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成人式




 年明け、美優希たちは成人式に参加しなかった。


「行かなきゃよかった」


 成人式の翌日、東京に舞い戻った啓はリビングの炬燵でぐったりとしている。体力的な疲れよりも精神的な疲れだ。


「何があったの?」

「友人だと思ってたやつに裏切られたよ」

「詳しく聞かせてくれる?愚痴、聞くよ?」

「ああ、ありがとう」


 地元に帰って旧友たちに会い、式に参加、その後、同窓会にも参加するところまでは良かった。

 同窓会で話しているとお互いの大学生活の話に、啓は大半の旧友たちに羨ましがられた。


「e-sportsの第一線で活躍してるんだ。ゲーム好きなら美優希の名前を知らない人はいない」

「まぁ、そうだろうね」


 だからこそ、美優希たちは参加を見送った。市に、町に、来てほしいと懇願されたが、その時に起こるであろう厄介ごとを、彼らは押さえつけられない事を分かっているからだ。

 SPなんて仰々しい人たちを付けると、それはそれで違い、世界大会で優勝してからは、明らかにパパラッチが増えてもいた。そこで何か失言でもしてしまえば、今後の活動に支障をきたす。

 一義に何度か相談して、参加しないことを公に告知すらした。


「まぁ、さ、妬むやつはどこにでもいるんだよ」


 啓自身、自慢しているつもりはなく、羨ましがっている者たちも、自慢のようには捉えなかった。

 しかし、証拠を出せだの、電話をつなげろだの、騒ぎ立てる輩が出現した。

 それが一人なら、同調圧力で黙らせることはできたが、騒ぐ輩は数人おり、そう言うわけにはいかなかった。

 妹の事を馬鹿にされ、自信を馬鹿にされ、その時には既に、会場の空気は完全に凍り付いていた。

 騒ぎ立てる輩は知らないことで、啓は自衛官の父を持ち、躰道、合気道の黒帯を締める有段者、啓がその気になれば、騒ぎ立てる彼らは病院送りどころの騒ぎではないからだ。


「はっ!所詮ゲームの世界でしか粋がれない、不細工なド陰キャオタク女子だろ?どんなにめかし込んでも馬子にも衣裳。高がゲーム、どうせちょっとうまい位ぐらいで、他だって大したことないんだろ?」

「きさま!」


 啓が怒り出すよりも早く、啓は旧友に羽交い絞めにされた。

 もがく啓の目の前でワイン瓶が割れ、罵声を浴びせていた輩は、ワインでずぶ濡れになり、啓はぴたりともがかなくなった。

 罵声を浴びせていた輩は、その痛みに頭を押さえたかと思った瞬間、女子に頬を叩かれ、返そうとした手を弾かれてさらに叩かれた。

 目の前で何度も手を弾いては頬を叩く女子、奇妙な光景だが、笑うものは誰一人としておらず、ドン引きだ。

 羽交い絞めから解放された啓は、その女子を止めに入った。もう既にやりすぎだと。その際に、肩を突き飛ばして騒いでいた輩を転ばせた。


「ファンのいる前で推しを貶めるなんて、いい度胸してたから分からせた」


 これが、後から聞いたその女子の言い分である。

 両親ともに警察官で、自身も警察学校に通うこの女子は、学級委員に生徒会長を務めるほど正義感に厚く、こうして突拍子もない行動をする質でもある。

 転ばされた方がどんなに喚き叫ぼうと、もう見方はいない。同窓会の主催をしてくれた男の子、同窓会を開く店のオーナーの息子で、彼によって店の奥に連行され、一部始終を見ていたオーナーに、雑巾のように固く絞られた。

