クイーンズ
九月、アジア大会はオーストラリア、クリステルを除いて、美優希たちは子供共々、他のチームに温かく迎えられた。いや、子供にメロメロになっていると言った方がいいだろうか。真理香が渡航できずにクリステルはリモート参加である。
雄太と久美は色んな人と出会えてうれしいようで、ずっと笑顔を振りまいているからであろう。
また、他の女性プロに野々華はお腹を触られて、妊娠時期を誤解されているのは言うまでもない。
子供嫌いの選手も中にはいるのだが、流石に、トッププロの帰還で、自分も話をしたいが為に我慢しているようである。
そんなアジア大会予選、開幕リーグの影響から、全体のレベルが上がっており、クリステルはメタ変更を決定し、更にキャラクターを固定しない戦術戦略も封印した。
中三日空けて決勝、いつものように午後からIPEX2の決勝、昨日時点でソロのアジア王者に輝いた恵美に触発され、三人は気合十分となっていた。
一戦目、美優希たちはいきなり二チームに初動被せをされ、もれなくポイントに変えてやったが、輝を落とされてしまい、蘇生もできなかった。その為、順位ポイントを貰えるところまで行かない。
二戦目三戦目、初動被せをしてきたチームに初動被せやり返し、安全地帯にも恵まれ、チャンピオンを取った。
これで、四戦目以降の初動は安全となり、安定してポイントを獲得、一日目を一位フィニッシュした。二日目、午前にPSBG2のデュオで奈央と麻央の二位が決定し、泣く二人を慰めつつの午後のIPEX2の決勝となった。
初動被せもなく、三戦目以外は安定してポイントを獲得、その三戦目はIPEXクイーンズの強さを見せつけた。
安全地帯に恵まれなかったので轢き殺しを敢行し、次々と敵チームをポイントに変えて行く。やり合っているところにちょっかいを掛けて来ないので、十五キルを稼いだ上で、チャンピオンを取った。
そんなものだったので、どのチームもお通夜状態、ポイント集計を待たずして、美優希たちの優勝は決まったようなものだった。
表彰式、堂々の優勝トロフィーを貰って、翌日のPSBG2カルテットの結果を待った。
なお、パズル課の選手二人は二位、格闘ゲーム課はソロ二位、団体優勝を飾っている。モバイル課とMOBA課はベストフォーを獲得している。
翌日、気を引き締め直した奈央と麻央、智香の名采配により、圧倒的優勝を飾った。特に恵美は、今年から導入された大会MVPに輝くほど、見事なスナイパーライフル捌きだった。大会過去最高合計キル数を記録していたからである。
こちらも今年からの導入で、最優秀チームとしてジャストライフゲーミングは表彰され、チームオーナー代理として、美優希は盾を受け取ったのだった。
「チームの選手、皆が素晴らしい活躍でしたね。その秘訣はどこにあるのでしょう?」
「チーム選手すべてを、会社が、家族が、一丸となってバックアップをしてくれています。それ一点に尽きます。でなければ、母となって戦う事はできなかったでしょう」
インタビューでそう答えた美優希、スタンディングオベーションを貰ったのだった。
大会後パーティでは、またも子供たちがアイドル状態に、色んな選手にあやしてもらい、雄太と久美は上機嫌だ。
椅子に座らせてもらっている野々華とクリステル、その隣に並ぶ美優希と輝、ゲームタイトルを問わず、様々な選手と交流する。
「IPEXクイーンズの次はPSBGクイーンズかな?」
恵美たちが傍に寄ったのと同時に、そう言う風にRASTが声をかけて来た。
「そう呼ばれる成績を残せるかな?」
「「「「残します」」」」
そう強く宣言するリトルクイーンズの姿もあった。
翌月、世界大会はインド。
雄太と久美はアジア大会同様に、啓が面倒を見て、スクリムではIPEXクイーンズの帰還をしっかり印象付けられた。クリステルはまたもリモート参加である。
IPEX2決勝、同時並行でPSBG2のカルテット決勝が進行する。会場のキャパシティの影響で、日程がアジア大会と変わってしまったが、あまり影響はない。
