大学生活
「白とは思い切ったなぁ」
美優希のロングの髪を見て、典昭は感嘆を漏らした。
「美優希、肌が白いから外国人に見えちゃうね」
「クリスの金髪も似合ってるよ」
プロとして過ごす時間よりもプライベートの方が圧倒的に長い。
美優希は以前ロシアのモデルを見て憧れて白髪を選んだ。クリスは母親と同じ金髪のウエーブにした。
二人とも憧れを形にして、プライベートも充実できるようにしたいのだ。変装しなければならない分、楽しんでやろうと、そう言うわけだ。クリステルは大会の件で面子が割れており、せっかくなら乗っかってやろうと、これを機に変えようと思ったらしい。
さて、予約を入れていた寿司屋へ行き、個室でお寿司を堪能する。
「おいしい」
「本格は違いますねー」
「そりゃそうだ」
お寿司を頬張る二人を眺める二人の父親、もう少し早くつれて来ればよかったと、二人して思っていた。
翌日、典昭は帰ってしまい、一義は美優希とクリステルを連れてSUBALUのディーラーへとやって来ていた。クリステルは単なる付き添い、運転免許取得に学校選択の時点で止まっているので、将来の為に、と言ったところ。
美優希とクリステルのマスク姿と髪色に一瞬怪訝そうな表情を浮かべられたが、一義のフォーマルながらの高級スーツを見抜いたのか、営業スマイルを浮かべた。
買うものは決まっており、ステーションワゴン、昨日運転してみてかなり良かったのが理由だと言う。特に、セミバケットのホールド感が良く、一義が言う走る喜びとの両立が運転して分かったらしい。
一義が乗るのはマツタのMAZTA 6 WAGONの特別仕様車、美優希が今回選んだのは、SUBALUのLEBORG Sportsの最上位グレードだ。赤いレザーシートに合わせた追加料金の赤い外装にフルオプションを選択し、さらっと五百万の出費となった。
もてあますのならない方がいい、のではなく、無いと困る時があるのならつけた方がいい、と言う、一義のアドバイスからフルオプションになった。
一義が払うと思っていた店員は、美優希の一括振り込みにドン引き、気になった店員の前でマスクを外し、ウイッグと眼鏡を付けて見せた。
「IPEXクイーンズのミュウ・・・と言う事は」
「ええ、ジャストライフゲーミングのオーナーは私です」
美優希たちは雑誌やインターネットにとどまらず、テレビでも特集されインタビューを受けて、いくつかモデルの仕事まで受けている。また、年間五億を稼ぎ出した少女として、ミュウの名前が知れ渡っている。
「ご存じでよかったです」
「あ、大変失礼しました」
「贔屓にしたいので、これはシーでお願いしますね」
美優希は口に人差し指を当ててみせた。
「もちろんでございます」
ウイッグと眼鏡をはずし、マスクを着けた。
「どうしてご存じなのですか?」
「私は車が好きだからこそ、この仕事をやっております。レースゲームはよくやるんですよ。公道で伸び伸び走ることはできませんから。とあるレースゲームのプロがジャストライフゲーミングを絶賛しておいででした。それで気になって動画を拝見させていただきました」
「そうなんですね」
「美優希様、プロ活動応援しております。車の事でお困りでしたら、気軽にお声かけ下さいね」
納車は一ヶ月後となり、ディーラーを後にした三人は、四月一日電算へと向かう。理由はサブモニターとマクロソフトの高性能タブレットPCを買う為である。
サブモニターはあった方が配信の管理が楽という理由で、タブレットPCは大学で使うかもしれないからだ。
四月一日電算で買い物を済ませると、大手アパレルショップへ行き服を買う。目的はある程度新調する為だ。
終わると今度はスーパーへ、食材の買い出しである。幸い、歩いて行ける場所にスーパーがあるので、そこまで足の心配をしなくていい。コンビニは少し億劫になる距離だが。
一義は部屋に戻って昼食を作ってやり、美優希はしばらく食べられなくなる料理の味を堪能した。
「これでしばらく食べられないのかぁ」
「美優希のパパ料理上手だもんね。ほんとおいしいです」
「ありがとう。教えたんだから自分で作りなさい。それに、帰省したら作ってあげるから、それまでの我慢」
「はーい」
料理以上に悩むことになる物があるのだが、それは別の話。
一義が帰ってクリステルが部屋に戻って一人になった美優希、この時、寂しさはあまり感じてなかった。
