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変化




「式は上げないのね」

「「はい」」


 美優希は口を尖らせたのだが、本人たちの問題でしかないので、これ以上とやかく言う事はしない。

 ココノエ選手と夏樹が入籍したことを、本人たちから報告されて、美優希は二人にご祝儀を手渡した。


「二人で支え合って、しっかりやってちょうだい。それと、デュオチームとしてなら、話は違うけども、同じタイトルに出場するのはなし。理由は分かるよね」

「ああ、八百長対策だな」

「そう。悪魔の証明はできないから、疑いがかからない状況にするの。後、翔君のことをないがしろにしたらダメだからね」

「はい」


 相手が相手なので、手痛い出費となった。

 ないがしろにするなとは言ったが、心配はしていない。

 これを機に、夫婦配信となって、そこには翔も一緒にいる。同棲を始めてからこれまでも、夏樹が練習配信する時はココノエ選手が翔を抱っこするか、遊んであげるかしており、しっかり時間を割り振っている。

 甥と姪が大学を卒業していなくなったので、その分の寂しさはあるようだが、家政婦を雇ってよく懐いてもいるらしく、母親の顔色を伺う翔はもういない。

 稼ぎ時の日曜に休みを合わせて、毎週どこかに連れて行っているようで、保育所で顔を合わせても明るい元気な男の子になっている。

 今年の日本選手権、美優希が会場に姿を見せた時、ゲストたちがぎょっとした。

 ビシッと決まったスーツに、首から下げられたカードは、配信設備スタッフの物だったからである。

 会社の仕事を学ぶ、これが最後でありその一環であるが、事情を知らなければ驚くのも無理はない。IPEX部門の絶対王者として輝いていた人が、面影をほとんど残さず、仕事をしているのだ。

 今まで、取材でスーツを着たことがなく、社会人になってから引退するまで白髪で通し、個人ヴァーチャル配信者になってから、一度も顔出ししていないので、現在のイメージがないのである。

 気付かれれば、美優希の周りには人だかりができ、運営スタッフである為、美優希はそこそこ冷たくあしらった。

 美優希がスタッフとして働く姿は話題とならない。

 分かっていた事なので、引退する時に今後の進退を発表しており、それを知らずに記事を掛けないからだ。国民栄誉賞を貰ったとしても、今の美優希は一般人、と言う事にしないと、藪をつついて蛇が出てくるでは済まない。

