第二子が生まれて
開幕リーグの結果が出そろい、美優希の家にはジャストライフゲーミングの各リーダーたちが、梨々華の指示で報告に訪れている。
PSBGに関しては、恵美が報告に来るはずだが、本来必要のないことと、ある意図があって指示しているので、それだけの為に帰って来るなと厳命し、代理で奈央が来ている。
ジャストライフゲーミングのオーナーは依然として一義であるが、今年度からは全権委任されているので、実質的なオーナーは美優希である。
勿論、目的はそれだけではない。
「「「かわいー」」」
ベビーベッドで眠る、叶音を見に来たのである。
美優希の第二子は女の子で、雄太には妹ができた。予定日より三日ほど遅れたが、二人目と言う事もあって分娩時間はさほどかかっていない。
叶音の名付け親は春香だ。叶音の名付けにはかなり難航しており、生まれてから決まった名前で、既に五人分も考えた一義はネタ切れのような状態だったのが原因である。それで、春香が叶音の泣く声を聴いてピンと来て付けた名前だ。
叶音の泣く声は世にも珍しく、ソプラノ歌手が泣いているように思わせる、誰が聞いても美しい声であった。その為、美音と付けようとしたが、安直過ぎるので思い止まり、美優希の『希』の字に込められた思いに関連させてついた名前である。
雄太の時のように、母乳は出すぎるほどだが、叶音は液体ミルクであれば嫌がりはしなかった。
「今回は私でもお世話できるの!」
「美春の出る幕はあるのかしらね」
「いじわる」
美春がいじけてしまったが、まずは報告を聞く。
FPS課はPSBGに置いてソロ、デュオ、カルテットで三冠、R5S:CRは五位、前年度に比べると大金星である。
格闘課はストーリーファイターでベストフォー、スカットブラザーズで二位、スカットブラザーズはアジア王者だったのだが、今回はミスが目立った。
パズル課はテトリカ101、ぷにぷにで優勝だった。今年からテトリカエフェクトコネクターに出場した夏樹、ココノエ選手にみっちり仕込まれた技術で、二位と言う成績を残し、晴れてゲーミング部で正社員登用を勝ち取った。
MOBA課は今年引退と言う事もあって気合が入り空回り、二位だった。
モバイル課はタイトル変更したにも関わらず優勝、そのタイトルがIPEXモバイルである為、美優希たちの残したデータをフル活用しての結果だ。
RPG課は無類の強さ、結果としての魅せプを量産しての全勝優勝だ。
「一部納得いってないみたいだけど、開幕リーグお疲れ様。けいー」
「ん?」
書斎から出てきた啓、配信中でなければリビングとの扉は開けっ放しするので、防音加工がされていても、ある程度大きな声を出せば聞こえる。
「皆来たし、天気もいいし、バーベキューでいいよね」
「いいよ。準備も終わってるし」
「去年のふるさと納税の奴も出したら?」
「あー、使い切れなくて残ってたもんな。ちょうどいいからそうするわ」
美優希は諫めようとするリーダーたちをガン無視で話を進める。
「黙って祝われなさい。それに、梨々華部長から聞いてるわよ。あなたたち、根を詰めすぎ」
といって黙らせた。
特にひどいのはR5S:CR、寝る間も惜しんで自主練習しており、学校への遅刻に加えて、高校生でひどい隈を作っている始末だ。開幕リーグの結果は寝不足が祟ったミスの結果であり、智香の評価では優勝も狙えるほどだった。
次いでひどいのは夏樹、結果は残せたがこちらも寝不足気味で隈を作っており、最近の翔が少し寂しそうにしているのがその証明だ。また、体調管理が怪しいとにらんだココノエ選手によって、ココノエ選手と同棲を始めている。
そして、MOBA課とモバイル課、MOBA課は引退で気が張っており練習に余念がなく、モバイル課はタイトル変更の影響で練習に余念がなかった。
なので、この流れは梨々華から報告と相談を受けて編み出した策略である。
「諦めな。俺の目から見てもやりすぎだ。キッチリ力を抜けてこそのプロだろうが」
「「「はい」」」
ココノエ選手にまで怒られて、リーダーたちはすっかり大人しくなった。
こうして、会社にいる残りの選手たちも美優希の家に訪れ、バーベキューの準備を始めるのだった。
