後半戦
「おはよう……昨日はよく眠れたよ。やはりひと安心したからかな……みのりは眠れたか?」
つばめがゆっくりと起きてきた。みのりは1時間前にベッドを出て、朝食などの準備をしていた。
「………ええ。素晴らしい夜でした」
「それはよかった。私はすぐに寝てしまったが、あなたが心配だった。息苦しそうにしていた上にかなり汗をかいていたようだから……」
「だ……だいじょうぶです!ご心配ありがとうございます!」
寝ているつばめの手を使い、1人で幾度か頂に達していた。当然つばめはそのことを知らないが、妙に鋭いことを言うのでみのりは少し焦った。ただし今のみのりは、問い詰められたら正直に全てを話す覚悟ができていた。今日はその機会はなかったものの、いつかは気持ちを正面からぶつける時が来る。
「今日は移動と軽い練習、ミーティングしかない。大阪で何か買ってきてほしいものはあるか?」
「いえ……特に。私のことは気にせず、監督の仕事に専念してください」
遠征に慣れてきたとはいえ、つばめは常にユニフォーム姿だ。行ける場所は限られている。
「つばめさんが監督を続けることで選手の皆さんのやる気、そしてチームの勢いは上がる一方です。夏休みが終わるころには首位にいるかもしれませんね」
「………そうなるといいが……」
解説者たちもみのりと同じように、ペンギンズが一気に浮上するという見方の者が多かった。しかしつばめは就任して間もないころから、苦戦するとしたらオールスターの直後あたりだろうと考えていた。
もちろんこれはつばめの予想にすぎないので、誰も息切れせずに好調を維持し続けることもありえる。その最高の展開を願いつつも、最悪の事態を想定して動かなければならない。
「選手たちを信じているが、疑いながら準備を進める……面白い仕事だな、監督は」
「一般の仕事も同じですよ。規模が違うだけです」
プロ野球の世界で監督としてチームを率いた貴重な経験は、必ずつばめの財産になる。どんな職でもこなせるだろうが、監督以上に刺激的な仕事はない。何をやっても熱くなれず、長続きしない姿がつばめには見えていた。
明日からペンギンズがどうなるかを正確に予知することは不可能でも、数年後の自分がどうなるかは確実にわかる。残念ながらろくでもない未来だった。
「つばめ!つばめ!」 「つばめ!つばめ!」
「オールスターも終わり、明日からは後半戦だ。私が辞めるとか辞めないとかでお騒がせしたが、全て解決して野球に専念できる。みんな、しっかり頼むぞ」
「つばめ!つばめ!」 「つばめ!つばめ!」
ミーティングでは選手たちのつばめコールが響いた。つばめと再び共に戦える喜びが大合唱という形になって、皆の思いの強さをつばめに伝えた。
「4日間の中断があっても流れは止まっていないと信じている。一気にド・リーグの一番上までいくぞ!」
「監督最高!」 「史上最も偉大な名将!」
賛美や崇拝という言葉が合うほどの光景になっていた。悪乗りしている者がほとんどだったが、中には本気でつばめを崇める者もいた。
「つばめへ恩返しを誓う連中ばかりだ。その最高の方法は胴上げ……もちろん優勝を決める胴上げだ」
「胴上げだけなら今でもできるしな。最下位で退任でも最終戦には胴上げしてもらえる」
そのためにも初戦は大事だ。ベテランの小山がどこまで粘れるか、打線は早いイニングで援護できるか。こんな勝ち目の薄い試合を制することができれば、勢いに乗れるだろう。
『試合終了!5対0!ペンギンズは僅か3安打、いいところがないまま敗れました!』
「………仕方ない。明日だ、明日!」
後半戦最初の試合は完敗だった。小山は3回4失点、打線は長打、連打なしの寂しい内容だ。
「元々今日は期待していなかった。明日は田富だから、どうにかなるだろう」
相手のスキュアーグリルズの先発投手は力の落ちているベテラン、義達だ。普通にやれば勝てる勝負だった。