 大会終了後、時間は雄太と叶音が寝てしまった後、自身の配信でスタッフとして会場にいたことを明かし、何をしていたのかの説明を行う。


「ぶっちゃっけさ、もっと早く教わりたかったよ。できれば大学入る前」

「懐かしいな。編集手伝ってたの」

「今じゃさ、自動字幕生成機能が高度になったからさ・・・って違う、ミスリードしないの!」

「ぷくくく」

「もう・・・」


 啓のいたずらにコメント欄も気付いて一緒に笑った。

 美優希は、顔出しをする動画配信者を尊敬している。

 生配信と動画配信に求められる技術は全く違い、機材が良ければいいと言う問題でもない。大学に入ってからの動画撮影でそれを思い知らされて以来、動画撮影は嫌いなのだ。


「まじで、手ほどきしてもらう時間はなかったなぁ。お菓子作りの動画って、根本的に撮影方法が違うんだよね」

「撮影は別だったんだろ?」

「そう。大会に出るようになってからは、作ってるところの撮影はさ、参加させてもらえなくてさ」

「そりゃ、それどころじゃないからな。練習しなきゃいけないし、勉強しないといけない。休息もしっかりとらせてやらないといけないから、俺でも参加させないかなぁ」


 本分がどこにあるかと言う話である。

 未だに原因が分かっていない、突然重くなった生理痛、あれから特に参加させてもらえなくなった。


「それで、ブランクができちゃって、連絡するのも、映像制作部の部長は時間外だし、部署が違うからさ、やり難くて、辛かったなぁ」

「ないからな。そう言う細かい技術を説明するサイトとか動画って。感性によるところも多いから、経験が物を言うし」

「そうなんだよね・・・ん?」


 そうやって話していると、輝から連絡が入り、配信に参加してきた。


「輝だけ?」

「うん。野々華とクリスは寝ちゃってる。一先ず、選手権おつかれさまー」

「うん、おつかれさまー」


 輝が何をしに来たのかと言うと、とある企画への参加要請だった。


「お絵描き?」

「うん。美優希も絵はうまいじゃん?」

「プロほどじゃないけど」

「もうぅぅぅ、自己評価低いなぁ。信也の言ってたとおりだぁ」


 いくら美優希が負けず嫌いだとしても、勝ち負けが存在しない世界では、美優希は自己評価が低くなりがちだ。


「概要を話すね」

「いいの?」

「企画初期から、ずっと公開してるから今更」

「あー・・・」


 輝は、お絵描き配信をする時、二十一時前まで久美が自由に描いた絵を、一時間で清書するのを週に二回、決まった日に行っている。残り五日の内、二日間は会社規定で休み、更に残った三日はゲームか雑談、若しくはFPS課のコーチ、企画配信だ。

 この清書を他の人がやるとどうなるのか、その検証をする配信である。


「え、信也さんもいるの・・・」


 配信で必要な物を自分たちで用意する方が早いから、輝は絵を描き続けて来た。その方がコストもかからない。

 このおかげで輝の知名度は非常に高く、最近では数冊の小説のイラスト、雑誌の表紙絵を手掛けている程、プロに一目置かれるプロだ。

 信也に至っては絵を業務とするプロだ。

 現在、素材制作部の主任イラストレーターで、主に背景を手掛ける。また、取引企業に提案する企画部のデザインを、一枚絵に起こす業務もこなす。


「そうだよ」

「二人ともガチプロじゃん。私、アマチュアなんだけど」

「私と信也って得意分野が違うの。その得意分野の中道にいるのが美優希なのね。久美が何を書くか、当日になるまで分かんないんだよね。そこも含めて面白いかなぁって」

「それに、雄太も参加させたらどうだ?」


 啓の思わぬ提案に、美優希はぎょっとして、輝の声が上擦った。


「だって、フェアじゃないんじゃん。勝負じゃないけども。二人は久美ちゃんの絵柄を知っててさ、美優希は知らないに等しいわけでさ」

「啓さん、流石、専属マネはちがうなー」


 輝はすっかり興奮してしまっている。


「・・・野々華とクリスは?」

「二人は別企画かな?プロに絵を教わるね」

「私もそっちじゃない?」

「二人が美優希はこっちだって」


 美優希はがっくりと頭を垂れた。


「なぁ、美優希」

「何?」


 啓に問い掛けられて、美優希は顔を向けた。


「悪いが、俺の目から見てもプロと変わらんぞ」

「だよねー」

「嘘でしょ・・・」

「もう、こんなのリスナーに聞くのが早いだろ。輝さん、配信に載せられるような自分で描いた奴ちょうだい」

「おっけー」


 啓は配信コントロールを行うソフトウェアに、輝からもらった絵と美優希が描いた絵を読み込ませて、並べてみせる。


「リスナーさん、調べるのはなし、輝さんが描いた絵は右か左か、どっちだ?」

「この絵は調べても出ないけどねー」

「え、いいの?」

「うん。案件関係ないし、近日公開予定の絵だし、予約状態になってるから問題なし」


 コメント抽出から回答を抽出した結果に美優希は驚かされた。


「ほぼ五分やん」

「だねー。美優希、見分けがつきにくいの選んでるんだよ、つまり、普通に見分けがつかない、私とほぼ同じレベルってことだよ」

「そうなのね・・・」

「「納得いかない?」」


 啓と輝は声がそろい、美優希はようやく考えを改めた。


「自信もっていいの?」

「必要以上の卑下はみっともないし、美優希は仕方ないかも」

「なんでだ?」

「美優希ってさ、二次創作、ファンアート描かないじゃん?」


 美優希はこれまでファンアートを描いたことがない。正確には、練習の為に近いものを描きはするが、それを発表、公開したことがない。


「描かないは嘘だけどね」

「うん。でも公開しないでしょ?オリジナルにしてもなかなか公開しないじゃん?結局、美優希のイラストレーターとしての一般の認知度が低いから、美優希が絵のことで褒められないの。身内しかその上手さを知らないから、自己評価が低いんだよね」

