最高の勝利
「ん?ぽつりときたぞ!」
「よっしゃ!この降っているのかいないのかよくわからない程度の雨……こいつを待っていたんだ!しかもやつが前回炎上した五回に!」
DD軍のベンチは歓喜した。加林自身やペンギンズの首脳陣も気がついていない弱点である小雨がベストタイミングで降ってきたからだ。
「僅かな変化が加林を狂わせる。コントロールを乱してランナーが溜まり……」
「塁が埋まってもうストライクを投げるしかない、そこが狙い目だな。甘い球をドカンだ」
データ野球なら右に出る者はいない、DD軍のピッチャー坂井。仲間が相手の投手を打ってくれたら自分の勝率も上がるので、サポートを惜しまなかった。
『五回表、名古屋ドラマティックドリームスは7番の勝俣から!打順を考えたらこの回での得点は厳しいでしょうか?』
『どうでしょう。先週も下位打線に出塁を許し、その後押し出しなどで大量失点でした。打順はあまり関係ないかもしれません』
(坂井さんのデータでは……小雨が降っている時の加林の四死球率は7割以上!学生時代からのデータだから母数が多くて信頼できる!ここは見ていくぞ)
当然の待球作戦だ。狙い球とど真ん中以外は全て見送り、フォアボールで塁に出ようとした。
「……あれ?」
「ストライク!バッターアウトッ!」
加林に変化はない。これまで通り伸びのあるストレートと鋭い変化球が正確にコントロールされていた。
『二者連続三振!バッターはピッチャーの坂井!』
「おかしいな……今日に限ってたまたまストライクが入るのか?ツイてないぜ」
本格的に雨が降り出すのは10時を過ぎてからだが、ちょうどいい雨の量は今しかないかもしれない。雨が止むか少しでも強くなれば加林が崩れる条件ではなくなる。
『振り遅れて三振!三者三振でスリーアウト!』
「くそっ!」
思惑が外れた坂井はバットを叩きつけて悔しがった。ヘルメットも雑に放り投げ、荒れていた。
「どうしてあんなに悔しそうなんだ?ピッチャーのあいつが加林の球を打つなんて無理に決まってるのに」
「ふふっ……この回は絶対に得点できるとでも思っていたのだろう。何を考えているのやら」
別のことを強く考えるようにつばめが誘導したので、加林は雨や五回というイニングに気を取られずに済んだ。もし直接雨を気にするなと言えば、逆に意識してしまい自滅の未来もありえた。
(……うまくいった。やはり彼が好きなのは……雪だろうな。今度彼女にも聞いてみようか。なかなかお似合いの2人になりそうだ)
まさか自分が愛の矢印を向けられているとは思っていないつばめは、見当違いなことを考えていた。采配に比べ、こちら方面では全く冴えなかった。
『いまだ無敗、入道雪博士!彼女に勝てるペンギンズマニアは果たしているのでしょうか!』
「どうだ、加林……彼女は?」
「はい?うーん……すごいですよね。ぼくたち選手以上に詳しいでしょうね」
雪について聞かれても、これといった感情は何もない。加林は適当に答えるだけだった。
「雪をもっとそばに呼びたいと思わないか?」
「もっとそばに……パフォーマンスチームではなく、データ班として働いてもらうってことですか?」
終始噛み合わない。さすがのつばめも自分の的が外れていたことに気がついた。
「………それもいいアイデアだな」
鬼門の小雨と五回を乗り切るという最大目標は達成したので、試合に関係のない話はここで打ち切った。
「うわっ!やっちまった!」
打球を見ることもなく、坂井は帽子を地面に叩きつける。レフトスタンドに運ばれたのは明らかだった。
『スタンド中段、完璧なホームラン!六回裏、ラムセスのツーランホームランでペンギンズ先制!昨日に続き、ペンギンズが一発で均衡を破った!』
坂井は6回2失点と好投したが、失投の1球に泣いた。今日の加林を相手に2点は致命傷だった。
「おい坂井!あいつの弱点は他にないのか!」
「確か……梅干しが嫌いでしたね。それ以外では卓球が下手とか……」
「……バカヤロー!余計なもんを調べすぎだ!」
高木が坂井を怒鳴る姿は、ペンギンズベンチの笑いの種だった。その後試合は八回まで進み2点差のままだったが、もっと大差がついているような空気が流れていた。逆転の可能性はないと言い切れるほど、加林のピッチングは圧倒的だ。
「よし……九回もいくか」
「はい。相手は違いますが、やられたぶんを取り返してきます」
加林は前回の登板後、これまでがうまくいきすぎていただけでこれが実力だと口にした。しかし前回こそたまたま運がなかっただけだと今日証明した。
『最後も三振!加林洋、新人離れした完封劇!奪った三振は17個、隙を与えませんでした!』
横浜での悪夢を払拭する勝利は、加林にもチームにも大きな1勝になった。そしてさらなる朗報もすぐに飛び込んできた。
『そしてたったいま、龍門ルチャリブレが敗れました!よって東京グリーンペンギンズ、前半戦最終戦で5位に浮上です!』
「おおおっ!」 「ついに……やった!」
選手もファンも大喜びだ。5位程度で喜ぶなと繰り返していたつばめも、笑顔で観客席に手を振った。
「くそぉ〜〜〜っ……ウチはまだ4位なのに、まるでウチが最下位に落ちたような空気だ!さっさと帰るぞ!」
「次回は選手じゃない。監督について徹底的に研究してやる。丸裸にするつもりでやってやるぞ」
DD軍が足早に撤収するのを尻目に、つばめを中心とした歓喜の時間はいつもよりも長く続いた。後半戦はもっと上を目指せると皆が確信した。
『駆け上がります!頂点まで!』
控えめな加林が、首位を狙うとお立ち台で宣言した。外苑球場はますます熱気に包まれ、雨が降り始めてもペンギンズファンの歌声が空に響いた。
「おお……!すごい量の刺身に天ぷら!」
「奮発しちゃいました!5位浮上のお祝いです!そして前半戦、お疲れ様でした」
昼間は軽く済ませて、試合後も夜遅くまで会見や取材対応があった。今のつばめならいくらでも食べられる。
「早く酒が飲めるようになりたいな。あと2年か」
「以前もそんな話をしたような……」
「まだ小学生になる前か……祖父がこっそり日本酒を私に飲ませていた。そのせいで味を覚えているのかもな」
鯛と鮪を交互に味わい、つばめは上機嫌だ。こんな豪勢な食卓ではない日でも、つばめは毎日平らげる。チームの状態が悪い時は不機嫌だが、みのりの料理に文句をつけたことは一度もない。
「いつもたくさん、しかもおいしそうに食べてくれますから私は幸せ者です」
「幸せなのは私だ。みのりは将来素晴らしい妻、素晴らしい母親になるだろう」
食事、入浴、そして就寝まで幸せな時間が続いた。つばめは束の間の休日、みのりはしばらく夏休みだ。のんびり朝寝坊することに決めた。
つばめたちがぐっすりと眠っている間に、世間を揺るがす大ニュースが報じられていた。夢の世界の2人にはこの騒ぎも聞こえるはずがなかった。
『東京グリーンペンギンズ、正一つばめ監督解任!』
連載100回目、主人公解任!
(王さんの868総合評価、意識しているか)
「早実の先輩ですし、抜かさないといけないという使命感。やるからには王さんのような小説家になりたい」




