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変化と事件と日常

 



 大学三年生となって、ジャストライフゲーミングには変化が訪れた。IPEXは一度作り直されることが発表されると共に、輝と野々華が同棲を始めたのだ。

 IPEXには、ゲームエンジンに致命的な欠点があり、ハッキングを受け易かった。その為に、チーターが蔓延しており、ランクマッチの上位帯はチーターまみれだ。ゲームエンジンとはゲームを動かす為の基礎プログラムを指す。

 プロ同士がマッチングした場合、チーター討伐の為の特別なサインが存在する。

 ディスコルドのプロ交流サーバーに置いて、チーターと思しきチームを発見した場合、運営に報告するのは勿論の事、サインによってチーターに対するチーミングを行う。

 チーミングとは、本来的同士が手を組む行為を指し、利用規約では禁止行為に値する。

 しかし、チーターに対するチーミングが許可されており、不法行為には不法行為で返すことが許可されている。

 とは言え、いい状態とは言えないので、抜本的に、ゲームエンジンから見直しが行われる。

 出来上がるまでは、現状のまま運営され、大会も現状のままだ。なお、大会は試合後にパソコンのログが必ず解析されて、不正プログラムの使用が分かるようになっている。


「野々華は高層マンション大丈夫なの?」

「うん、大丈夫になったよ」


 半年ほどかかったらしいが、二十五階の最上階で暮らすことに慣れて、セレブリティーを満喫中だと言う。


「鼻が伸びてたら容赦なくへし折るからね」

「勿論だよ。寧ろへし折ってほしいかな」

「分かった。覚悟しておいてね」


 リモート飲み会をしながら、互いに中の良さを見せつけ合っている。


「輝はやっと来てくれた感じ?」

「うん。アパートの二年契約縛りもあったし、一人暮らしを満喫したかったみたい」

「なんていうかさ、満喫したかったんだけど、一人は大変でさ、二月くらいには嫌気さしててね」

「わかる、結構大変なんだよな」


 啓も洋二郎もうんうんと頷いている。


「拓哉は分かんないかもね」

「うちには半住み込みのメイドがいるからな」

「うわ、金持ち怖っ」

「美優希が言うと説得力ないよねー」


 美優希の場合、いない方が不思議である。


「でも、メイドさんありだと思うよ。その人の目なんて、慣れてしまえばなんてことないしね。一緒に暮らすようになってすっごい楽だもん」

「そんなに?」

「人は選ぶ必要があるよ?でも、家事全般やってもらえると全然違う。単純に時間が増えるからさ、練習も捗るし。私、やってないとできなくなるタイプだから余計ね。だから、そう言うところは羨ましいな。あと、一番雇うべきはクリスだと思う」

