番外編~第六話~:朝比奈きぬさんの悩み(後編)
なんとか本日中に後編をお届けできました。
では、番外編どうぞ~!
十三時。
「なあ、きぬ」
「なんでしょう?」
牛丸普利男ときぬのごたごたから二時間が経過。
「何故、お前は男に対してだけ口が悪くなるのだ?」
素直な疑問を聞いてみることにした。
「ええーと・・・」
どうしてか、きぬは言い辛そうな顔で私を見ている。
「何か理由でもあるのか? 虎之助や牛丸普利男、そして、あの顔を思い出すのも汚らわしい村人Aは、まあ仕方がないとしても、私のマスターである竜也が先ほどの牛丸普利男のように接せられるのはあまり面白くないのだが」
「それはその・・・ごめんなさい」
「いや、謝ってほしいのではない。今までのきぬの態度を見ていればわかることだが、男に対してはかなり口が悪くなるのに、女と話すときは今のような穏やかさだ。何か事情でもあるのではないかと思ってだな。何か悩みがあるのなら、私が相談に乗るが・・・どうだろう?」
私がそう言うと、きぬはもごもごと何かを呟くように言うが聞こえない。
照れたような、何かを怖がっているような、そんな態度だった。
「あの、そうれじゃあ質問いいですか?」
「ああ」
きぬは一つ大きく深呼吸して言った。
「私って、男の子に対してそんなに口が悪いんですか?」
自覚がないのか?
いや、まさかな。
あんなに・・・。
「うむ。まあ、なんだ、心の弱い男ならば、女と対峙すると恐怖を感じるようになるには充分なレベルではないかとは思うが・・・」
「そんなに酷いですか・・・」
目に見えて落ち込むきぬ。
まさか本当に自覚がなかったのか?
「あの・・・ですね。実は私、男の子が怖いんです」
ここにきて、まさかの展開だ。
男が怖い?
信じられん。
普段のきぬを見ていると、とてもそんな感じではないからな。
どちらかと言うと、男を怖がっているというよりも、男を見下している感じだ。
そのきぬが・・・まさか男が怖いなどと。
「男の子と話をしたのって、実は本当に最近なんです」
「何?」
「具体的に言うと、名前は忘れましたが、柊先輩にストーカー行為をしていた男の子に声を掛けたのが、私の人生初めての男の子との会話だったんです」
ああ、あの村人Aか。
それにしても、人生初の異性との会話があのようなゴミ虫だとは・・・。
きぬには同情を禁じ得ないな。
「私の実家は本当に田舎で、周りに同世代の男の子はいなかったんです。それに、そもそも、男の人自体いませんでした」
「そうは言っても父親は――」
と、そこまで言いかけて私は口を閉じた。
しまった!
聞いてはならないことを聞いてしまったか。
だが、
「お父さんは生きていますよ? でも、私はお父さんと直接会ったこともなければ、話したこともありません。仕事でいつも家にはいませんし。写真に写っているお父さんなら知っているんですけど」
「そうだったのか」
「お父さんがどんな人なのかは、お母さんとマリン先生に聞けば教えてくれるんですけど、改めてお父さんのことを聞くとなると、恥ずかしくて。お母さんはお父さんのことをいつもべた褒めしているし、マリン先生からの評価もいいみたいなんですけど」
ここで一つ疑問が発生した。
母親に父親のことを聞くのはわかる。
だが、どうしてマリンにも聞くのだ?
まさか、マリンときぬの父親は男女の仲なのか?
「これがそのお父さんです」
そう言って、きぬはスカートのポケットから一枚の写真を取りだした。
そこに映っていたのは、筋骨隆々とした身長が二メートル近くありそうな男だった。
「む?」
私はこの写真に写っている男を知っているぞ?
