彼氏
存外、啓と言う人物はクリステルにも、女の子たちにも受け入れられており、三カ月後には女の子たちにコーディネートされて、すっかりリア充の仲間入りを果たしていた。
美優希は二年生になってすぐ、教授に呼び出されていた。
呼び出された理由は、なぜプロゲーマーとして、インフルエンサーとしての事を隠しているのか、ということだった。大学側の言い分は拡散力の高い学生を抱えているのがもどかしいと言う事だ。
要するに宣伝によって受験母数を増やし、優秀な生徒を取り込みたいのである。学校側もプロゲーマーのことに理解があり、選手権の休みは公休として扱っており、協力してくれないかということだった。
ここまで来たなら仕方がないと、家庭の事情を含めて考えていることをすべて教授にぶちまけた。
ちやほやされて優里のようにはなりたくない自分、応援してくれた家族の為にプロとして大成したい自分、苦労を掛けた父親に早く隠居してほしい自分、金や名誉で寄ってくる男や女がうざくて堪らない自分。
常にマスクをしているのも、髪を染めたのも、口調を変えたのも、プロ活動が日常生活に、日常生活がプロ活動に影響を与えないようにする為。
会えば『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と慕ってくれる、一緒に住めなかった血が繋がっている妹と、一緒に住んでいた戸籍上の妹、甘えればいくらでも甘えさせてくれる戸籍上の両親。
「プロゲーマーのミュウとして、父の会社を通していただければ大学に貢献できますが、大学生の片岡美優希としては貢献できません。だから特待生としての学費免除の話は受けなかったんです」
「そうか。うちも個を殺してまで頼もうとは思っていない。そう言う風に理事会には話は通す。君のお父さんの会社を紹介してくれないか」
美優希は常に持ち歩いている名刺を差し出した。
教授はその名刺に驚かざるを得なかった。株式会社ジャストライフ、プロゲーミング部門所属、ジャストライフゲーミング選手リーダー、それが今の美優希の肩書である。
しかし、これはある意味で納得だと言えた。
「卒業したら社員か役員に取り立ててMBAを取りに行くんだな。さすが、抜け目がないな、君の会社は」
MBAは経済学修士号、学位である。
社長として、MBAを持たない一義は少し立場が弱い。ギガベンチャー企業として未だ上場しない株式譲渡制限会社のままでいるのに、いつでも上場できるように人材はそろえているのは、監査がある事よりもMBAが理由だ。
「父はそう言う人です」
「どんな経営理論を持っているのか、一度じっくり話してみたいものだ。名刺、ありがとう。絶対に悪いようにはしないよ」
「はい。では、失礼します」
結局、美優希に大学から広告塔として何かを依頼することはなかった。
しかし、一義が大学を訪れて教授と話に花を咲かせており、学長が満足気だったのは言うまでもないだろう。
また、学生内では一義の容姿がかなり話題に上がっていた。
素敵なおじ様、あんな優しそうで、かっこよく、しかも社長、そんな父親が欲しかったと。美優希は辟易した半面、素敵だとか、かっこいいとか言われていることが嬉しかった。
そんなものは数日も過ぎれば話題に上がらなくなり、いつもの日常が戻ってきた。
変わったと言えば、啓と美優希以外のマスク女子たち、モテていると言うよりは、同年代の近所のお兄ちゃん、元陰キャの落ち着いた雰囲気と動揺しやすい性格、なんだかんだで成績がいいので勉強で面倒を見てもらったのが、そういう関係性になったのだろう。
男どもにはそう見えていないのか、僻みのまなざしが向けられ、啓を利用する動きもある。啓は啓で、強かに利用して友達を作っている。
そうなってくるとカップルの誕生なんて時間の問題で、二ヶ月もするとあぶれたのは美優希と啓だけになっていた。