 とは言え、頬を叩いていた女子はやりすぎだ。

 ワイン瓶が割れやすく、石頭だったから怪我まではしなかったのだが、立派な傷害罪である。

 出頭すると言ってきかない彼女を、全員で宥めたが説得は失敗、翌日、啓が付き添って彼女の出頭を見届けようと警察署へ、中では何かを揉めていた。


「だから、ワイン瓶で殴られたんだよ!」

「ですから、診断書を出していただかないと、手が付けられません」


 深い深い溜息を付いた啓、喚く男に聞こえるように、侮辱罪の告発と名誉棄損罪の告発に来た、と声を上げる。

 喚く男はまずいと気づいたのか、逃げて行った。

 別室に通されて、音声データを基に昨日の事を説明、証拠はあるが被害届が受理できない状況なので、厳重注意処分と相成った。

 被害者不在の為、どうやっても裁けないのだ。

 それに、女の子は担当してもらった婦警に、注意と言うよりは、懇々(こんこん)と警察官になる事を解かれていた。


「あー・・・お疲れ様、よく頑張ったね」

「うう、みゆきー、ありがとー」


 机に伏す啓を美優希は抱きしめてあげた。


「なぁ、美優希」

「ん?なに?」

「今回の件、墓場まで持っていきたいのと、傷害の被害届が出されたら、音声を公開して相応の対応をしようと思うんだ。俺はともかく、美優希たちどころか、選手全体を貶めてるからな。マネージャーとして看過できない」

「分かった。私からパパに伝えておく」


 もう一つ溜息を付いた啓、精神的な疲労以外にも参っている事がある。


「あの野郎を俺がボコボコにしてたら、すっきりしてたのによー」


 妹を馬鹿にされたところまでは我慢できたが、彼女を馬鹿にされるのは我慢できなかった。この世にいないのだから、妹が傷つくことはないが、彼女、美優希はそうじゃない。

 それに、美優希がどれ程努力して、どれほど稼ぎ出しているのか、近くにいるからこそ、その苦労も分かる。だからこそ許せなかった。


「合法的に潰す方法はないかなぁ」

「あったら世の中大変なことになってる。昔からそんな人だったの?」

「ん?喚いていた奴は高校に入学して変わった。派手なメンバーと付き合いだして、嫌みな陽キャ男子、ヤンキーみたいなこともしてたな」

「それがそのまま二十歳になったんだね」

「悪化して、だな。大学入学に失敗して、地元じゃ有名な半グレになってたんだよ。知ってたら行かなかったのになぁ」


 そう言ってまた溜息を付いた。


「で、美優希は、あれだけラブコールされて、どうして成人式に行かなかったんだ?厄介ごとだって起きないかもしれないだろ?」

「起きるから行かなかったの」

「確定事項なのか」


 体を起こした啓は、背もたれに体を預けつつ、美優希を不思議そうに見た。


「高校の同じクラスに御堂って女の子がいるんだけど、どう見ても恨まれてるみたいでね。中学の先輩にも恨み買ってて、地元にいるらしくて、そこに私が行くと、復讐される恐れがあるの」

「恨みって、何したの?」

「輝と野々華がね、中学入学してすぐ吹奏楽に入ったの。野々華の左利きが原因でいじめられそうになって、輝が庇うと一緒にいじめられてて、見ていられなくて私が手を出して、徹底的にやり返したの。そしたら、コンクール出場取り消しの上で、強制退部になった」

「美優希らしい」


 地元で急速に拡大を続け、雇用を創生する企業の社長令嬢、やっている仕事にマスコミュニケーションも含む。先生たちは揉み消しが悪手になると判断して、いじめに対処せざるを得なくなり、その過程でコンクールの主催にも話が及び、出場できなくなったのである。


「御堂って、女の子は?」

「私が留学から帰って来た時に、ファザコンがばれてね。当時やってことを、何から何までこき下ろしてきたから、カウンターを寸止めしたの。校長先生直々に絞られて、親御さんにも絞られて、大人しくなったんだけど、最近、私に会う為に色々画策してる噂が耳に入ったの」

「なるほど、美優希はその子の事を許してないんだな」

「だって、私以外に、私のリスナーに謝ってないもん。話はそこからだね」


 この一言で、啓は美優希が何に怒っているのかよくわかった。

 商売人として、演者として、取引相手や客を馬鹿にされていい気はしない。美優希は視聴者を金づるだと思ったことはなく、投げ銭が良くない方向に投げられそうになると、躊躇せずに機能をオフにしてしまう。


「ってことは、その御堂って子は謝りたいってこと?」

「らしいね。だとして、記者含め、他人がいる前で謝罪されたら、許すしかなくなるし、それで終わりになる可能性高いじゃん?それは御堂さんの為にならないし、方々に、一番厄介な人たちを敵に回してるから、そう簡単に許していい事でもないのよ」

「まぁ、な」

「それに、御堂さんに関しては一生許さない。この世の中には馬鹿にしていい仕事なんて一つもないのに、よりにもよって、自分の父親の会社の従業員と、そのお客さんまで馬鹿にしてるの。私が原因で切られた口火だから許さない」


