神宮寺の失踪
『現場の報告によると、約20万人が外苑球場に足を運んだものと思われます!つばめ監督の人気、恐るべしですね!』
『球団側のやり方が乱暴すぎましたからね。監督への謝罪はあるのか、注目です!』
「………くっ」
終戦を迎えた神宮寺はこれからどうなるのかを考える。辞任は避けられず、オーナーが球団社長を兼ねることになるだろう。権力闘争に敗れ、金もない。寂しい余生を送ることになると肩を落とした。
「ん………ああっ!!」
その寂しい余生すら奪おうとする相手からの電話に神宮寺は震えた。ペンギンズの下位低迷を約束し、野球賭博で手を組んでいた暴力団組織の組長だ。出たくないが、出るしかない。
『残念だったな。負けるわけがないと思っていた大勝負を落とすようでは潮時だ。これ以上見苦しい真似はしないで表舞台から消えるべきだ』
「はい……ですがそれでは皆様との約束が……」
1日の勝敗や得点数を予想する賭けもあれば、シーズンの順位を予想する賭けもある。神宮寺と繋がっている組長やその仲間は後者の賭博に参加し、ペンギンズの最下位に大金を投じていた。
『あんなものは端金だ。これまでたくさん儲けさせてもらったんだ、構わんよ。それよりも貴様……正一つばめを追い出そうとしたな?』
「全て皆様のために……」
『悪手もいいところだ。貴様が強引に動いたことで、賭博を疑う連中も動き出した。誰が見ても明らかに怪しかったからな』
現に大川に証拠を掴まれ、オーナーやつばめに伝えられた。その情報が警察に渡ってしまったら、賭けに負けて金を失う程度では済まない事態になる。
『最悪の結果になった場合……どう責任を取るつもりだ?いや、すでに貴様の運命は決まっていたか。私のかわいい孫を怒らせてしまったからな』
「お……お孫さんを?」
『あいつは正一つばめ監督の熱心なファンになっている。あんな卑劣な手を使って監督を辞めさせようとするやつなんか死ねばいいと泣いていたよ。私は孫の涙に弱くてな……願いを叶えてやることにした!』
死刑宣告を受けた神宮寺は全身が凍りついた。相手はやると言ったら絶対にやる男だ。
「そ、そ、そんな!お考え直しを!」
「まあ落ち着け。今すぐ貴様が死んだら怪しまれる。もしかしたら病気や寿命で死ぬほうが先かもしれない……それくらい経ってからでないと殺れない。その時に孫がもう怒っていなければ貴様は助かる」
「………!」
5年もしくは10年も経てば、組長の孫もつばめのことを忘れているだろう。怒りが静まるだけならもっと早いはずだ。ひとまず命は助かったことに神宮寺は感謝した。
『まあしばらくは長年の慰労も兼ねて海外にでも行くといい。警察の捜査が終わってほとぼりが冷めたころに日本に戻ってこい』
「そうさせていただきます。今回は真にご迷惑をおかけしました!」
神宮寺の行動は早く、翌日には日本を出国した。家族や部下は連れず、1人で東南アジアの国へ向かった。
(すぐには帰国しないほうがいいな。警察よりもヤクザの口封じが怖い!)
組長には行き先を伝えなかった。正直に言えば現地で殺されるかもしれないので、ハワイか韓国に行くと適当な嘘で煙に巻いた。
(ひとまずこれで危機は去った………)
飛行機の座席で息を吐いた。全てを失い敗走したが、命はある。これからのことは後でじっくり考えようと思った。
ところがこの機内には、神宮寺に唯一残された命を奪うための男もいた。彼はプロ中のプロで、神宮寺が自然に失踪して行方不明になるように処理できる。
「………」
つばめの解任を発表してから数日で、神宮寺はいなくなった。何者かによって消されたのは明らかだが、誰も真相に迫ろうとしなかった。深く関われば自分が危ない目に遭うからで、そこまでして神宮寺を探し出そうとする人間は誰もいなかった。
暗闇に沈んでいった神宮寺とは対照的に、つばめは再び舞い上がった。ちょうど神宮寺が日本を去った時間に、後半戦もつばめが指揮を執ることが発表された。
『神宮寺球団社長は辞任し、白田オーナーが球団社長を兼任!二軍用具係の嶋田氏は契約解除、緑天会の応援団長も引退を表明しました』
『旧パフォーマンスチームの復活は白紙となり、つばめ監督の完全勝利です!』
15万人分の署名を集め、つばめの続投に誰も異議を唱えなかった。解任派から金を渡されていたテレビのコメンテーター、雑誌や新聞の記者はすぐにつばめを支持する側に立ったが、恥を晒す結果になった。
「これからは考えを改めます。選手の起用法は全て監督の思った通りにしてください」
「言われなくてもそうさせてもらう」
GMの大川はつばめの前で頭を下げた。彼の働きで神宮寺の罪を暴けたので、つばめは彼を許した。
「監督が私の指示する選手を使うのではなく、私が監督の指示する選手を獲得します。今月末が期限ではありますが、まだ枠に空きはあります」
大川はもはやつばめの言いなりだ。つばめの政権はますます盤石になった。まさに『雨降って地固まる』だ。
「そうだな……ピッチャーは今から獲るのは難しいだろう。ルチャリブレから来た市川を一軍に上げて、育成から1人支配下にして今年は終わりだな」
「誰を支配下登録にしますか?候補は……」
夏場に調子を上げているピッチャーのリストを渡された。シーズンの残りは約2ヶ月なので、将来性よりも即戦力が優先される。
「この中なら彼一択だ。地面スレスレのアンダースロー……何回か対戦すれば対策されてしまうだろうが、その前にシーズンが終わるはずだ」
「わかりました。下田にはすぐに伝えます。きっと喜ぶでしょう」
以前に結果を残せなかった雨木も下から投げる投球フォームだが、サイドスローとアンダースローの中間だ。下田のほうが本格的なアンダースローで、しかも他球団の主力は対戦経験がほとんどない。先発投手不足を救ってくれると期待した。
「野手はこのままでいいかと思いますが……昨夜外苑球場に現れた男のことをご存じですか?」
「ああ……力士の無双燕か?来場所に期待だな」
これはつばめの冗談だ。大川が言いたいのは横浜スターヒーローズの三丸のことだとつばめもわかっている。
「ハハハ……しかし彼は笑えない状況になっています。昨日の言動について、横浜からオールスターに出ている水浦監督、それに吾妻と巻にコメントを求める記者がいたのですが……」
「署名に来たのはともかくチームの批判はまずいだろう。普段からそんな感じらしいが、今回は全国放送されているカメラの前だからな」
「温厚な彼らにしては珍しく、かなり怒っていましたよ。「あんなやつどこにでも行け」、「好きにしたらいい」、「100円で金銭トレードに出せ」……あそこまで言うなんて異例中の異例です」
監督と主力選手に公の場でそこまで言われては、三丸は厳しい。そもそも本人がペンギンズ入りを熱望している。
「身から出た錆だな。ファームの試合でももう使ってもらえないだろう。やつの野球人生は終わった」
「横浜ではもう終わりでしょうが………今ならほんとうに100円で獲れそうです。むこうのGMもカンカンで、自由に引き取っていいと今朝電話が来ました」
横浜側としては厄介者を追い出したいだけで、交換相手は不要だ。つばめの間違ったアドバイスのせいで迷走しているが、身体能力が高い21歳の大物候補が獲得できるチャンスだ。しかし大川は独断で話を進めず、つばめの意見を仰いだ。
ランキング上位作品に憧れるのをやめちまえよ…ヒッヒッヒ