「じゃあ、せっかく二万人以上も見てるんだから、公開してみる?」

「コメント欄も見たいってよ」


 今日一番の速さでコメントが流れている。


「因みに、私もそんな見た事ないんだよね」

「確かに見せてないかも」

「あー、まぁ、公開しないってそう言う事だもんな」


 スライドショー機能でガンガン表示していけば、コメント欄は大盛り上がりである。


「これが一般の評価だよ」

「うーん、そうなのか・・・」

「少しは自信付いた?」

「うん、ありがとう」


 美優希は輝の企画に出る事を決めたのであった。

 アジア大会、世界大会が控えているので、この企画の配信はそれ以降と言う事を伝えて輝が去り、その日の配信を終了した。

 寝室に横になって雄太と叶音を撫でてあげながら、美優希は今日のコメントを反芻する。


「そっか、私も絵はうまいのか」

「実感わいてきた?」

「今更にね」

「でも、順調に社長ができたことが、できるようになっていってるんじゃない?」


 啓の言葉に美優希はハッとし、今日一番の笑顔を見せて、安心したのかすぐに寝てしまった。

 数日後、アジア大会が始まり、今回は東京と言う事もあって、美優希は家族連れで応援に出かけた。

 また、大会運営からゲスト参加を要請されており、今年は恵美が大学生最後、美春が高校生最後の大会でもある。


「「ゆーくーん、かーなちゃーん」」


 美優希の泊まるホテルの部屋に、美春と恵美が遊びに来た。

 美春も恵美も美優希の配信を見ているらしく、配信中は雄太のことを『ゆう』、叶音のことを『かな』と呼んでいるのに習って、つい最近、愛称で呼ぶようになった。


「お姉ちゃんだー」「ねーね!」


 歩けるようになった叶音の手を握って、雄太は二人の下に向かう。たどり着くと、雄太は恵美に抱っこされ、叶音は美春に抱っこしてもらいご満悦だ。


「あなたたちずいぶん余裕ね」

「ピリ付いたってしょうがないじゃん。ねー」

「ねー」

「王者の余裕って言う奴だな。ほんとに姉妹だわ」


 恵美と美春の様子に、啓はそう言っているが、事情は少し違う。王者の余裕も何も、全選手が絵里奈によって心理コントロールされているのだ。

 現在、マネジメント課の課長である絵里奈は、心理カウンセラーとして十年の経験者で、美優希が高校三年生の冬に入社、合流した。そこから更に十年、選手の主に心理状態を見て来た専門家として内外で認められ、一部のプロゲーマー養成学校の外部講師を務める。

 完全コントロールは叶わないので、啓の言わんとするところも間違いではない。


「今日の練習は終わったし、PSBG部門は明日からだから」

「そうね」

「私は分析終わらせてきたもん」

「雄太と叶音が嬉しそうだから、そう言う事にしてあげるわ」


 本人たちは節目に対して力が入らないので、気にするのは周りの人間ばかりである。


「姉妹がそろうと、誰が想像できたかね・・・」

「ほんとよね」


 遅れてやってきた一義の言葉に春香が同意するこれは、美春に対する嫌みだ。


「美優希お姉ちゃんが見せつけすぎなの。出場できる年齢になる事を意識しだしたら、出たくなっちゃったの。お姉ちゃんたちの横に並びたい、って」

「心配してたのよ。比べられるのに」

「姉たちの成績がとんでもないからな」

「蓋開けたら私と恵美よりすごい成績になりそうなんだけどね」

「「「それ」」」


 本人たちはそんなつもりはなかったのだが、世間では美春は英才教育を受けていることになっており、環境的に間違っていない。


「何したって美春ちゃんは比べられますよ」

「そうなのよね・・・」

「「・・・そっか」」


 溜息ながらに同意する春香、美優希と恵美は啓に言われてようやく気付いたようだ。


「もう心配しなくていいけど、私はそもそも気にしてなかったよ」

「なんで?」

「お姉ちゃんはお姉ちゃん、私は私だし、小学校の時から純粋に比べる意味が分かんなくて。白黒つける為に比較するんだから、つかないものを比べて、無駄なことしてんなー、って思ってた。今は学術的興味があるから、比べてきたら、私、うざい女になってるかも」


 取材の様子を知っている恵美の顔が引きつり、他はよく分かっていない。


「今の私は普通の選手とは逆だよ。お姉ちゃんたちの横に並ぶ目標は達成しちゃったし、心理学の為に選手やってる感じ。だから全勝する事にしか興味ない。優勝はその結果」


 とうとう全員の顔が引きつった。





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