引退・上
ダウンを取ってキルを取らせる。IPEXではダウンを取った人にキルポイントが入るので有効な手段だが、PSBGではキルを取った人にポイントが入り逆効果になる事が多い。
奈央と麻央が生み出した戦術は、ポイント分散も視野に入れた上で、最後に勝つことが前提となって成り立っている。ただやるだけでは綱渡りをする戦術で、同じことをして楽に勝たせてしまうチームもいる。
恵美はカルテットの一戦目、これを盛大にやらかした。
ソロでは関係ない事なので、ミスに拍車をかけている。その為、智香は恵美を思いっ切り、その頬を引っ叩いて気合を入れ直させた。
その場にいたジャッジは問題にしなかった。それは、恵美が引っ叩くように頼み込んだからだ。本来ならば奈央と麻央も引っ叩くはずだったが、許されたのが智香の一発だけだった。
この行為は大会中問題になることはなかった。
そうして気合を入れ直された恵美は、車両で移動する敵を一発の弾丸で二人抜いてみせ、最も火力の高い弾数制限のあるスナイパーライフルで、惜しみなくキルを取った。
その為、ポイントを横取りしていく形になり、恵美の累計キル数が膨れ上がった。その間の三人はしっかり周りを見ているので、下手に襲おうものならポイントに変えられるだけ。
恵美へのヘイトが高くなっていくが、簡単に抜けるわけもなく、PSBGカルテットは優勝を果たした。
デュオの方も、同じ戦術ができるチームが存在しないので、試合のペースを終始有利に進めて優勝となった。
パズル課はテトリカ、ココノエ選手は元世界一位と三十分に及ぶ激戦を制して優勝、トーナメント形式での勝利に、名実ともに世界一位を不動のものとした。ぷにぷにの方は三位、悉く自摸に嫌われてしまったのが原因だ。
モバイル課は、去年負けてしまった選手に勝てたことで、勢いが付き、そのまま優勝を勝ち取った。
鮮烈なデビューを見せた美春、三本勝負を負けなしで迎えた決勝、心理戦術の裏読みをされてしまった。と言っても、対策となるモンスターを用意しており、それがそのまま、敵と観客の意表を突く形となって、結果的に魅せプで勝ってしまった。
配信では実況と解説が大興奮し、極めてマイナーなモンスターであった為、解説はその場でモンスターの詳細を調べてしまう珍事となった。
格闘課は、二タイトルともベストフォーだ。
「B1_0ss0m選手、大会MVP、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「それから、ミュウ選手、最優秀チーム賞、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
姉妹が並び立つ姿は、恵美が大会MVPを取った時と同じように、世界を駆け巡った。
帰国後、美優希たちは引退記者会見と、引退イベントを開く。
「その質問は、私に何を聞きたいんですか?」
記者の一人が、美優希と恵美、美春の関係性を聞いてきて、美優希が放った一言だ。
「あなたは、血が繋がっていなければ家族でない、一緒に暮らしていなければ家族でない、そう言いたいんですね」
「いや、私はそう言う事を言ってるわけではなく」
「少なくとも私にはそう聞こえます。引退する時にまで、ガヤに家族の関係性を否定される謂れはありません。私だって恵美と一緒に暮らしたかったし、美春と血が繋がっていてほしかったですよ。そして、私自身を否定したあなたの質問に答える筋合いはありません。出て行ってください」
そもそも、招待した記者ではない。スタッフによって強制退出となった。
美優希は一切不機嫌になっていない。どちらかと言えば、『まだ言うか』と言いたげに他三人が不機嫌になったのだ。だから、美優希はパフォーマンスとして怒ったに過ぎない。
それ以外は恙無く午前の会見が終了し、午後の引退イベント会場へと移動する。
引退イベントに参加できる記者は片手で数えられる程で、圧倒的に多いのはファンだ。次いで、今年引退を宣言した選手と、個人的に親交のある選手、元選手となる。
チャンネルに有料会員登録をしている人の中でも、一番高額な登録をしてくれている人を招待した。招待した、と言っても、交通費や宿泊費は自費である。
