婚約
夏休みに入り、美優希たちの帰省は日本選手権が終わった後だった。
理由は、IPEX世界大会運営に、国別大会の免除を言い渡されたからである。これは選手が入れ替わっていない他の世界大会上位チームも同様である。特別シード権として出場はリージョン大会の決勝からだ。
これに従う理由は、少しでも多くの新しい選手を大会に迎え入れる為である。
また、今年の世界大会ベストフォーは、この特別シード権が付与される。
そうなって、夏休みの前半は何をしていたのかと言うと、各彼氏たちの両親との顔合わせである。
「啓はとんでもない子を捕まえたわね。世界で活躍して、モデルさんのような美人に、次期社長、恐れ入ったわ」
「一目見た時は外人さんかと思ったよ。正に、逆玉の輿だな。主夫というはずだ」
美優希が啓の妹の仏壇に線香をあげている間、そんな会話が後ろで繰り広げられていた。決して声も小さくないので、もういっそ清々しいと言っていいだろうし、そこには美優希の人間性を計る意図もあるだろう。
「美優希ちゃん、お線香、ありがとうね」
「いえ。こんなことを言っていいのか分かりませんが、啓の妹さんが生きていたら、『お兄ちゃんを取られた』と感じて、僻まれていたでしょうから」
「あの子はそうだったでしょうね」
「目に浮かぶようだよ。私たちよりも、啓に懐いていた節があったからなぁ」
未だ、娘の死を引きずっているようだが、概ね、良好な関係が結べそうだと感じた。
現在の啓の両親は飲食店経営者で、啓の父親の前職は海上自衛隊の給養員だったのを活かしているそうで、店は元同僚や現自衛隊員でにぎわう。一階が飲食店兼キッチンで、二階が居住区である。
啓が武術を習っていて、黒帯と言うのも頷けると言うもの、その強さは父親譲りなのだろう。
「しかし、今日来たと言う事は、今年の日本選手権はないのか?」
「特別シード権を得まして、私たちはアジア大会から、来月から戦います」
「そうだったのね。ゲームの事は良く分からないけど、行けたら応援に行くわね?」
「ありがとうございます」
この反応は輝の場合も同じだった。事情が違うのは洋二郎と拓哉である。
洋二郎の実家は母親が検事、父親が国際弁護士と言うエリート家庭で、クリステルよりもIT系企業である株式会社ジャストライフに興味を示した。
と言うのも、ジャストライフはIT業界に置いて、いくつもの判例を持っており、ITに関する裁判に置いて、国際標準を訴えて何度も勝訴を勝ち取っているので、幾分仕方のない事ではある。
拓哉の方は、愛の件が上手く行かず、生前贈与も済んでおり、次男と言う事もあって放任まっしぐらだが、父親の趣味がMMORPG系ゲーム、母親は同じ左利きで、野々華はかなり気に入られたらしい。
旅行ついでに応援に行くと言って、応援に必要な物はあるか根掘り葉掘り聞かれたらしく、その中にはサイリウムや団扇、旗などが入っており、あまりの力の入れように野々華がげんなりしていた。
それで、地元に帰ってくると両家の顔合わせとなる。
面倒だから、と言う理由で居酒屋を貸し切って八家族合同の顔合わせである。
「社員さんの、それで」
会社設立当初からいる矢田部信二、彼の両親が脱サラして居酒屋経営者の個人事業主で、ジャストライフ社員の半数が行きつける居酒屋だ。勿論、経営には信二も関わっており、資金を出している。
「随分庶民的なんですね」
そんなことを言う洋二郎の母親、洋二郎が思いっ切り睨みつけている。
「ドレスコードの存在する高級レストランを貸切って、果たしてこれから良い親戚関係、選手関係になれるのでしょうかね」
「・・・」
「一本取られたな」
洋二郎の母親は言い返すこともできず、夫に突っ込まれてしまった。
「ジャストライフの名は伊達ではありませんね」
「社会は不平等だからこそ、人は平等なんですよ。ここは人が平等になれる場所です。苦労もされた事でしょうし、ここではそんなこと忘れてしまいましょう?肩書の前に人ですからね。たくさんの人を見てきたあなたなら、できるはずです」
「私は、検事正になって勘違いしてたみたいね。そうですね、ここでは洋二郎の母、それ以上でもそれ以下でもありませんね」
「そう、私も美優希の父親でしかありませんよ」