前日には恵美がソロで世界王者を取り、解説によって、恵美はリトルクイーンからPSBGクイーンへと通り名が変わった。また、奈央と麻央も大健闘、意地の二位を獲得し、PSBGクイーンズへの通り名変更に大手を掛けた。
一日通して行われるIPEX2決勝、一昨年同様に、美優希たちはキャラクターピックアップを変更しまくり、輝も変更させて敵チームを翻弄し続けた。
初動被せには初動被せをやり返しつつも、安定してポイントを獲得、最後の試合ではチャンピオンを取った。
PSBG2では全員のスナイパーライフルが光り輝き、敵チームは姿を出せない状況を作り出していた。安全地帯の影響で一戦落としてしまうが、安定してドン勝もしくは二位、三位を獲得していた。
獲得順位がぶれない事の強さ、リトルクイーンズ二世はPSBGクイーンズとなり、PSBGクイーンズとIPEXクイーンズは同時優勝を成し遂げた。
パズル課はココノエ選手が二度目の世界王者に、格闘ゲーム課はソロで世界王者、団体で三位を取った。更にモバイル課が心理戦術を駆使して二位に、MOBA課はベストエイトだが順位を上げている。
大会MVPは逃してしまったものの、最優秀チームとして、ジャストライフゲーミングは名実共に世界的実力を持つチームとして認められた。
大会後パーティでは二年ぶりの再会に、ハグで挨拶、雄太と久美にはわざわざ覚えて来た日本語で喋りかけてくれ、野々華の周りに女性プロとマネージャーが集って、代わる代わるにお腹を擦るなど、好意的に温かく迎えてくれる。
クリステルはスマートフォンでリモートを掛けて、選手たちに子供披露し、とある選手が溜息ながらにこう言った。
「俺も子供が欲しいなぁ」
「お前はまず相手を見つけないとな?」
チームメイトに肩を組まれて窘められ、肩落とす選手、お相手づくりからではだいぶ遠い道のりなのかもしれない。
お約束のような会話を聞いた後、iHalがやって来て話題はPSBGクイーンズへ、てっきりIPEXに送り込んでくると思っていたのが理由だ。
「なるほど、賞金の食い合いと八百長か」
「チーム内にライバルがいる事は良い事だけど、悪魔の証明は、所詮、悪魔の証明なのよ」
「確かにそうだ」
「そもそも、初動被せのやり返しは八百長疑惑にならない為にやる側面もあるの。最も、やるなら落とせるぐらいの練習をしてからやってほしいけど」
美優希の一言に消沈する初動被せを行った選手たち、トップを蹴落とすチャンスではあるが、対策している事を分からせる一言だった。
大会外のプレイでは、初動がかぶったところでわちゃわちゃするだけの話だ。
しかし、大会ではポイント養分になる場合もある為、落とせるように戦術を組み立てる必要があり、ランドマークと言う時点で対策されている事も頭に入れなければならない。
「八百長は無理なのよ。同じチーム所属なら、内部告発でもない限り、いくらでも隠滅できてしまうからね」
この言葉によって、選手レベルでの対策会議に発展した。過去に二度も事件に巻き込まれている選手だからこそ、周りは無視できなかったのである。
結局のところ、スポーツマンシップに任せるしかない、と言う答えしか出ないのだが。
帰国後、取材の申し入れが殺到した。
「妊婦と乳幼児がいるのになぜこちらが赴かなければならないのですか?弊社にはスタジオやセットがありますし、チームの東京拠点には、取材の十分な設備と乳幼児用の設備もあります」
啓が電話口で堪忍袋の緒が切れて放った言葉である。
これまでの行いで、少数となった申し入れがだが、生き残っている申し入れの態度が横柄なのだ。ただでさえ移動は大変なのに、それが分からないらしい。
「自分の足で稼げないのかしらね」
電話を切った啓が溜息を付いたのを見て、梨々華がそう言った。
「得てして力を持てば、おかしくもなりますよ」
「そうね。あなたはそう言うところに惚れたの?」
「惚れたと言うより、安心した、でしょうかね」
「ああ、確かにそう考えてもいいわね。んー」
言い切るが早いか背伸びするが早いか、梨々華は椅子が倒れんばかりに仰け反りながら背伸びをした。
「美優希ちゃん近くにいる?」
「隣にいますが、練習中です」