にもかかわらず、日本人と外国人の比率は同じで、多くの外国人が、わざわざこの日の為に日本語を覚えて来た。年代は下が十代、上が六十代で、やはり多いのは二十代と三十代である。
会場のど真ん中には、これまで教わってきた春香の技術を結集し、美優希たちが作ったケーキが鎮座、来場者全員にふるまわれる。これまでの動画は嘘ではないと、証明する為だ。
「全部本気でやれるからこそ、世界の絶対王者、初代クイーンズだよな」
誰かがそう漏らし、美優希たちの知らない所で盛り上がっている。
そんな参加者の内、意外だったのは五十代の多さだ。現在の五十代は、当時三十代後半から四十代前半、娘を応援するような立場だったらしく、アカウントをみて納得した。そう、一番建設的なアドバイスをくれ、体や心を心配するコメントの筆頭だったからだ。
恵美や美春の事も同じように見ており、五十代は全員が、美春のチャンネルの高額有料会員だった。
会場にはこれまで獲得したトロフィーや楯に加え、愛車も展示しており、その周りにいるのが、五十代のファンたちだ。
「どうですか?」
「なんて言うか、イメージ通りなんだけど、やっぱりNonNon選手が意外ですねぇ」
「NonNonも割と現実主義ですからね。カガヤキは普段から夢や憧れを語りますし」
「そうなんですよねー」
NonNonの愛車はローテス、イヴァイヤだ。ローテスはイギリスのスポーツカーメーカーで、イヴァイヤはEVハイパーカーである。
「ただなぁ、私の認識としては、このイヴァイヤ、ミュウ選手の方が似合うかなぁ」
「分かります。すっごい失礼なので、これ以上は言いませんが」
「ん?いいですよ?」
「ほんとに?」
「だって、四人の中で男性受けのいい体付きしてるのは、他社の取材で自覚させられたので」
美優希のこれは愚痴である。
「そんな失礼な記者、まだいるんですね」
「いますよ。一、二歳の子供にカメラ向けて無言でフラッシュを焚く、馬鹿なカメラマンだっていますし」
「カメラ持つ資格なしだな」
「選手らしい悩みと言うか愚痴と言うか」
驚きを通り越して憐みの表情である。
「この西瓜、結構悩みなんですけどね。重いし足元見えないし」
「そんなに重い?」
「そうだなぁ、男の人なら、一キロ半を肩からずっと下げてる感じですね」
そう言うと、一人のファンが、背負っているバックパックを降ろし、荷物を入れる方を前にして付けて見せた
「こんな感じかな?」
「そう!それ!いい!結局ね、肩紐ブラ付けてるから、まさにそんな感じ!」
美優希は手を合わせて少しだけ興奮気味に同意した。
「あー・・・これが今日の荷物だと二キロぐらいだから、まぁ、これより軽くても一日中は辛いですね。すごいなぁ」
「机に乗せてたりするのもうなずけるわ」
違うファンの奥さんが美優希と同じくらい大きいらしく、偶には気遣ってやらんといかんなぁと、遠い目をしていた。因みに、美優希は画角を外して乗せて配信している事もあった。
そんな下世話な話で盛り上がり、少し落ち着いたころ、話を変えられた。
「そうだ、PSBGのキャリコキャット選手は大丈夫なんですか?」
キャリコキャット選手と言うのは智香の事だ。英語で三毛猫を差し、C4l1c0C4tと書く。
彼らが何を心配しているのかと言うと、試合中に智香が恵美を引っ叩いたことである。
「うちとしては問題にしてないですよ。エイミーが頼んで叩かせてますし、今後は別の方法にすることを約束させましたけどね」
エイミー選手とは恵美の事で、恵美はシンプルイズベストの考え方で、インゲームネームを考えている。その方が覚えてもらいやすいのは確かである。
「謝罪はしないのですか?」
「誰に?」
所詮は内輪揉めでしかない。美優希は少し引き気味にそう言った。
「確かに、誰に謝るんでしょうね」
「メディアは黙ってないと思いますけど」
「言わせておけばいいんですよ。事実誤認、事実無根の記事を出せば記者を潰して、記事を取り下げさせるだけの話なので、いままで通りですよ」
「・・・そうですね」
結局そうなのだ。
配信を始めた時も、生い立ちを公開した時も、顔を出した時も、子供が生まれた時も、正規の取材を通じない記事は全部取り下げさせた。
美優希たち、或いは一義の認識では、ファン活動で金銭を得る行為は、行き過ぎだと思っている。だからこそ、配信と内容を第三者が利用する行為を禁止していた。