マリンの旧友にして、現在マリンの執事のようなことをしている男。
名前は・・・たしか朝比奈大五郎。
そうか、この男はきぬの父親だったのか。
「まあ、お父さんの話は置いておくとして、私には小さな頃から許嫁がいるらしいんですよ。私はその許嫁と面識はありませんが、何でもお母さんのお友達の子供らしくて、母親同士が勝手に決めただけなんですが・・・」
そこで溜息を一つ。
「私、本当にこの学園に入るまで男の子と話したことがないんですよ。そんなだから、私に許嫁がいるなんて言われてもどうすればいいのかわかりませんし、そもそも男の子とどう接すればいいのかも」
大変なんだな、きぬも。
素直にそう思った。
「男の子を前にすると、その、すごく怖くなってしまって、何か話さなきゃと思うと、もうパニックになっちゃって。この前の柊先輩のストーカーさんとお話したときも、本当は元気づけてあげようと思ってたんです。ストーカーっていうのは悪いことだと思いますけど、そこまで真剣に好きになれるっていうのはすごいことだと思うんです。だから、元気づけてあげようとしたんですけど、気付いたたときには、柊先輩のストーカーさんがすごく落ち込んでるみたいで・・・」
なるほど。
あのときのアレは村人Aに止めを刺していたわけではなく、きぬなりに励まそうとしていたのか。
結果はともかくとしてだが。
「それで、今すごく悩んでいることがあるんです」
「何を悩んでいるのだ?」
「・・・さっき私に許嫁がいるってお話しましたよね?」
「ああ、言っていたな」
「昨日、お母さんから電話があって、許嫁の名前を教えられました」
「今まで許嫁の名前を知らなかったのか?」
そう聞くと、きぬはコクコクと頷いて答えた。
「お母さんが話すことはいつもお父さんのことばかりでしたから」
そう言って苦笑するきぬ。
「それで、許嫁とやらの名前を聞いて、どうしてきぬは悩む必要があるのだ?」
そこで、きぬはさらに深い溜息を吐いた。
どう伝えようか迷っているのか、きぬが次の言葉を放つのに少し時間がかかった。
しかし、やがて意を決したようにきぬは口を開いた。
「私の許嫁の名前は・・・・・・」
「名前は?」
「藤堂竜也くんです」
十七時。
きぬの口から発せられた衝撃の事実。
竜也ときぬは親同士が決めた許嫁であるらしい。
そのことをきぬが知ったのは昨日であり、竜也も自分に許嫁がいるということを知らないらしい。
「藤堂くんと私が許嫁であるといっても、実際あまり実感がないんですよね。それよりも正直な話、私としましては柊先輩を応援しようと思っているぐらいです」
「ふむ、どうしてだ?」
「柊先輩って、藤堂くんのことが大好きでしょう? というかベタ惚れですよね? 私は柊先輩のことを尊敬していますし、二人には上手くいって欲しいと思ってます。まあ、本当のことを言うと、藤堂くんのことは嫌いではないですけど、藤堂くんがどんな人なのか私は知りませんし、知らないのに許嫁だからどうこうっていうのは、私自身なんだか・・・」
まあ、当然の反応だな。
「でも、お母さんが私の許嫁に選ぶくらいですから、藤堂くんは良い人なんだと思うんです。そうですよね?」
「当然だな! 竜也はどんな人間よりもカッコイイ! 優しい! 可愛い!」
「ふふふ。グリシーヌさんは藤堂くんが大好きなんですね」
「ああ! 竜也が望むなら私は竜也のこの身を捧げる所存だ!」
「グリシーヌさんって、名前もそうですけど、言うこともたまに凄く乙女ですよね?」
「こ、こらっ。大人の女をからかうものじゃない!」
「・・・え?」
と、突然おかしな声を出してきぬは固まった。
どうしたのだろうか?
「きぬ?」
「あ、いえ、グリシーヌさん今なんて言いました?」
「きぬ?」
「いえ、もう少し前です」
「ふむ、どうしてだ?」
「あー、戻りすぎちゃいました」
「当然だな! 竜也はどんな人間よりもカッコイイ! 優しい! 可愛い!」
「もう少し先ですね」
「きぬ?」
「まさか私をからかって遊んでいませよね? というか、良く今までの会話を鮮明に覚えていますね?」
ふむ。
きぬをからかうのは存外楽しいな。
だがそろそろ止めておいてやろう。
なんだかもう、きぬが泣きそうだ。
「私が女だということか?」
「そうですそうです! グリシーヌさんって女性だったんですか!?」
何故そんなに驚く必要があるのだろうか?
私はこんなにも女らしいというのに。
「私、てっきりグリシーヌさんは男性だと思っていました」
「そうなのか? だが、私は自分が男などと一言も言った覚えはないぞ? そもそも男でグリシーヌという名前は面白過ぎるな」
「そう・・・でしたっけ?」
「そうだ」
「そうですか」
「うむ。ところで、きぬの悩みだが・・・」
「ああ、もういいです。何だか今ので全部どうでも良くなったというか。まあ、なるようになると思いますし。少しずつでも男の子に慣れていこうと思います。許嫁のこともです。あ、それと藤堂くんには許嫁の話はしないでくださいね。今、藤堂くんって柊先輩とのことで大変見たいですから。これ以上考え事が増えるのは藤堂くんも疲れるでしょうし」
「わかった」
竜也のことを考えてくれるとは、きぬは中々いい娘だ。
しかし・・・男が苦手か。
なんとかしてやりたいものだな。
ご意見、ご感想などがあれば是非ともお待ちしておりま~す!
ではでは~