地獄に落とす
『八回はペンギンズの星野、スターヒーローズの伊瀬がそれぞれランナーを出しながらも無失点!』
星野は不安定だったが、バント失敗と盗塁死で相手が勝手に倒れてくれた。伊瀬は秦野にどん詰まりの内野安打を許した後は、クリーンナップの3人を赤子の手を捻るかのように難なく退けた。同じ無失点でも内容はまるで違った。
『九回表、マウンドには若き守護神安岡!一昨日は初のブロウンセーブ、二回続けての背信は許されません!』
同点で九回を迎えた場合、後攻チームは信頼できるピッチャーから順番にマウンドに送る。前回は失敗したが、安岡が一番頼りになることに変わりはない。
「アウト!」
『サードフライ、三振、ショートゴロ!危なげないピッチングでサヨナラ勝ちの期待を高めます!』
横浜の上位打線を簡単に退けた。つばめの信頼に応えた安岡は安堵の吐息を漏らした。
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」
『杜原も負けじと三者凡退!延長戦に入ります!』
6番から始まったペンギンズの攻撃はあっという間に終わった。あまりにもあっさりとしていたので、つばめほどの嗅覚がない者たちでも嫌な気配を感じ取っていた。
『ツーアウト二、三塁となり、バッターは代打のビド!マウンドの小西、凌げるか!?カウントはツーボール!』
オールスターにも出場した小西だが、本来の球威がない。コントロールも悪く、変化球がストライクにならなかった。
「ビドなんてストレートだけでどうにかなるだろ!」
「ビビってないで真ん中に投げろ!」
ビドは後半戦から横浜に合流したベテラン選手だ。日本でのプレー経験は豊富で、そろそろ初ヒットが出てもおかしくなかった。
「うがっ!」 「ああ……!」
『強烈な打球!三遊間抜けた!』
皆の注文通りど真ん中に投げたら打たれてしまった。打球は上がらなかったが一瞬で外野に到達するほど速く、内野手は追いつけない。
『二塁ランナーも三塁を蹴った!ラムセス、バックホーム!』
「刺せ!2人目は殺せ!」
1点差と2点差では大違いだ。ラムセスの送球はちょうどいいワンバウンド、ランナーは暴走気味に突っ込んでくる。タイミングは完全にアウトだった。
「よし……あっ!?」
キャッチャーの大矢木がミットでランナーの足にタッチした。ところがそのミットの中に肝心のボールが入っていなかった。
『後逸している!バックアップの小西も捕れない!』
ランナー2人の生還を許した上にバッターのビドを二塁に進塁させてしまった。このエラーが響き、続く海老名のヒットがタイムリーになってジ・エンド。今のペンギンズに3点は重すぎる。
『ゲームセット!最後は入栄の前に何もできず!』
後半戦はいまだ白星なし。オールスター出場組が総崩れで、チーム状態はつばめの就任以来最悪だ。
「明日は奥とジャックか……やるまでもないな」
「不戦敗でもいいぐらいだ」
先発投手の数は相変わらず不足していて、万が一の好投すら全く期待されないピッチャーたちが二軍から呼ばれる。彼らの役目はただの捨て駒だ。
「明日はもういいや。せめて最後に1勝してくれないと……」
「一つ勝てば流れも変わるはずだ。明後日……」
ファンもチームの内部も諦めムードだ。もちろんファンは勝てないと思っていても応援に来るし、選手たちもやれることはやる。だからこそ稀に番狂わせが起こる。
「通算成績を見る限り、金曜からの後楽園戦よりは横浜相手のほうがいいですが……」
「発奮してもらおう。どうせ勝てないと誰もが思っているのは本人もわかっている。俺を舐めるな、そんな強い気持ちで投げてくれれば希望はある」