「そう言えば、初期のVだった頃の同人って、あれも潰したんですか?」
「はい。著作権を持っているがカガヤキで、代理人が会社、制作には社長も関わっているので」
「あ、片岡社長って小方修一さんでもありましたよね」
「はい」
「じゃ、潰してるわ」
一義はイラストレーター時代の前から同人活動に否定的で、ファンアート以上の物は描いていない。また、関わった小説も一義の意向で、十八歳未満が触れられない作品及び、金銭発生は許可していなかった。
金銭発生の時点で商売と捉えているからである。
「片岡社長って同人嫌いなんです?」
「元の作品をリスペクトできない同人作品が嫌いなんです。なので、同人自体は嫌いではありませんよ」
「ミュウ選手は?」
「ガイドラインに従っていれば、何も思いませんね。好き勝手するのなら潰す、ですね。問い合わせできるようにしてるし、答えるって言ってるのに、それもしないのは無理です。ガイドラインも出さずに答えもしないのなら、好き勝手されても仕方ないと思ってます」
「良心に任せる方が悪い、ってわけか」
「ええ」
初めはファン活動の委縮を懸念して、ガイドラインを公開し、問い合わせフォームを設置し、注意喚起を行うにとどめた。
それでも、キャラクターを無断使用され、十八歳未満の利用が禁止される作品に利用され、無断で切り抜きチャンネルが立ち上がり、収益化にまで至るのである。
切り抜きチャンネルに関しては長らく対処しなかったわけだが、子供が生まれて、流石に、となったわけである。
「さて、そろそろですよ」
「ん?」
「私達と遊べる抽選会」
引退イベントはファンとの交流会を主としている。
展示物はついででしかない。それこそ、愛車を持ち込んだのも、ファンが実際に見たい要望したからである。
何をして遊ぶのかと言うと、当然IPEXである。
五百人ほど来ており、招待選手もいるので、実際に遊べるのは、二戦やったとしても百人ほどだ。それでも今回のイベントで一番盛り上がった。
美優希たちは力をセーブして、周りに合わせる努力もしたのだが、つい先日まで世界大会で戦った癖は消えない。美優希たちを倒そうと、次々現れる敵をはじき返し、早々に二戦が終わってしまった。
だからと言ってもう一戦できるような時間はない。
その後、記念撮影を行い、たくさんのプレゼントをもらって、イベントは終了した。
翌日
「えみおねえちゃん!ともかおねえちゃん!」
「「雄太君いらっしゃい」」
久しぶりに会えるのを楽しみにしていたらしく、恵美と智香の顔を見た雄太は、満面の笑みで二人に抱き着いた。
玄関扉を開けたまま、迷惑になるのですぐにリビングへ、そこで美優希は驚いた。
「あなたたち、リビングで配信してるの?!」
「そうだよ。リビングだと変に反響しないし、料理動画取るのも楽」
「配信中は、冷蔵庫が近い方が、いろいろ便利なんだ」
「それは分かるけど・・・」
二人らしいと言うか、ストイックと言うか、カウンターキッチンの目の前に、机とパソコンを置き、ダイニングテーブルは本来ソファーを置くところにある。
二人が言うように、この配置は料理動画にカメラのコストをあまりかけなくて良く、かなり近いので料理の生配信も楽に行える。
「吸音材も薄いけど壁全面に直貼りだし」
「それは来た時からだったよ。ね?」
「うん」
「は?」
これには驚かされた。よくよく話を聞くと、答えが分かる。
この階は全室ルームシェア向けで、楽器を許可して近くの音大生を狙い撃ち、個人の映像情報発信の需要も見込んで運用している。その為、RC造の防音性を更に高める為、全部屋の壁紙が吸音材になっている。
「なるほど、それで、吸音材が黒じゃなくて、白なのか」
「そう」
「拓哉さんが二人の為に用意したとかじゃないのね。よかった・・・」
「もしそうだったら、ちゃんと報告する」
「・・・そうね、あなたたちはそう言う子だものね」
美優希は二人を抱きしめてあげた。
「さて、恵美ちゃん、お祖父ちゃんの所にいくよ」
「うん!」
「智香ちゃん、恵美を借りるね」
「はい。あ、クリスさんから、その間、私を借りるって」
「っふふ、わかった、って伝えておいて」
「はい!」