『試合終了!4対4、延長戦でも決着つかず引き分け!ペンギンズは勝利まであと一歩でしたが、守護神安岡が初のセーブ失敗!痛恨の取りこぼしです!』
「……いつかはこうなる。明日だ、明日!」
田富は悪いなりにゲームを作って6回3失点。秦野のスリーランと青山のスクイズで4対3とリードした九回、安岡がフォアボールから失点。その後のサヨナラのピンチは凌いだが、負けなかっただけの試合だ。
「明日は能登さんだ。敵の先発は今年初登板、二軍でも打ち込まれている。通算194勝目は堅いな」
今日に続きペンギンズが圧倒的優勢の戦いだ。ここで勝てば1勝1敗1分で終わり、まずまずの結果で東京に帰れる。落とせない試合になった。
『試合終了!8対1、スキュアーグリルズの谷口が今シーズン初勝利!ペンギンズは攻守に精彩を欠いて敗れました!』
「……………」
野手は4失策で能登の足を引っ張り、リリーフ陣も失点を重ねた。大阪遠征は2敗1分となり、再び単独最下位に転落した。
「明日から外苑で横浜戦……この流れで前回3連敗の相手と戦うのは苦しいのでは?」
「横浜はエースの吾妻、こっちは育成から上げたばかりの下田……今から頭が痛くなってきましたよ」
意気揚々と大阪に乗り込んだが、失意に満たされ帰ることになった。つばめの続投が決まり、ますます強くなるだろうと思われたところでの足踏みは人々を驚かせた。
(やはりこうなってしまったか……)
早く連敗を止めなければ優勝どころではなくなる。そのための備えをいくつか用意しているが、つばめはまだ仕掛けない。横浜スターヒーローズとの戦いの結果を待った。
「下田といいます……よろしくお願いします」
「先週も会っただろう。まあいい、一軍の選手としては初対面だからな。期待しているぞ」
地面に触れそうなほど低い位置で球を放る、アンダースローの下田。投球フォームだけでなく腰も低かった。
「チームの悪い流れを変えるのはもちろん、この貴重な機会を今後の糧にします。今の自分に足りないものは何か、掴んできます!」
能力の高さや将来性ではなく、初めて対戦する相手が対応しきれないという理由で下田は支配下登録された。そのことを彼自身もよくわかっていているので、浮かれずにレベルアップを誓った。
「右の下手投げの宿命か、あなたも左打者相手の数字が悪い。しかし今日のところはあまり気にせず投げてほしい」
「わかりました。普段も意識しないように投げてはいるのですが……」
横浜には砂野、筒という左の強打者がいる。しかしそれ以外の警戒すべきバッターはほとんど右打ちなので、初登板にはちょうどいいチームだった。
「しかしお前、入るチームを間違えたんじゃないか?横浜よりウチのほうが右ばっかりで抑えやすいぞ。あっ……でもペンギンズでもなければ……」
「はい。どこも拾ってくれません」
ペンギンズ以外の球団からは一つもオファーがなかった。もしかしたら獲るかもという連絡すらなく、12球団で最悪のペンギンズに育成指名ではあっても素直に喜ぶだけだった。
「ペンギンズでよかったではないか。他球団では見向きもされないようなピッチャーでも、少し好投すればローテーションに入れるぞ?越えるべき壁がとても低いからな」
「……うっ……」 「は…はい」
「私は前の監督たちとは違い、結果を出せば必ず上で使い続ける。ペンギンズを救った男という称号と大金……両方手に入れろ」
このチームだからこそ、誰にでも成り上がるチャンスがある。選手たちはペンギンズに入団できたことを幸運と思うべきだった。
義達……メジャー経験のあるベテランピッチャー。近年は不振が続いている。元になったプロレスラーは、『残念だったな、俺だよ!』。
来年の評価ポイントは?
「いち・ろく・ご」(1億6500万pt(推定))