話の分からないタイプではない事は、初めのうちに分かっていた。クリステルは一族に置いて異端なのだ。洋二郎の母方は元判事、父方は代々弁護士である。
クリステルは法学部所属でも、死ぬまで美優希の秘書でいる気があり、もう既に秘書検定に受かっている。法を司ってきた一族にしかもハーフを受け入れている時点で、一義は気付いていたのである。
「まずは、私よりもそれぞれの家族、ですよ」
主催は一義であるが、家どうしの顔合わせが目的である。これを機に、美優希たちと彼氏たちは婚約となるのだ。
一義はそれぞれ指定された席に着くよう促した。
「まずは、この良縁を祝いまして、乾杯」
「「「乾杯」」」
一義が音頭を取って、食事会を開始した。
「そうなると、啓には二人も妹ができるのですね」
「そうです」
先行して、美優希は複雑な家庭環境を自ら伝えていたが、啓の両親は改めて一義に尋ねたのだった。
「優里ともお会いになられますか?」
「そこまでお手を煩わせるわけにはいきません。恵美ちゃんがここにいて、優里さんがここにいないのが、その答えでしょうから」
「そうではないんです。優里は撮影で海外におりますし、日程の都合で帰れないんですよ。この顔合わせ会も優里からすると急遽決まった事ですから、スケジュール調整が効かなかったんです。恵美ちゃんは、美優希に要があって来てたので、代わりに参加させたんです」
「そうだったんですね。では、優里さんの良き日に会いたいとお伝えください」
頭を下げる啓の両親を尻目に、美春と恵美は啓に興味津々で、美優希とのなれそめを聞いてはしゃいでいる。これまでそんな話をしてなかったらしい。
「それで、私たちも、啓君の妹さんに、娘さんに線香を上げたいのですが」
「もちろんです。是非いらしてください」
「ありがとうございます。命日を聞いても?」
「大丈夫です。九月末、二十九日です」
手帳を取り出した一義はすぐにスケジュールを確認、ちょうど土曜日なので、その日に行くことを決めた。
暗い話はここまで、啓の両親は楽しそうに話す啓と恵美と美春に混ざった。
そこで、恵美はそうだろうな、と言う発言をしたが、美春は驚くべき発言をした。
「恵美ちゃんはお姉ちゃんを追うのね」
「はい」
恵美は美優希の後釜として、あれから本当にプロゲーマーを目指す決意をした。美優希も自分の後釜とすべく、空いた時間は指導をしている。
「美春ちゃんは、将来の夢があるの?」
「ある!私、インテリアコーディネーターか、インテリアデザイナーになりたい」
「どうして?」
「あのね、パパとママが偶に、ふるさと、納税?を眺めててね。家具とかも一緒に見てるんだ。後、学校で遠近法を習ったの。その時、お部屋の絵を描くんだけど、すっごく楽しくて、先生にも褒められたの」
その、褒められた時に、先生からインテリアコーディネーターとインテリアデザイナーの仕事を教えてもらったのだとか。
「じゃあ、家具の勉強をいっぱいしなきゃな」
「うん!」
苦笑い気味の一義だったが、昔からのスタンスは変わっていない。
「美春ちゃんはプロゲーマーに興味はないの?」
「私、対戦ゲーム苦手なの。お姉ちゃんみたいに、心が強くないから」
「煽りとかがスルー出来ないの?」
「うん」
うつむいてしまう美春の肩を美優希は抱いた。
「それは時間が解決してくれるけど、気になっちゃうんだね?」
「うん」
「そっか。でも、煽りってゲームだけじゃないからね。いいんだよ、度が過ぎたら言い返して。お姉ちゃんに何でも相談して、どうやってもできなきゃいけない事だからね」
「うん」
明るい笑顔を見せたので、美優希は『かわいいなぁ、もう』と言って美春を撫で繰り回し、美春は美春で嬉しそうにされるがまま。
仲のいい姉妹の姿を見せつけ、顔合わせ会は終わった。
久しぶりの実家、今年の違う事と言えば、恵美が夏休み終わりまで泊まる事、美優希は恵美だからこそ容赦しなかった。理由は後釜になると豪語したが、同じ頃の自分と比べて、恵美は経験値が低かった事だ。
これは仕方がないともいえる。
そもそも、興味を持つのが遅かった。美優希が興味を持ったのが十歳の夏に対して、恵美が興味を持ったのは十三歳の夏だ。更に実際にプレイし始めたのは中学一年生の終業式の後であり、コーチングもまちまちだった。
