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オールスター第1戦

「ふふふ……ペンギンズファンがオールスターに夢中になっている日に1日限りの署名とは考えたものだ。敵ながらあっぱれと褒めてやろう」


 球団社長たちのずる賢い策に、つばめはテレビ越しに拍手を送った。憤るどころか、その手があったかと感心しているほどだ。


「敵を褒めている場合ですか!手を尽くして譲歩を勝ち取ったというのにこれでは……」


「まあ無理だろうな。私だって今日はオールスターを見る。ペンギンズの選手がこんなにたくさん選ばれたのは何年ぶり……いや、史上初か?」


 日曜日に登板した加林だけは明日投げるが、それ以外の選手は今日、全員出場することが決まっていた。



「ペンギンズの試合を見始めたきっかけは私だが、やがて選手たちのファンになったという者たちは多い。観客も半分はペンギンズファンだろう」


「……つばめさんがこんな形でいなくなってもペンギンズファンを続ける人はどのくらいいるでしょうか」


「私は変わらずペンギンズファンだ。一部の古いファンと違い、弱いチームを応援する自分を誇ったりしない。勝利を、優勝を願う純粋なファンだ」


 つばめはすでに自分を監督だと思っていない。自分のために15万人も来るはずがないと決めつけていた。


「いつもならオールスターなんか興味はなかった。お祭り要素が強すぎて馴れ合いの場と化しているからな。しかし今年は別だ」


「………」


「一昨日まで実際にあの選手たちと同じ舞台にいた。練習、ミーティング、移動……喜怒哀楽を共にした。この先もどうしても贔屓目で見てしまうだろうな」


 つばめは厚顔無恥で傲慢な者たちとは違う。オールスターに出場するほどにまで成長した選手たちのことを、自分が見つけ出した、自分が育てたとは言わない。選手たちがそう主張するとしても、つばめは否定するだろう。




「……オールスター明け、金曜日からのローテーションはどうしますか?月曜日も試合のある変速日程で、6連戦になりますが」


「そうだな……加林は来週の日曜まで休ませたいので昨日登録を抹消した。村吉は捨て駒にしてもさすがに酷すぎたから……小山、田富、能登さんでいく」


 後半戦最初の3連戦は敵地大阪での戦いだ。大阪はオールスターに落選したエース級の大和田が初戦に登板することが濃厚で、厳しい試合になる。しかし経験のある小山ならうまくいけば五分に戦えるかもしれない。


 田富は二軍の球宴を辞退したので、そのまま中6日で2戦目だ。そして3戦目は相手のピッチャーの数が足りなくなり、実績のない若手か崖っぷちの中堅が出てくると予想される。能登に勝ち星を稼いでもらうチャンスゲームだ。


「月曜からは横浜か。オールスターに出る吾妻やジャックが来るだろうから誰が投げても厳しい。二軍から山里か奥でも上げるか?いや、それなら……」


 目の前のみのりが微笑んでいた。つばめがファンの予想ではなく、監督の考えを語っていたからだ。



「うふふ……つばめさん。やはりあなたはまだ東京グリーンペンギンズの監督です。あなた自身も知らない心の奥でユニフォームを着たがっています」


「……そうか?あなたがローテーションはどうするなんて聞くからつい……」


「いいえ。昨日の外出の時も、つばめさんの頭の中は野球でいっぱいだったのでは?しかも監督として、選手の調子や今後の起用法を考えていたように見えましたが」


 図星だった。そして無意識のうちにぼーっと考えていたことをどうして読めたのか、つばめは驚いた。


「もしや私は自分が思っていたより顔に出る人間なのか?だとしたら致命的な欠点だ」


「そうですね。プロ野球チームの監督なのですから、相手に作戦を悟られてはいけません」


 みのりの静かな迫力がつばめを圧していた。



「私が監督でいることにやけにこだわるな……」


「……つばめさんがいなくなってしまったら、野球界どころか日本の損失です。解任は絶対に阻止しなければなりません」


 日本の損失などと言ってはいるが、みのりにとっては『つばめと離れ離れになるのが嫌だから』、それが一番大きな理由だった。もしつばめが監督を辞めても2人で生活できる方法があるなら、そちらを選んだかもしれない。現状ではそれが見つからないだけだ。