「そっか。雄太君可愛い・・・」
梨々華は雄太の顔を見たくて、啓がリモートにしてくれたことを感謝している。啓が抱っこしている雄太に、顔がふやけているのは言うまでもない。
「失礼は承知なのですが、課長は、ご予定はないのですか?」
「あ、そのことも含めて、美優希ちゃんとも話をしたいのだけど」
「ああ・・・いまは大会の見直し中で、戦術研究中なので、今はちょっと」
美優希の様子を覗き込み、喋っている内容からしている事を察して伝えた。
吸音材が張り巡らされた部屋、啓が超指向性マイクを使っているので、叫ばない限りは美優希の声は入ってこない。また、二人して密閉型のヘッドセットをしているので音漏れもない。
「それじゃ・・・仕事が終わったら、彼氏と家に行っていいかしら?話は彼氏関連なのよ」
「構いませんよ。食事しながらで構わないお話なら、夕食を食べていかれませんか?」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
梨々華が家に来ることになり、啓は少し頭を悩ませたあと、早めに仕事を終わらせた。
啓は雄太を抱っこしたまま、キッチンへと移動し、食材を出して確認していると、美優希がキッチンへとやってきた。
「マーマ!」
「はいはい、おいで」
啓から雄太を受け取ると、冷蔵庫から飲み物を出した。
「どうしたの?」
「梨々華課長が彼氏を連れて来るそうだ。夕食をふるまうから、足りるかなぁ、とね」
「昨日からの仕込みだものね」
「課長って嫌いなものあるの?」
「ないはずよ。アレルギーも」
「わかった」
初戦は唐揚げとサラダだった予定を、唐揚げとかき揚げに変えて、オニオンスープを付けるだけの話だ。
リビングで美優希が雄太と遊び、夕飯のいい匂いがしてきたころ、学校から恵美と智香が梨々華と彼氏を連れて帰ってきた。
恵美と智香は自室に消えて、梨々華は雄太の下へ、遊んでくれる人が増えて雄太は大喜びしている。彼氏は『手伝います』と言って啓の手伝いを始めた。
その様子を眺めながら、配膳まで済ませて夕食、ある程度食べ勧めたところで、梨々華が話を始めた。
「結婚式を上げたくないのよ」
「どうして?」
「彼氏がね、親から逃げてるの。それで、いろいろ調べたらかなりやばい毒親でね。逃げてから八年以上たってて、証拠がないから動こうにも動けない。それに、あっちは彼氏の事を探してるみたいなのよ」
「それで、派手なことをしたくないってわけか」
食事中なので、終わってから改めて話すことにし、話題を切り替えて、二人の出会いを聞く。
彼氏の名前は久道七貴、出会ったのは二年前、とある居酒屋の厨房で調理補助をしており、カウンターで意気投合したのが始まりだ。
「何かにおびえてる感じがね、守りたくなって、付き合うようになったのが一年前、同棲が半年前ってところね」
「落とせたんだ」
「もう、猛アプローチよ。居酒屋の大将と他のパートさんも手伝ってくれて。こっちは弁護士の伝手もあるし、もしふらりとやって来られるとまずいからね」
「なるほどね」
現状の七貴は梨々華のコネで株式会社ジャストライフに入社し、秘書課で勉強しながら梨々華のアシスタント業務をこなしている。
さんざんのろけを聞かされて、夕食後、美優希は梨々華と七貴と共に書斎にこもった。啓は雄太をおんぶして家事を、恵美と智香は練習の為に出社した。
「なるほど、それで配信を中止して知恵を貸してほしいと言うわけか」
「そう」
美優希は、リモート会議に輝、野々華、クリステル、洋二郎、真純、そして一義を呼んだ。
「情報を整理したい、事によっては根掘り葉掘り聞くことになる。七貴君は来年から正社員だし、関わった以上は、梨々華課長のウエディングドレス姿を見て見たいからな」
「私もそうよ。所詮、婚姻届を出せば結婚だけど、娘なんだから見たいわ」
「もっと早く相談したらよかったね」
「十分早い方よ。同棲まで半年、同棲して半年でそこまで話が進んでいるんなら上出来じゃない?呼ぶのは会社の人間だけにして、親族席を用意しなければいい話よ」
梨々華の頬に涙が伝った。