「遅れてるよ。もっと早く」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい、返事だけ。できなくて当たり前だから謝らなくていいんだよ。どうやったらついて行けるかともかく考えて」
「はい」
美優希はともかく自分について来させた。
多人数多パーティサバイバルゲームに置いて、基本的に移動は最速で行う。FPSゲームは、拮抗した強さならポジション取りによって勝敗がすべて決まる。周りの見るのはそれからの話だ。
「いい?準備は大事だけど、アイテム漁りは回復系があれば程々でいいの。エイム力でカバーできるから。だから、一先ず最速で移動する方法とエイム力だけ考えて、戦術や戦略はそれができてないと組み立てられないからね」
「わかった」
恵美に教えるのは美優希だけでなく野々華も教える。そして、野々華だから気付くこともあった。
「恵美ちゃん左手硬いなー・・・」
「んー、左利き生活してみる?」
「そうだね。私もパソコンに関しては矯正したようなもんだし」
「今は両利きマウス使ってない感じ?」
「結局捨てちゃったね。マウス使うの右の方が早くなっちゃったし」
エイム練習をする恵美の後ろで美優希と野々華が話していた。
「左利き生活すると良いの?」
「それで本当に良くなるかなんて分からないよ?」
「やって見なきゃ分からんだよね」
「まーね」
「じゃあ、やる」
それで、恵美はその日から左利き生活を始めた。恵美は割とストイックな方で、めげることなく普段の生活を過ごし、夏休みは終わっていった。
そして、美優希たちはアジア大会へ、今年の開催は台湾である。
特別シード権によって、戦いは決勝からであり、美優希たちは予選を眺めて、気付いたことがあった。
引退で人が入れ替わって代謝が進んでいるのは、日本だけでなく、アジアも同じことだった。その為、台頭してくるチームがいくつか変わっている。
「世界大会で優勝できなかったら引退でいいかなぁ」
「背水の陣でも敷くつもりなのか?」
ぽつりと言った美優希の言葉に反応したのは一義だ。
「そう言うつもりはないけど、それくらい気合は入れないとなって」
「まぁ、確かに、年々レベルは上がってるよな。付け入るスキが見つからないチームもいるしな。アジアではないが」
「どこ?」
「ヨーロッパだな。どのゲームでも、戦術の流行りの発祥はヨーロッパが主だ。今年のSCARS EUは正直言葉が出ない。去年あったムラッ気もなくなってるし、キャラ選択もお前らと同じで、過去最高ポイントでヨーロッパ大会で優勝してる」
今年はアジアよりヨーロッパの方が開催は一週早かった。理由は、ヨーロッパ諸国で選挙時期が重なってしまい、一週早めて期限を回避したのである。通常は同時開催である。
「後、アメリカのTSMはiHalが引退したんだが、その秘蔵っ子が正真正銘のバケモンだ。ありゃあ、iHal以上の天才オーダー師だぞ」
「そっか、気合入れないとね。お姉ちゃん頑張るからね」
「お姉ちゃんならだいじょーぶ!」
「美春ありがとー」
膝抱っこした美春を抱きしめた。
観戦と戦術会議が終わり部屋に戻ろうとするところを、一義は美優希だけ引き止め、春香は美春を連れて、夜の観光に出かけた。
「突然引退だなんて、どうした?」
「うん。結構選手が入れ替わってさ、明け渡すべきなのかなぁって」
「お前のそれは優しさが過ぎるぞ?」
「うん・・・パパ、膝枕して」
「ソファーじゃ狭いから、ベッドルームに行こう」
ベッドルームに移動し、一義は美優希の我儘をかなえた。
「弱気になってるのか?」
「うん、たぶん。ごめん」
「いいんだよ。頑張り続けるなんて、到底不可能なんだ。甘える時は甘えて、弱音はいくらでも吐け。今まで強がり過ぎたんだよ。啓には甘えてないのか?」
「ううん。結構甘えてるけど、パパに甘えるのとはちょっと違うのかも。そう考えると、啓にはあんまり弱音吐かないかな。たぶん、距離感分かってないかも」
「婚約は済ませたんだ。何でも相談できるようにならないとな」
「うん」
IPEX決勝は中一日開けるので明後日、そして、明日はパズル課の決勝だ。