だからと言ってグループからあぶれるわけでも、グループが消滅するわけでもない。そもそも美優希を中心としたグループで、ビジネス関係もあればもう内定をもらったと言う恩もある。
それに、恩を仇で返すほど、この女子たちは安くはなかった。また、勘も鋭い。美優希の正体には既に気づいており、啓が抱えている思いにも気付いている。
そうなるとどうなるのかと言うと。
大きめのカフェで離れた席にいる女子たち、二人っきりにされる美優希と啓だ。
「その、今日はありがとう」
心の中では『気付いてるっつうの』と、必死に気づかれないようにしている女子たちに思いっ切り突っ込む美優希、妙によそよそしい啓の姿を見て、何がしたいのかすぐに分かる。
「好きだ、付き合ってほしい、とでも言うの?」
「へ?」
「分かりやす過ぎなのよ」
「く・・・」
顔を真っ赤に染めて、頭から湯気が出そうな啓、ただ、美優希自身はここまでするつもりはなかった。あそこに、離れた席に気付かれないように見守る女子がいなければ。
「そうだ!俺は・・・」
人差し指を啓の唇に当てて大声を止めてしまった。
「声が大きすぎよ、周りの迷惑を考えなさい」
「すまん」
浮いていた啓の腰は、ゆっくりと元の椅子に収まった。
「NDAの契約違反はしてないのよね」
目線を女子たちに向けると、啓も察したのかうつむいてしまった。
「違反はしていない。勝手に気づいたみたい」
「そう、ならいいわ。勘が良ければ気づかれて当たり前だもの、それに、あの子たちなら変に言いふらしたりはしないでしょ。それより、そうね、私の秘密はまだあるけど、それを知って幻滅したりしない?」
「それは・・・分からない。でも、今の君もあの時の君も、魅力的で好きだ。二つの顔を持つ君が三つ目の顔を持っていたとしても、驚きはしない。大体、俺だって別の顔を持ってるんだから、君から話してもらえるのなら受け入れられる自信はある」
確かに、又聞きで知る事実よりも、ちゃんと話してもらえた事実は、大なり小なり受け入れやすい傾向にある。分からないと言うのは、そう言うことだろう。
「それに、この世にスーパーマンは存在しない。隠してるみたいだけど、初めて出会った時のような元気が君にはない。俺はそんな君が見ていられない。一つ話を聞いてほしい」
啓には妹が一人いた。精神障害を持っていて手のかかる妹だった。
仕方ないとはいえ、ある時、妹の手を離してしまった。そしたら、妹は交通事故で帰らぬ人となってしまった。
「今でも後悔しているんだ。先生の呼び出しを無視して支援学校に早く迎えに行っていれば、ってね。今、君は俺の手が届くところにいる。俺の我儘なのかも、いや、我儘だ。だけど、拒否されないのなら、俺は手を差し伸べたい、君のことが好きだから」
「ずるい男、そんなこと言われたら拒否できないじゃない。いいわ、あなたに告白されて悪い気はしないし、私もあなたのことは好きよ。そうじゃなかったら助けないから」
こうして美優希には啓と言う彼氏ができた。
その日の内にクリステルに報告する。
「美優希にも彼氏ができたんだね」
「うん。クリステルは上手くいってるの?」
クリステルには美優希よりも早く彼氏ができていた。
一つ上の法学部の先輩で、アレクシア同様嵌めた当たりは親子である。
「いってるよ。もう初めても経験しちゃった。美優希は?」
「まだ、在学中の妊娠が怖いって話したら、それだけが人と人の付き合いじゃないってさ」
「負けず劣らずいい人だね」
その後、配信前には輝と野々華にも報告、祝福した二人も既に彼氏がおり、美優希は最後だった。輝は同じ年の彼氏で告白し、野々華は二つ上の先輩に告白されて付き合っている。
数度デートを重ねると夏休みとなり、日本選手権の時期が訪れた。今年から美優希たちはシード選手として、予選が免除される。その為、開会式の翌々日までは暇だ。
開会式終了後、チームメンバーとその彼氏らの紹介と顔合わせを行い、その後は一義に彼氏らを紹介する。
「ほんとに私服で大丈夫なのか?」