「私?」


 クリステルは首をかしげたが、洋二郎は少し考えている様子だ。


「確かにそうかもしれない。学科は違うけど学部は同じだし、大学も同じだから、その分はっていうところはあるけど、俺が帰れない時は心配でしょうがないんだよな」

「メイドにこだわらなくても、家政婦さんでいいかもね」

「そんなに心配?」

「そりゃ心配だよ。今は近くに美優希さんも啓さんもいるから、まだいいけど、歩き方とか見てて怖いんだよ。家だと気が抜けてしまうし」

「確かに」


 大事が起こってからは遅いのである。


「クリス、思うところがあるのは分かるよ。だから強くは勧めない。今は私がいるからね。でも、考えて見てもいいと思うよ。それに、ビジネス関係なんだから気は楽だよ」

「うん、分かった。美優希、もうしばらくよろしくね」

「もちろんだよ。私たちはチームだし、親友だよ」

「うん!」


 そんなことがありつつ、美優希の身に事件が降りかかった。


「なんでそんな男と」


 小さかったが聞き逃さなかった啓は美優希を庇うように位置取りし、サバイバルナイフを持ったフードをかぶった男をいとも簡単に制圧した。

 突進してくるその力を利用し、後ろ向いてしゃがみながら鳩尾めがけて右足で蹴り上げた。躰道における海老蹴りで、大会では危ない技となっているほど破壊力がある。

 息が難しくなって悶絶するフードの男は、ナイフをその場に落として座り込もうとしたところへ、啓は肩を掴んでうつぶせに転ばせて左手をひねり上げた。

 ナイフを左手で持っているところ見逃さなかったのである。捻り上げる際も、馬乗りになって右腕が動かないよう足で固定している。


「これでも躰道と合気道の黒帯なんだわ」


 この啓の一言を聞いて、フードの男は大人しくなった。

 ほどなく警察が到着し、フードの男は逮捕された。


「きみねー、これはやりすぎだよ。骨折してたり内臓破裂してたらどうするの?」

「人を殺そうして生きて帰れる思考の方がよっぽどおかしいと思いますが」

「君が殺人罪とか傷害罪になるんだよ!」

「なっていいですよ。俺は美優希を守る為なら何でもする。ナイフを見せられて、周囲に被害が及ぶくらいなら、俺が悪者になるのもやぶさかじゃないですけど」


 美優希はそんなやり取りにドン引きしているが、こんなに頼もしいボディーガードはいないだろうとも思う。

 とは言え、彼氏にそうなってほしくもない。


「啓、あなたはそれでいいかもしれないけど、私の立場になって考えて」

「う・・・ごめん」

「全く、彼女さんの方が重大性をお分かりのようですね。とは言え、大きめのナイフを持っていたから、正当防衛が成立する。だが、怪我を負わせた事実は変わらない。厳重注意処分にしてあげるから、もっと守り方は考えなさい」

「はい」


 不服そうな態度をする啓は、翌日、警察に呼び出されて調書と一緒に更に怒られたのだった。


「ほんとに武道を習ってたのね」

「ああ、躰道、合気道が黒帯で、空手もすこし、あと真剣つかう流派も習ってたよ」

「それで、コミュニティ福祉学部?警察とか自衛隊の方が良かったんじゃない?」

「学部は妹の影響だよ。妹と同じ境遇を作りたくなくてね。でも、もっとやりがいがある人が見つかったかな。一生をかけていいぐらい。それくらい、美優希って精神弱いんだよ?強がりや甘えん坊はその裏返し」


 美優希は啓の言葉に複雑な顔をした。


「美優希、俺は好きでやってるんだ。妹と同じ境遇を作りたくない、って言うのは、実は建前なんだよ」

「え」

「妹が死んでから、俺の心に穴が開いたんだろうね。勉強と武道に集中しないといけないくらいには、当時はやばかった。同時に本当にやりたい事を見失ったんだ。そして、妹の存在は重圧にもなっててね、焦りからの答えでしかないんだ」


 アイスコーヒーを啓から受け取った美優希の隣に、啓は腰を下ろして息を付いた。


「その答えに従った結果が今の状況なのね」

「ああ。妹の世話を焼くのは大変だったけど、それ以上に楽しかった。気ままだけど、甘えてくる妹は可愛かった。その妹に、美優希を重ねてしまってる。ごめん」

「いいよ。家の事やってくれるから、プロ活動に集中できるし、配信中とかの飲み物はすごくありがたい」

「そっか、ありがとう。美優希は妹程、手はかからないけどさ、支えてるんだって思うと楽しくてね。妹がいたからこそ、美優希の一人暮らしがどれほど地獄なのか、想像に難くないわけで。美優希、安心して、人を支える事が福祉の醍醐味なんだから」

「ごめんね、ありがとう」


 美優希と啓の絆が深まっていく中、全日本プロゲーミング選手権の時期が来た。

 IPEXクイーンズの牙城を崩すチームが現れるのか、IPEX部門はその一点に注がれていた。

 それ以上の話題と盛り上がりを見せたのが、プロの前哨戦として高校生たちの戦いである。理由は単純で、IPEX部門に響輝女学園がエントリーし、IPEXクイーンズの後輩が現れたからである。

 また、週刊雑誌が響輝女学園に出入りする、パズル課と格闘課の姿を写真にとって憶測記事を載せたのも理由だ。

 なお、該当の雑誌社には正式に抗議文が送られ、響輝女学園に学生の環境を乱したとして訴えられている。更に、株式会社ジャストライフにも、事実無根の記事を書かれたとして訴えられ、逆に会社のブラック体質と社長の裏の顔を素破抜かれ、倒産秒読み中。