遠慮がちだった選手たちは、始まってしまえば和気あいあいとしており、夕食と言うには少し早い時間であったが、十数キロのお肉をペロリと平らげてしまった。
片付けまで済ませた後、夏樹が翔を連れて美優希の元へやってきた。
ダイニングの椅子に上に立って、ベビーベッドで眠る叶音を眺める雄太と翔、飽きると叶音を抱き上げた啓に連れられてロフトスペースに遊びいった。
「どうしたらいいでしょうか?」
そう言われて美優希は開いた口が塞がらなかった。
夏樹は、賞与、即ち賞金振り込みに関する相談をしたくて再度やってきたのだ。
賞金は完全個人出場であれば、直接個人に支払われるが、チーム所属はチームに支払われる。なので、夏樹の場合は会社に一度支払われ、その後、賞与として選手に支払われる。これは税金の計算を会社でやってあげて、選手活動に専念させる為だ。
夏樹が有する口座は郵貯銀行のみで、預入上限額が一千三百万と明記されている。開幕リーグの賞金がその倍以上ある為、超えた分がどうなるのか分かっておらず、周りも教えていなかったのだ。
この後、ココノエ選手と梨々華にお叱りを入れることにして、夏樹に説明する。
「決済用預金口座、郵貯だと振替口座を作って、超えた分は振替口座に入れてもらうようにすればいいんだけど、振替口座に問題があってね。ちょっとこっち来て」
「はい」
リビングから書斎に移動して、パソコンのスタンバイ状態を解除した。
「これ見て、振替口座からの払出しが三年間ないと、解約になる恐れがあるの。あなたが引き出すのは払戻しだから、それじゃダメなのよ。それに、通帳がないから管理が面倒」
「そうなんですね」
「そう。うちはメガバンクの一つ、ミツイスミトモ銀行と取引があって、支店も車ならわりと近いし、呼べば営業さんがすっ飛んで来てくれる。期間も長いしこっちは停止だから、再開手続きでいいし、通帳もある。梨々華部長に言えば呼んでくれるし、同席もしてくれるよ」
「じゃ、そうします」
今では社員全員が、ミツイスミトモ銀行の決済用預金口座に切り替えている。
「あ、この機会にキャッシュレスにすると良いよ」
「キャッシュレスですか?」
「そう、財布って、結局色んなカード入れて持ち歩くわけじゃない?なくしてしまうと損失が現金だけじゃ済まないわけ。ポイントが付く決済方法にすると、ポイントカードも一本化できるし、スーパーやコンビニの買い物も早くなる」
「クレジットカードとどう違うんですか?」
夏樹はクレジットカードに忌避感はあまりないが、今まで縁遠いものだったので、クレジットカード自体もよく分かっていない。
「ほぼ同じなんだけど、今のスマホってね、静脈認証が入ってるから、大規模な犯罪でも悪用され難いの。パスワードなんてその気になれば、一日もかからずに突破されるし、指紋は偽造が簡単だからね。世界大会のセキュリティは静脈認証一択だから」
「静脈認証ってそんなにすごいんですね」
偽造以前に入手方法が難しく、偽造するにも体内の情報なので必然的にコストが高い。
「それに、スマホで決済するなら、予め入金が必要な場合もあるの。それだったら使いすぎを防止できるでしょ?」
「確かに」
「ネットじゃ、あーだこーだ言われてるけど、所詮は使う人の問題だから。私は共同管理だけど、ほら」
表計算ソフトを起動して該当部分を塗りつぶす。塗りつぶししないと記入されているのか分からないからだ。
「選手時代のだからほぼ啓の記入だけど、こうやって、目に見えるように管理すると、必然的に、実感がわいてセーブできるようになるから」
「便利ですね、やってみます」
その後も、これからの事について夏樹に色々相談されたのだった。
翌日からの選手たちは、マネージャー陣の絶対管理下で練習することになり、報告を受けた美優希から溜息が出る。
また、夏樹に関して、ミツイスイミトモ銀行の営業がその日の内に来てくれて口座を開設し、給与の振込先を変更した。更に、翌日には今まで使っていた中古スマホを、最新の新品スマホに変更すると共に、引き落とし口座を変更した。
夏樹の件は梨々華とココノエ選手に事情を聞いてから雷を落とす。失念していたと言う回答では、叱るしかない。損失はないので顛末書、所謂始末書は書かせなかった。ジャストライフに始末書は存在せず、起こった事を残しておく為の顛末書しかないのだ。