「大丈夫。パパもママもそんな人じゃないから」
今まで美優希は籠の中の鳥と言うわけでもなく、割と自由に過ごしてきており、一義は放任主義と言うわけでもない。
啓が不安に感じるのも仕方のない話で、一般的に美優希の年齢で『パパママ』呼びをするような子は少なく、よほど特殊な環境で育ってきたと考えられる。
事実、血の繋がりはなく、社長令嬢で、世界大会で優勝した程のプロゲーマー、年度満年齢では二十歳だが、誕生日はまだ先の話だ。
百坪の敷地に建つビルドインガレージの平屋にいよいよ委縮する啓、美優希は背中を叩いてシャキッとさせる。
そんな様子は啓だけでなく、他三人の彼氏も委縮モードだ。
最近ではIT系企業のランキングにも乗るようになった会社の社長、就活の候補に入れていたようだ。
「お姉ちゃん、おかえりー」
「ただいまー、美春は見ないうちにどんどん大きくなるねー」
美春を抱き上げた美優希は、いつものように頬擦りして挨拶をする。美優希が敷居をまたぐといの一番に美春が飛んできて出迎えてくれたのだ。
おろしてもらった美春は啓を見上げて首を傾げた。
「お姉ちゃん、この人は?」
「お姉ちゃんの彼氏だよ」
「彼氏?」
「恋人」
美優希の言葉に美春は目を輝かせる。
「石井啓だよ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
『いいなー』と言いつつも、『お姉ちゃんたちをよろしくお願いいたします』と言って周りを笑わせた。
全員をリビングに通し、ソファーに座って改めて紹介してもらう。
クリステルの彼氏は高田洋二郎、弁護士目指して勉強中だ。輝の彼氏は湯川信也、ウェブデザインを勉強中。野々華の彼氏は山下拓哉、音楽の翻訳動画で稼いでいる。
「話は美優希から聞いてるよ。付き合い続けるのなら、大切してくれ。うちの大事な選手だからな。それ以上は望んでない」
一義の暖かな雰囲気に飲まれて、彼氏らは緊張を解いた。
ダイニングで春香にケーキをふるまわれて、彼氏らは頬をとろけさせながらも、何かに納得している様子だ。
「これでわかったでしょ?」
「これ食べたら、下手にコンビニスイーツなんて手は出せないなぁ」
一人暮らしを始めて美優希に降りかかった別の悩み、それは、春香のスイーツのレベルが高すぎて、コンビニやファミレスのスイーツに、下手に手が出せなくなってしまったことだ。
「春香はお菓子を作るとき手を抜かないからな。美春も俺も手を出せなくなった」
「でも、その方が太らなくていいんじゃないですか?」
冷静な洋二郎の一言に違いないなと一義は笑った。
その後、美優希と啓以外は自分の両親に紹介する為に帰り、啓は美春の遊び相手をこなしている。妹がいたと言うだけはあり、美春はすっかり啓に懐いてしまっている。
「ねぇ、パパ」
「ん?」
リビングで美春と遊んであげる啓を、ダイニングで眺める美優希と一義に春香。
「同棲するかも、って言ったら怒る?」
「そこまでしていい相手だとお前が思うならいいと思ってるが。まぁ、大学に通う間の妊娠は勘弁してほしいな」
「それができるような男に見える?」
「「みえない」」
春香も一義も、啓の性格には気付いており、それが出来るほど軽くもなければ、度胸もないことは見抜いている。
美春が調子に乗り出したのを見て、春香は咎めに行く。だってだっての我儘モード、そこで大丈夫だと言う声を掛けない当たり、啓はよくできている男だ。
『ごめんなさい』と言う言葉を、納得させた上でいとも簡単に引き出し、春香に向かっても謝らせている。
それを見ている美優希の表情に一義は安心した。その顔は恋する乙女の色が入っていたからである。
「パパ、啓がマネージャーやりたいって言いだしたら雇ってくれる?」
「勿論、すべては本人のやる気次第だ。ただ、面接はするけどな。口添えはするけど、会社にふさわしいかどうかは俺やお前の一存だけじゃ決められない」
「わかった」




