新応援団長
つばめは松園家のままの緋奈を受け入れた。関東一の暴力団組織を支配する男の孫娘がペンギンズの応援団長になろうとしていた。
「しかしテストは必要だな。まずは声の大きさだ。私の後に続け……『地獄へ落ちろ、ヒーローズ』!」
「地獄へ落ちろ!ヒーローズ!!」
つばめより数倍も大きな声が外苑球場に響いた。
「すげードスの利いた声だな……」
「やめろよ。あっちのドスだと思うだろ」
緋奈は組員ではない。あくまで祖父が組長、一部の家族が組員であるだけだ。
「選手の応援歌やチャンステーマ、掛け声はどの程度知っている?」
「歌は全て歌詞を見ないで歌えます。掛け声もわかりますが、その場の最適解を出せと言われると……」
「そこは経験だな。まあいい、こっちも簡単なテストをしよう。1点ビハインドで七回裏、ツーアウトランナー二塁だ。バッターは代打の池端だが……」
つばめは問題を出し始めた。難易度の異なる問題が数問用意されたが、緋奈は全て正解した。
「……合格だ。思っていたより遥かにあなたは優秀だ。これまでよりも応援の質が上がるだろう」
「もったいないお言葉、感謝します!」
この様子ではほんとうに緋奈が団長になってしまう。時代に逆行するつばめの暴走に頭を抱える者が続出した。
「ところで組長……あなたに聞きたいことがある」
「……私か?」
孫娘が憧れのつばめとうまくやっている様子を見て微笑んでいた袴巳に対し、つばめの声は低く厳しさを含んでいる。
「祖父の話では、あなたは熱い正一金政ファン、そしてペンギンズファンだったはずだ。その血は立派に受け継がれている」
「ははは……」
「そんなあなたがなぜ野球賭博……しかもペンギンズの最下位に賭けるまでに堕ちた?」
これまで以上に場は凍りつき、こっそりとグラウンドから逃げ出す人間もいた。松園組が球団社長と手を組んでいたことを報告した大川は、自分に火の粉が降りかかってきそうな流れに耐え切れず倒れそうになった。
「……10年くらい前に金政さんが球団と距離を置き始めた。その理由はいくつかあり、監督もよくご存知だろうが……強くなる気がないチームに嫌気が差したのが一番だ」
「その通りだ。しかし完全に愛想が尽きたわけではなく、ペンギンズの低迷を憂いていた」
もし金政がペンギンズを見限っていたら、つばめもペンギンズファンではなくなっていたかもしれない。
「私は金政さんをそんな気持ちにさせるペンギンズが許せなかった。直接攻撃する気はなかったが、ペンギンズの敗戦やBクラスに賭けて儲けることが私なりの復讐だった」
「それでもあなたの孫娘はペンギンズファンになってしまった……」
「正一家と同じだ。そして緋奈はあなたの大ファンになった。自分と似た境遇の監督に憧れ、共に戦うためなら命以外の全てを捨てる決心だったのだ」
つばめはそれ以上何かを聞こうとはしなかった。知りたい情報はすでに得たからであり、つばめと袴巳の衝突を恐れていた人々は互いに安堵の笑顔を見せた。
「しかし……ヤクザの孫を応援団の中心にするのは大丈夫なのか?我々が黙っていてもいずれバレる」
「つばめ監督は無関係ってことにすれば監督は助かるだろうが、代わりに何人か首が飛ぶぞ」
首が飛ぶというのは文字通りの意味ではない。処分を食らって球界から追放されるという意味だが、松園組が関わっているとほんとうに首なしの死体がいくつか現れてもおかしくない。今さらつばめが考え直すわけもなく、なるようになれと匙を投げるしかなくなった。
「えっ!?」 「か、監督!?」
試合前、開場を待つ緑天会のメンバーの前につばめが現れた。隣には緋奈がいる。
「今日からこの松園緋奈が緑天会のリーダーだ。最初のうちはわからないことだらけだろうから、あなたたちが支えてほしい」
「いや、いきなり言われても……」
目の前につばめが来たことも、よくわからない少女を自分たちのリーダーに据えられたことも、突然すぎてメンバーたちは動揺していた。
「松園緋奈です。ペンギンズを、そして正一つばめ監督を全力で応援し、頂点を目指したいと思っています!よろしくお願いします!」
「……こ…この人は監督のご友人ですか?」
「今日初めて会った。しかしあなたたちの誰よりも応援団長の資質がある。私も来年以降ただのペンギンズファンに戻った時、彼女が団長ならいいなと思ったほどだ」
辛口のつばめにそこまで言わせるのだから、緋奈が逸材であることを疑わなくていい。誰も団長になりたくなかったので、皆は緋奈をすぐに受け入れた。若い緋奈をじっくり育てればそのうち先代以上になれるだろう。
「監督、ありがとうございました。監督が来ていただいたおかげで私はチームの一員に……」
「ふふっ……やつらを説得するなど朝飯前だ。しかし真の戦いはここからだ。あなたを認めずに敵対する者たちが次々と現れることだろう」
「……はい。ですが私にも松園の血が流れています。負けません」
つばめの言葉通り、この日の試合前に早速試練が襲ってきた。外野席のファンたちは、突然現れた少女が今日から応援団のトップになると言われても納得できなかった。
「なんだそいつは!どこの馬の骨だ!」
「先代の団長さんを復帰させろ!」
この程度の反発は予想できた。そしてその先も。
「あいつ……どこかで見たことあるぞ。あっ!松園組だ!テレビの暴力団特集で見た!」
「なんだと!ヤクザなんか入れたら終わりだぞ!?」
正体がすぐにバレてしまった。しかし緋奈は目を閉じてじっくり考えた。
(………つばめ監督ならどうするか………)
ヤジや罵声の嵐を浴びても堂々としていた。決して怒らず、結果で黙らせてきた。
「何か言ったらどうなんだ!言えないならさっさと神聖な球場から消えろ、糞ヤクザが!」
「………」
ライトスタンドは異様な空気になったが、緋奈は一杯に息を吸う。そして両目を大きく見開くと、上着を脱ぎ捨てた。胸にさらしが巻いてあった。
「東京グリーンペンギンズはまだ優勝を諦めていません!!そのためには皆様の声援が必要です!!」
「うおっ!」 「なんて声だ……」
たった1人でヤジを飛ばす大勢を黙らせるほどの声。声量があるだけではなく、迫力で圧倒した。
「後半戦初勝利のため、偉大なる監督に皆でエールを!ファイト!ファイト!つばめ!!」
「……ファイト!ファイト!つばめ!!」
「ペンギンズに歯向かう相手は全て憎い敵!叩き殺してやるぞ!潰せ!潰せ!ヒーローズ!!」
「潰せ!潰せ!ヒーローズ!!」
気がつけば皆が緋奈の後に従っていた。もし彼女が極道を継いだら、祖父のような大物になれる。それだけの力を秘めていた。
「今日の応援は元気だな……」
「昼間の組長の孫がやってるのか?」
ペンギンズベンチにもスタンドの声援が届いた。連敗中の悪い雰囲気は吹っ飛び、目には見えないはずの流れが確かに変わったのをつばめは見た。
元プロ野球選手、逮捕!現役OB問わず相次ぐ不祥事、今度はどこの誰が捕まるのかワクワクが止められない……ッッ(ゲンナリ)




