無能な働き者
「ふむ……球団社長とGM、嶋田。それに応援団の団長と以前のパフォーマンスチームのリーダーが手を組んだか。納得の面子だ」
会見を一通り見終わったつばめは、意外なことに冷静だった。予期していたこととはいえ、怒りや悲しみを全く見せないのは異常だ。監督の座を理不尽に奪われたのだ。
「……つばめさん!どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!大好きなペンギンズから……追い出されたんですよ!?」
悔しさで涙が止まらないのはみのりだった。つばめの頑張りを最も近くで見ているだけに、こんな終わり方を受け入れることはできなかった。
「そうだな……もし私が何年も勉強や努力を重ね、やっとの思いで監督になれたのだとしたら平気ではいられなかっただろう。裁判を起こすどころか、怒りのあまり連中を殴り殺していたかもしれない」
「な…殴り殺す……」
「しかし私は何の苦労もせず、祖父の遺言の力だけで監督の椅子を用意された。だから予告もなく辞めさせられるとしても、惜しくないのは当然だ」
理論としては正しいが、それにしてもあっさりだ。戦わずに敗北を受け入れているように見えて、みのりは納得がいかなかった。
「こんな事態になるなんて、おじい様は何をやっているのか……あっ!」
オーナーである自身の祖父に電話をかけようとしたみのりだったが、すでにメッセージが入っていた。パニックに陥っていたせいで見落としていた。
「……『私はいま動けないが、反撃の用意は進んでいる。落ち着くまでは家から出るな』……?」
「ふふふ……オーナーは敵に弱みを握られているのかもしれないな。その隙に私を辞めさせたというわけか。こればかりは私たちではどうしようもないな」
大企業、薬都飲料の総帥だ。権力と富を手にするためには暗く黒い事柄にも手を染めている。社長側がそれを世間に公表すると脅している可能性があった。
「辞めるとなったら監督のために用意されたこの部屋を出ていかないとな。どうだ、最後に高級寿司でも派手に頼むか?これまでの給料はそれなりの金額になっているだろうし……」
つばめの中ではみのりとの『お別れ会』も兼ねた寿司パーティーを提案した。しかしみのりはすぐに首を横に振り拒否する。
「これで最後だなんて、私は認めません!つばめさんとの時間……まだ終わらせたくありません!」
「……………」
「それにもし最後になるとしたら、私の手料理を食べてほしいです。お寿司はいつでも食べられます」
みのりはまだ泣いていた。その様子を見たつばめは、『他人に感情移入するのが上手すぎて少し不安になる』……その程度にしか考えなかった。
ペンギンズの選手寮は大騒ぎだった。現在活躍している若手選手はほとんど寮暮らしなので、大きな混乱に包まれていたところにGMの大川が現れた。
「GM!どうして正一監督が解任されなきゃいけないんですか!上昇中の流れが止まってしまいます!」
「俺たちの素質を見抜いてくれたんだぞ、つばめは!それで代わりが無能の嶋田?考え直せ!」
大矢木と池村が大川に迫る。しかし大川は鼻で笑うと、2人を手で追い払ってから皆を集めた。
「突然の一軍監督交代で君たちも動揺しているだろう。しかしあれこれと考えるのは我々の役割、君たちはプレーに集中してもらいたい!」
「そう言われても……」
「いいか、君たちは選手に過ぎない。二軍はこれまで通りだし、一軍も嶋田新監督の指示に従えばいい。勝手な真似をするやつは下で肥やしにしてやるからな」
GMや新監督の意に逆らい、これ以上抗議するなら二軍で飼い殺しにするという脅しだ。トレードや現役ドラフトには出さず、クビにもしない。ただただ二軍で不毛な時間を過ごす、恐ろしい罰だ。
「文句は言いません。ですが理由は教えてもらえませんか?GMはなぜつばめ監督が邪魔になったのですか?」
「彼女は私が使えと言った選手をほとんど使わなかった。私の思い描いたチームとは全く違うものが出来上がり、私がいる意味がなくなってしまう。長年このチームにいる私と素人の彼女、どちらがペンギンズに残るべきか……論じる必要はないだろう」
GMが期待する選手たちはほぼ全員つばめに一軍失格の烙印を押されて大成せず、期待していない選手たちが今の主力だ。このままでは退任は避けられず、自らの地位を守るためにつばめを排除しようとした。
「おい、加林。今日の自主トレは休もうぜ。このGMとあの新監督じゃどんな使われ方をするかわからない。つばめ監督が来るまで、俺は敗戦処理どころか登板すらほとんどなし、お前は二軍で抑えとして育てられていたんだ。異次元過ぎて読めないぜ」
安岡が加林を誘い、部屋を出ていこうとする。しっかりGMに聞こえる声の大きさで。
「いや……そこまで変なことにはならないと思うよ。正一監督の足元にも及ばない人たちだとしても……」
加林もGMの顔を見ながら、怒りを込めた言葉を吐き捨てていった。穏やかな彼にしては珍しい行動だが、つばめへの思いの強さを考えれば驚くことでもなかった。
「俺も休むかな。いきなり外野手をやれと言われるかもしれん。無能な働き者はいろいろ動きたがる」
「寝て起きれば元通りだと信じて……眠ろう」
GMの脅しに屈することなく、つばめを愛する選手たちが悪態をついて去っていく。
「ぐぐ……こいつら〜〜〜っ!」
「大変なことになっちまったぞ」 「ああ……」
つばめに見限られた選手たちは社長やGMの仲間になったが、ここまで荒れるとは思っていなかった。
「そう怒ることはありません。シーズンが再開すれば彼らも言うことを聞くしかなくなる。強い態度も今だけですよ」
つばめに代わって監督になる予定の嶋田は遠くから一部始終を見ていた。選手が全員いなくなってから大川のもとに来て、隣に座った。
「嶋田か……やつらは想像以上に手強いぞ。何かいい考えはあるのか?」
「簡単ですよ。あの素人のガキよりも私のほうが監督として上であることを証明すればいい。GMが用意してくれた選手たちを最高の形で使いこなしてみせますよ」
(不安だ……こいつがやる気になればなるほど)
監督として嶋田が成功する確率はかなり低い。ヘッドコーチ時代の働きぶりで皆がそれを理解している。『反つばめ派』であるという理由だけで新監督に抜擢されたが、成績を落として今年限りの可能性が高いことをわかっていないのは本人だけだった。
現に彼は選手たちが皮肉や冗談交じりに口にした配置転換や守備位置の変更を大真面目にやろうとしている。八百長や敗退行為ではなく勝つためにそうするのだから、歴史に残る愚将になりそうだ。
「早速選手たちを集めなければ。あの素人が軽視していたバント練習をオールスター期間中に徹底的にやるぞ!」
(素人のほうがマシだぞ、これは………)
大川はつばめ降ろしに加わったことを早くも後悔し始めた。つばめが自分の方針に逆らっているのに結果を出しているのがまずいので追放したが、自分の指定した選手を現場が忠実に使っているのに低迷するほうが立場を危うくする。そんな当たり前のことになぜ気がつかなかったのか、己の愚かさを恥じた。
「このままではつばめ監督が……」
「キャプテンに相談してみよう」
一部の選手たちが動いた。今は離脱中の頼れるキャプテンの知恵を借りることで、つばめの復帰を目指した。
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