「失敗してもすぐに別の作戦を考えます。金曜日までには決着を……」


「昨日は結局寝ないでいろいろやっていたな。頑張りすぎて倒れる前に少し休め」


 言ったところで聞かないだろうが、一応忠告しておいた。そして自分は寝転がりながら、オールスターに出場するペンギンズの選手たちの記録を確認した。


(飯館は1番に置き続けてもまだ上がる。土場は後半戦の最初のほうで少し落ちる。秦野は弱点がバレないようならそのまま……)


 成績の予想だけでなく、どう使っていくかを自然に考えていた。指摘された通り、つばめの頭はまだ監督のままだった。





「棚橋監督、お話が……」


「ん?どうした、お前ら」


 ド・リーグの総監督である棚橋の前に、ペンギンズの選手たちが全員集まっていた。まだ練習は始まっていなかった。


「実は………」


 彼らも動いた。つばめを戻すために、大きな賭けに出た。





『本日のホームランダービーですが、ペンギンズのラムセス選手が辞退しました。代わりにドラマティックドリームスのディーノ選手が出場します』


「……ん?何が起こった?」


 試合前のホームランダービーをラムセスが辞退したというニュースが入った。練習中にアクシデントが発生した可能性が高い。


「しかも代役はディーノ?同じチームから補充するのが普通だが……」


 池村は明日の予選に出場する。それでもオズマが控えている。ラムセスの代わりならオズマでよかっただろうにとつばめは首を傾げた。ラムセスの状態が心配だが、謎だらけの出来事はここからが本番だった。




 いつもは敵同士の6球団がこの日は味方となり、普段は聞いているだけの他球団の応援歌を歌う。応援団も協力して演奏するのだが、今年は空気が悪かった。


「お前たちはペンギンズのファンだろう?だったらどうしてここにいる?」


「何を仰るのやら……ペンギンズファンだからこそ、わざわざ新潟まで来たんだ」


 ペンギンズ以外の5球団の応援団に冷ややかな目で見られても緑天会のメンバーたち、特に応援団長は堂々としていた。


「俺たちはあのゴキバエのような監督のファンじゃない。ペンギンズのファンなんだ。今から外苑球場になんて行くはずがないだろう」


 球団社長の言う『真のファン』は自分たちだと自負していた。つばめの手を離れた期待の選手たちを心から応援しようと張り切っていた。



「しかし他の客、遅いな……ガラガラだぜ」


「チケットは完売だ。試合前からいろんなイベントがあるのに……」


 時間が経ち、ついに午後5時半になった。ホームランダービーが始まっても、座席は半分も埋まらない。しかし空席が目立つのは観客席だけでなく、ド・リーグのベンチもだ。


「あれ?ド・リーグ……人が少ないぞ?」


「どうなって……あ!ペンギンズの選手がいない!」

 

 両リーグ最多の9人が選出され、今日の主役になるはずだったペンギンズが消えた。投手も野手も全員だ。


「まさかあいつら、食中毒や風邪でダウンか?」


「それだったらもっと早くニュースになっているだろう。どうして姿を見せない?」


 大勢の観客、そしてペンギンズの選手がいつまで待っても現れない。球場は騒然とした。



「まさか……空席の連中は!」


「チケットを紙くずにして外苑球場へ向かったのか!新潟に着いても、とんぼ返りで東京に帰ったんだ!」


 オールスターを捨ててまで、署名の1人になることを望んだ。ファンがそうするならまだわかるが、


「………せ……選手たちも!?」


「ほんとうにペンギンズを愛しているのなら……そうするしかないな。で、あんたたちは自分のチームの選手もいないのに何をしにわざわざ新潟まで来たんだ?」


 緑天会のメンバーたちは皆の笑い者となり、顔が赤くなったり青くなったりした。

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