。今から大慌てで動いたところでもう手遅れだ。
『あっと捕れない!キャッチャー後逸!』
暴投で労せずに二、三塁。勢いは完全にペンギンズなのだから、誰が投げても同じだった。
『詰まったショートゴロ!ホームは投げられない、一塁アウト!ペンギンズ、勝ち越し!』
前進守備でも間に合わないほど打球が弱かったのが幸いした。4対3、ついにペンギンズがリードした。
『センターへのフライだ!木南の足なら余裕の犠牲フライ!ペンギンズ追加点!』
「やった!今日こそ勝てるぞ!」
池端のタイムリーの後は暴投、内野ゴロ、犠飛とノーヒットでランナーを進め、得点を重ねた。このまま終われば最高だったが………。
山咲……横浜の元抑え投手。通算セーブ数は200を超えるが、投げてみないとその日の調子がわからない不安定なピッチャー。
ディック……横浜の助っ人リリーフ。気性に難あり。
実在の球団、選手とはあまり関係はありません。