「出場が初めてなんだっけ?」

「「「はい」」」

「前から言ってるけど、結果を残す事を考えるんじゃなくて、楽しむことを考えて。結果は付いてくるものだからね。金魚の糞みたいに」


 美優希のあまりの例えに、呆気にとられる響輝女学園のゲーミング部、既に美優希の手の内だった。


「なんか違うとか汚いって思ったらそれが正解だよ」


 この一言で心に余裕が出たゲーミング部は笑顔になった。


「オンラインとは言え、私たちの指導について来られたんだよ?自信をもって、あなたたちは新人プロとも渡り合えるくらいには強くなってるんだからね、ね?」

「「「はい!」」」


 いい感じに肩の力が抜けたゲーミング部は、優勝こそ逃したが三位、今後FPS部門における注目株とて名を上げた。

 ゲーミング部は結果をいの一番にジャストライフゲーミングへ報告しに来た。

 妹ができたかのように可愛がる美優希に美春がへそを曲げ、その日の夜は美春に振り回されるしかない美優希であった。

 ジャストライフゲーミングはまた予選が免除、昨年二位のムーンシスターズも同様に免除となっている。


「だいぶレベル上がったね」

「エイムもしっかりしてるし、泥沼の戦いをするところが増えてる」

「ねぇ、美優希、クリス、VSSのチームなんかおかしくない?」

「そう?ちょっと解析してみるね」


 クリスはその場でノートパソコンを操作して、配信されている様子を巻き戻してスロー再生する。

 指摘したのは輝、目的は隼人だったのだが、ムーンシスターズを連れて、会社のゲーミング部へと戻ってきた。


「ウォールハックにオートエイムだ」

「こいつは間違いないな」


 クリステルが出した答えに、後ろから見ていた隼人も同意した。他の面々も確認し、同意した。


「運営分かってくれるかな?」

「ログに残ってればいいけど」


 すぐに全員で通報し、午後の予選は二戦目でストップがかかる。ジャッジによってPC操作を禁止された。

 VSSだけでなく、全チームがPCのログ解析が開始され、VSSは失格、IPEX界から永久追放を受け、すべてのゲームアカウントが利用停止となり、ゲーム業界からも追放された。

 更には電子計算機損壊等業務妨害罪、私電磁的記録不正作出・同供用罪、著作権侵害により逮捕される結果となった。

 当然のように予選はやり直しとなる。おかげで決勝は一日で行う羽目になった。

 蹂躙、圧倒的とまではいかないが、十戦中六戦チャンピオンをとり、全日本プロゲーミング選手権は五連覇となった。

 翌日、これに触発されるようにパズル課の選手が完全に才能を開花、優勝を収めると、格闘課も負けじと団体二位、ソロは表彰台を独占すると言う偉業を成し遂げた。

 なお、MOBA課とモバイル課は連携不足で予選突破が関の山だった。


「マネージャーから心理分析を学んだ結果です」


 絵里奈のおかげだと言いたい格闘課、絵里奈は顔を赤くしつつも、終始ドヤ顔だった。

 才能を持った選手が理論武装までした。

 ジャストライフゲーミングの名前は日本全国に轟き、会社には問い合わせが殺到、対応する梨々華とアレクシアはパンク寸前に、広報営業部に助けてもらう羽目になった。

 一部業務が悲鳴を上げる中、選手たちは映像作成部と動画作成部によって、農業部門から上がってきた野菜をレビューする動画を撮る。

 一日かけて映像作成部によって取られた動画素材は、翌日に動画作成部によって広報動画となり、一本がジャストライフゲーミングのチャンネルで公開し、残りの数本は農業部門のチャンネルで公開された。

 これによって農作物の問い合わせが殺到、広報営業部は淡々と問い合わせをさばいた。専用ECサイトでは、農作物と言う関係上、その日の朝にならないと入荷状況が分からないにも関わらず、連日昼には売り切れが続出、かなりいい滑り出しとなった。

 全てのプロモーションが自社内で賄えたことで、プロモーション費用は最小限に抑え込まれ、会社全体としての赤字分は消えてしまった。それでも損益額が大きいので、農業部門は赤字である。


「初年度なんだから、そんなもんだよね」

「そう言う事、薄利事業覚悟だったんだが、今後の展開次第だな」

「部門の人はどうなの?」

「何組か生活環境が良くなったみたいだな。それぞれの得手不得手を見ながら配置換えをしてみたり、知識共有してみたり、なんだかんだいい感じだよ。掘り出し人材もいたし、暇な社員は農業部門で勉強がてら自ら手伝いに行くぐらいだ」

「さすがだね」


 アジア大会前、一義との個人通話に花が咲いた。




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