そうして迎える八月の本戦前、美優希の家に遊びに来たのは恵美と智香、雄太に会いに来たのは勿論の事、叶音にも会いに来た。
「「かわいー」」
彼氏も連れてきており、啓にいじり倒されて顔を真っ赤にしている。
とは言っても、啓と話す目的は、プロ選手の支え方だ。啓が出した本を教材に、いろいろと聞いている。
「傍にいる、か」
「君たちだと難しいけどね。恵美ちゃんも智香ちゃんもルームシェアだし、がっつり四年契約にスポンサーだから」
「それなんですよね」
「訪ねる事自体は難しい事じゃないから、そこを活かすしかないな」
雄太が置いてけぼりにされているかと言うと、そうではなく、恵美に抱っこされており、叶音は美優希に抱かれて寝ている。
また、雄太の時がそうであったように、首が座るまで、一義、春香、美春、啓以外には誰にも抱かせない。経験させてあげたいが、怖くてしょうがないのである。同じ理由で、例えお願いされても抱きはしない。
啓と彼氏二人の話が長引きそうだと感じ、天気もいいので、テラスに出してある子供用のビニールプールで遊ばせることにした。
二人とも水着は持ってきているよう。智香はワンピースタイプ、恵美はビキニタイプで、Tシャツを上から来ているが、色が濃いので分かってしまう。
美優希は叶音を抱いたままブランコに座って、水遊びする三人を眺め、父親がどれだけすごかったのかよくわかった。
子供のパワーは本当にすごい。
一義には、大人しい方だったからあんまり苦労していないと聞いた。雄太もそう走り回る方ではなく、どちらかの親にくっついて回って、よく抱っこをせがむところも、よく似ているとも言われた。
好奇心が欠落しているかと言えば、決してそうではない。手を引かれるのだ。思った以上に力もあり、おもちゃ売り場やお菓子売り場では引っ張りまわされる。
そう言えば、一人にされる時間がほぼなかった。
お留守番なんて小学校で何度あった事か、それこそ片手で数えられるだけであり、持たされてはいたのだが、真の意味で鍵っ子であった時期なんてない。帰って来ると必ず父親がいた。
「雄太、叶音、寂しい思いはさせないからね」
ぽつりとつぶやいた美優希の言葉は恵美に聞こえていたらしい。口パクで、『卒業したら協力するからね』と言った。
お礼を聞くつもりはない、恩返しだから、そう言いたげに、恵美はすぐに雄太の相手に戻ったのだった。
その夜、雄太が恵美と智香と寝てしまい、寝室には叶音と啓と三人でベッドに横になっているが、美優希は眠れなかった。
叶音の夜泣きによって、いつものように啓も起床、ベッドの上で母乳を上げているところを見守っている。
「もしかして、寝れない?」
「うん」
「そっか」
啓から微笑みが消えてしまった。
母乳を上げ終えて、啓が叶音を受け取ってげっぷをさせ、その間に美優希は服を正す。叶音は寝かされるとそのまますぐに眠ってしまい、啓は美優希をリビングに連れ出した。
ローソファーに座り、美優希は啓に膝枕されて泣いた。
美優希は悲しくて泣いているのではない。うれしくて泣いているのだ。事の顛末を聞いた啓は苦笑するしかない。
「幸せ過ぎて怖い」
「大丈夫だよ。それが美優希の辿ってきた道の結果なんだから」
「うん」
美優希がそう感じても仕方がない。
そもそも、美優希が関わる人間と言うのは限られており、社会人になってからは、相手からやって来ないと、関わらないことが多い。
自分の知名度は分かっているので、買い物や公園、遊園地等に出かける時は、帽子、サングラス、日傘のいずれか一つにマスクは欠かさず、化粧を変えるので基本気付かれない。
その生活上、大半が通販かふるさと納税返礼品なので、宅配業者や郵便配達の人とは顔なじみだったりする。
「美優希、例え偽善だったとしてもな?基本的に、善には善、恩には恩が返って来る。それに、美優希には本能的に屑人間を見分けている節がある。お義父さんもそうだし、だからこそ、そのおじいさんとおばあさんを切り離して考えられたんじゃないのか?」
「・・・そう、かもね」
「いい人の周りには、いい人が集まるんだ。だから、怖がる必要はない。今まで通りでいいんだよ」
「うん」
心なしか、美優希の表情は和らいだ。