プロとしてのプライドが奇跡の勝利を生むかもしれない。連敗脱出へ、元エース候補の意地を信じた。
「……………」
「駄目だな、こりゃ。いきなり4点か……」
つばめは厳しい目つきでマウンドの奥を睨み、国村は惨状から目を背けた。全国の野球ファンの予想通り、初回から横浜スターヒーローズの猛攻だ。
『内野が集まります!ベンチに助けを求める視線を送りますが、つばめ監督はなんと無視!』
ピッチャーを代えろ、そのために早くブルペンを動かせと選手たちは訴える。しかしつばめは見て見ぬ振りを貫いた。
『奥は京都戦でも4回14失点、餃王戦では3回7失点……奥がもはや一軍レベルのピッチャーではないのは確かですが、もっと早く代える機会はあるのにつばめ監督が動かないのも事実です!』
この調子だと今日も奥を限界まで投げさせる。村吉や山里といった二線級のピッチャーを見限る時も晒し者にしてから降格させたので、奥だけがつばめに嫌われているわけではなかった。
「もう今シーズンはあいつを使わないってことだよな。しかしなぜわざわざ批判されるような真似を?」
「ふふっ……彼の再就職のためだ。最後の舞台でたくさん投げておいたほうが企業やクラブチーム、独立リーグ、二軍しかないチームに拾ってもらえる。私なりの餞別だ」
冗談だったら趣味が悪く、本気だったら恐ろしすぎる。そもそもこんな醜態を延々と晒していたら再就職先など見つかるはずもない。
「つばめ……お前、表情に出さないだけでかなり怒っているんじゃないのか?ドラフト1位で入団して数年間、ずっとチームの期待を裏切り続けたあいつを地獄に落としてやろうと……」
「感情任せの采配をするようになったら終わりだ。あくまでピッチャーを温存するためだ」
昨日も延長戦だったので、早い回から継投をしたくないのは確かだ。敗色濃厚の試合で頑張りすぎたせいで翌日の接戦を落としたら愚の骨頂だ。五回か六回までは奥を引っ張り、その時の点差でどうするかを決めるのが最善だった。
皆が納得する理由を話したところでこの場を終えてもよかったはずだが、つばめは言葉を続けた。
「まあ……この手で地獄に落とせるなら落としてやりたいとは思っている。素質は超一流だったのに、やつは意識が低く、頭も悪い。そのせいでただの屑に成り果てた……ペンギンズファンを失望させた罪は重い」
「……やはりそうか………」
「やつは肩が痛いのに手術を嫌う弱虫だ。来年こそ頑張ります、毎年同じ反省を繰り返す嘘つきだ。信念や覚悟がなく、貧弱だ。ペンギンズに与えた損害を考えたら、殺しても殺し足りないな」
ペンギンズ愛が強すぎる少女の炎は、真っ赤で熱いだけではない。時には青白く冷たい炎、時にはどす黒い地獄の炎が燃え盛る。
「ふふふ……私が監督を続けることを早くも後悔したか?嶋田が監督になっていればよかったと……」
「ま…まさか!」 「そんなわけありませんよ!」
ベンチの選手たちはすぐに否定した。結果を出せばつばめは喜んでくれるので、シンプルでやりやすい。真の実力主義が皆のやる気を高めていた。
「ぬるま湯に浸かるチャンスだったぞ?」
「いやいや、あの人だけはないですって」
「監督のおかげで燃えているんですから、今さらあの空気に戻ったところでシラケるだけです」
チームの士気は高い。しかし連敗中なのも事実だ。流れを変える劇的な何かが必要だった。
伊瀬……パワーピッチングが持ち味の横浜のセットアッパー。毎年登板過多気味だが、頑丈なので壊れない。
杜原……昨シーズンはクローザーだった横浜のリリーフ。春先にコンディションを崩し出遅れることが多い。
ビド……シーズン途中から横浜に加入した右の強打者。全盛期は過ぎているが日本での経験は豊富。
実在の球団、選手とはあまり関係はありません。




