怒りの力
『奥にようやくピンチヒッター!七回まで投げてなんと18失点!そして球数は戦慄の200球超え!』
拷問も同然の仕打ちだ。つばめの退任を望み、皆につばめを非難するよう煽っていた応援団長は引退した。しかし彼がいなくてもこんなものを見せられては、ファンは激怒して荒れに荒れた。
「ふざけんな!奥を殺す気だったのか、このバカ!」
「やっぱり辞めさせりゃよかったんだ!」
選手交代を告げるつばめに対し、大ブーイングとヤジの嵐が飛ぶ。スコアは18対1、すでに両チーム主力は下がっている。試合そのものに対する興味は失せ、つばめへの怒りが球場を支配していた。
『スターヒーローズファンは勝利の美酒、ペンギンズファンはヤケ酒!応援団はすでに演奏をやめて応援放棄、他のファンは飲食や写真撮影に夢中!とんでもない光景になっています!』
「あはははは!!ゴー!ゴー!ツツ・ゴー!!」
「加林か安岡のカードください!こっちは池村、田富……それ以外にも出せるカードあります!」
ビールを浴びるように飲み、上半身裸でペンギンズではなくスターヒーローズの応援歌を歌う男、意味のわからない言葉を連呼し続ける女、プロ野球カードやペンギンズグッズのトレード会を始める集団もいる。
「めちゃくちゃだな……あっちは」
「楽しそうですけど……ああはなりたくないですね」
17点も負けていると、逆に面白くなってしまう。つばめへの怒りもこの点差ではなく奥を潰そうとしていることへのものだ。やがてその怒りすら消えて、それぞれ好き勝手に騒いだり叫んだりするのだった。
「……………」
「………」
面白おかしく騒いでいる観客席とは違い、ペンギンズベンチには緊張が走っていた。身体は疲れきって心は折れている奥の目の前につばめが仁王立ちだ。
「とりあえずお疲れ様、そう言っておこうか。あなたの力投のおかげでピッチャーを節約できた。明日の勝利のための犠牲となってくれたこと、感謝するぞ」
「………」
奥は何も答えない。様々な感情が入り乱れていた。
「その頑張りに褒美をやろう。本来なら当然二軍落ちだが、来週も投げていいぞ」
「ら…来週も?」
「あなたが望めば……だが、まあ無理か。二軍で心身を癒やしてこい。休んだところで腐りきった心身が再び輝くはずはないが………ん?」
嘲笑いながら自分の席に戻ろうとしたつばめだが、足を動かしても前に進まなかった。奥に凄い力で肩を掴まれていた。
「……あんまり大人を、プロ野球選手を舐めるなよ……クソガキが。どうせそのまま二軍に行くと思っているんだろ……」
「違うのか?肩が痛いだろう?来年から頑張るのだろう?しっかり休めばいいではないか」
奥の2つの瞳からはつばめへの激しい怒りが伝わってきた。ヤジを飛ばしたファンたちとは比べるまでもないほどに憤っている。
「来週も投げさせろ!嫌とは言わせないからな。20点以上取られた他球団の市川に一軍の枠を与えたんだ……あのオッサンがよくて俺が駄目なはずがない」
「よく言った。その通りだ!私は寛大な人間だから、あなたのような熱意に満ちた者の気持ちを尊重する。またよろしく頼むぞ」
つばめは平然としている。奥が怒りに任せて手に力を込めれば肩の骨が砕ける状況だというのに、声の調子は普段と全く変わらない。何も恐れていなかった。
「いいのか?お前への憎しみをパワーの源にしそうだが……」
「活躍してくれるのなら動機なんかどうでもいい。全員が私を喜ばせるために張り切るよりも、数人は私を見返すために力を発揮してくれたほうがバランスが取れてよさそうだ」
チーム内を探せば、つばめのやり方に不満を持っている選手はまだいるはずだ。事実、一部の選手たちは解任派として球団社長の仲間になっていた。つばめに一泡吹かせ、ギャフンと言わせることを目指して覚醒する者がいれば、むしろ大歓迎だった。
『ペンギンズ、後半戦はいまだ勝ち星なし!Aクラスどころか5位すら遠のいていきます!』
引き分けを挟んで4連敗。これ以上連敗が続けば取り返しがつかなくなる。
「そろそろ手を打たないとまずいですよ!監督、何かお考えはあるのですか?」
「ん……まあいくつか用意している」
これは強がりではなく、つばめには実際に仕込んでいる策がある。しかし今発動するとタイミングがやや早い。焦った早仕掛けは作戦が不発に終わる確率が上がるので、できればまだ待ちたかった。
(難しいな……遅れたら遅れたで上位に届かない)
チームの躍進を支えた若手たちの調子が落ちるのは覚悟していたが、いまだに1勝もできないのは想定を下回っている。決断の時は迫っていた。
「……我らは決して日の当たる場所を歩けない。それでも行くというのなら……全てを捨てることになる。その覚悟があるのか?」
「はい。最初からそのつもりです」
「………ふっ、血は争えぬか。よし、ならば明日はお前の祖父として最後のプレゼントをやろう!共に行くぞ、正一つばめ監督のもとへ!」
つばめの知らないところで物語が動いていた。ペンギンズにとって歴史的な1日が始まった。
つばめはGMの大川と共に選手たちの練習を見ていた。練習の動きは悪くないが、試合になると攻守に精彩を欠く若手が増えている。
「おはようございます、監督。眠れましたか?相変わらず熱帯夜が続きますが」
「暑さは問題ない。連敗の苛立ちで寝れないかと思ったが……よく眠れた」
この夜も無意識のうちにみのりを喜ばせていたのだが、つばめはやはり気がつかなかった。真っ赤になった汗びっしょりのみのりを見ても、自分が原因でこうなったとは思うはずがない。
「ところで監督……指示通り、彼……海田鉄人が調整を続ける場所で話をしてきました」
「そうか。どうだった?」
「いつでもいけると言っています。私が見た限りでも、しばらく休養と調整に専念したことでかなり状態は戻っていました。ただし完璧に復調するのはやはり来年です」
今年はどう頑張っても全盛期の姿には戻らない。つばめもあと1週間か2週間は待つ予定だったが、限界が来てしまった。
「よし……明日の二軍戦で復帰、そして土曜に一軍昇格だ」
「わかりました。キャプテンがチームの流れを変えてくれると期待しましょう」
海田が来るのは明後日だが、その前にチームを大きく変えることになる人物が外苑球場に到着した。報道陣がつばめの様子を追うために見守るなかで事件は起こった。
「正一監督!監督に用があるというお客様が……うわっ!お待ちくださいと言ったはずなのに……」
その2人は勝手にグラウンドに入ってきた。老いてはいるが目つきの鋭い男と、つばめと同じくらいの年齢ながらやはり迫力に満ちた少女だった。
「爺さんに孫……熱心なファンか?警備は何をやっているんだか……あっ!?」
大川が後退した。2人のことをよく知っていたからだ。小声でつばめにその正体を教える。
「……あれはただの爺さんじゃありません。昔から関東の頂点にいる暴力団……今の組長があの人です」
「……………」
「しかもその組なんですよ。つい先日まで元球団社長と賭博で仲良しだったのは……」
皆が遠くから恐る恐る見つめるなか、監督と組長が向かい合った。
見せてくれ 見せてやれ 超高評価を
ブックマークに乗った 男の意地を
そろそろこの応援歌の後継者が出てきてほしいです。