 因みに、その時の音声は未だに残してある。


「人間性が終わってるな」

「変わった、って言う噂は聞かないし、どうせパフォーマンスでしょ。容姿は整ってて大学通いながらモデルして、しかも、会社起こしたって聞くし」

「間違いなくパフォーマンスだろうな。モデルしてりゃ体面がどれだけ重要か分かってるだろうし、美優希に過去を暴露されちゃ、かなわないだろうね」

「調子に乗ってるからって暴露はしないよ。身内に同じことを繰り返したら、暴露するけどね」


 個人の感情から、足を引っ張りたいだけで、過去を掘り起こすような行動はしない。


「ふと思うんだが」

「ん?」

「美優希って、結局そんなお金使ってないよな」

「いや、ここの家賃で年間三百万越えが飛ぶし、フルオプションの車の維持費だってあるし」


 そんなことを言いながら、贅沢品はすべてふるさと納税の返礼品だ。特に今年の美優希の年収は、社長である一義よりも会社からもらっている状況になった。

 一義は代表取締役兼社長として、随分前から月額給与が三百万の固定であり、年収は三千六百万となっている。無論、別会社の持ち株配当金はあるのだが。

 今年度、日本、アジア、世界で優勝し、その賞金額は合計二億二千万だ。会社は賞金に関して取らない契約になっており、チームとしてもらった物なので均等四分割し、五千五百万が美優希の取り分となる。

 これに時給分、配信収入の歩合が付き、優勝の影響から歩合が膨らんで、今年の年収は一億を超えている。まぁ、半分以上が税金や保険で消えてしまうのだが。


「外食は、そもそも時間がないからともかく、俺が来てから出前は取ってないし、お昼は学食利用だろう?割と普通じゃね?」

「ママはともかくとして、パパがおかしいんだよ。そこら辺の居酒屋とか目じゃないくらい美味しいから」

「・・・確かにな」


 美優希たち全員の彼氏すら、春香はパフェで魅了した。元とは言え、一流のパティシエールとしては、当然の結果と言えよう。

 一義はシングル時代、と言うか美優希が生まれる前から、優里の為に料理の勉強をしていたわけで、離婚前から自身の母親に料理を見てもらってもいた。その母親、美優希の祖母は料理に関しては天才なのだ。こちらもそうなるべくしてそうなっている。

 そして、啓は一義が作った料理を食べたことがあるので、同意せざるを得なかった。


「ブランド物とかは?」

「大会後パーティで使うドレスと、取材で着る服とアクセサリーは会社が買ってくれるからさ。まぁ、普段着たり付けたりしたらダメなんだけど」

「興味持ったりしないの?シャメルとかクッチとか」

「ないかな。ブランドロゴが入りまくってるのさ、ダサく感じるし、いやらしく感じちゃって、あと色使いもそう」

「あー」


 そう、美優希の思考と絶望的に合わないのだ。仕方あるまい。

 そもそも、チーム制服に入りまくっているスポンサーロゴも、スポンサーだから我慢しているし、同じロゴはないから許せている。


「食器系は?」

「機能性重視で、料理が映えないのなら要らないかな。だから、白と黒の食器しかないでしょ?」

「確かに。家具家電は?」

「それは会社の取引関係で、大野家具からしか買わないし、部屋のコーディネートもしてもらってるから、余計な物は入れないの」

「あー、そうか・・・そうだな。スポンサーだし。愚問だったな」


 大学入学のお祝いとして、大野家具が配信で使用する机と椅子、配信で使用する部屋のコーディネートを、四月一日電算がセカンダリモニターを、Ryzerがヘッドセットを提供してくれているのだ。


「だから、配信部屋は会社の物か提供された物しかないの。居住スペースが実際にお金出した物だね」

「そう考えたら、そう言うところにお金かかってるし、もういっか、ってなってる感じか」

「そう。趣味がそもそもゲームだから。そっちの課金がえぐいかも」


 そう言って、タブレット端末を持ってくると、複数のゲームストアアプリを立ち上げ、プライベートアカウントである事を確認して啓に見せた。


「おーう」


 そこにあった額は合計で六桁に達しており、啓は思わず変な声を上げてしまった。

 因みに、配信で必要な分は経費行きなので、選手としてのアカウントを見せても意味がない。





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