入学式まで、昼はクリステルと遊びに行き、夜は配信をして過ごした。
入学式を迎えて以降、美優希とクリステルはほぼ別の講義となっていた。一緒に通学して、昼食は学食で待ち合わせして食べて、家路は緒、とそんなものだった。
二人とも大学にいる時はクールな性格を演じて、家に帰ると交互に夕食を作って配信まで反省会だ。二週間もすると反省会はしなくなり、相変わらず昼食と家路は一緒だが生活は別になっていった。
そうなって翌々月、美優希に出会いが訪れた。
配信のない水曜日になくなって買い忘れていたティッシュに気付き、作るのがめんどくさくなって、お弁当とサラダとスイーツを買いにコンビニに向かった。
「あー、降ってきちゃったのか・・・」
星が出てないなとは思っており、案の定と言ったところ。また、意外とお弁当とスイーツが残っており、どれにするか迷ってしまって滞在時間が長かったのも悪い。
空いている駐車スペースが遠く、夏間近の薄着で濡れるのが億劫になり、悩んでいる間に止まないかと淡い期待を込めて、軒先で空を見ていた時だった。
「ねー、君、誰か待ってるの?それとも雨で帰るの困ってる系?」
三人組の男に声を掛けられ、ナンパに発展した。
「マスクとかしちゃって、意識高い系?」
「体が資本なので」
「てか、髪めっちゃきれいじゃん?」
「触らないで」
髪を触ってきた手を振り払って、露骨に不機嫌な態度を取る。
「なに、なに、いいじゃん別にさー」
「よく見たらめっちゃ美人じゃん?」
「俺ら車だからさ、良かった送るよ」
「やめてください」
手を掴まれて不利歩行としたとき、三人の男の後ろから声がかかった。
「あー、もしもし、警察ですよね、いま女の子が男三人組に絡まれてて・・・ええ、なんかナンパ装って誘拐しそうな感じなんですよね」
「うっわ、お前なんつーことを」
「逃げよう、マジで警察来たらだりーぞ」
「だるいで済まされねーよ」
三人の男はそこまで馬鹿ではないらしく、雨の中をそそくさと逃げて行った。
「大丈夫ですか?」
声をかけて来たのは同年代だろうか。三人の男が逃げたのを見て、無操作でスマートフォン直し込んでいたので、警察への電話はブラフであろう。
「あなたこそ、恨まれるんじゃないんですか?」
「面識がないので大丈夫です。それに、小さい頃からいくつか武道を習っているので、あの程度なら簡単に組み伏せます」
「そうですか」
この男、武道を習っているとは言ってもムキムキとは言い難い。あの三人もそこまでムキムキではないので、技術差で勝つのは簡単だろうというのは、短期間とは言え習っていたのでわかる。
「雨は降ってますが、この辺りはああいう輩が多いので、濡れてでも早く帰ったほうがいいですよ」
「そうします。待って」
美優希は助けてくれた男にお礼としてスイーツを渡した。
「気にしなくていいのに、ありがとう」
「名前聞いてもいいですか?」
「名前?石井啓。近くの大学に通ってます。君は?」
「私は片岡美優希」
「かたおかみゆき・・・」
しっかり考えているのを見て、知っている前提で否定言葉を投げかける。
「恐らくだけど、貴方が考えてる人とは別人です。年齢が近い同姓同名の有名人がいるのって、意外と大変なのよね」
「心中お察しします。そういう君はゲームしないんですか?」
「息抜き程度にはやります。暇つぶしにはちょうどよくて。コンシューマーならソシャゲよりもクオリティ高いですし、何より自分のペースでできます。近くってことは立導大?」
「そうです。そう言う君も?」
軒先で話していて分かった事は、この啓と言う人物は、同じ立導大学に通う一年生で、学部は違うものの、一部の講義がかぶっていた。どおりで美優希にこの男の顔に覚えがあるはずである。教室の隅で講義を聞いており、特にグループに属しているようにも見えない。
同じ年なら敬語は止めようと雨脚を見ながら話を続ける。
「あなた、高校でボッチの陰キャじゃなかった?」
「えっ、なんで・・・」
動揺する時点で答えを言っているようなものである。
「人と話すの、得意そうに感じなかったのよね。それに、その恰好は、無難で鉄板過ぎの呪いのコーディネートだから」
「あはは・・・」
ジーパンにTシャツとチェック柄のワイシャツの重ね着、悪くはないのだが、もっとあるだろと言いたいわけである。
「それで、どうして助けてくれたの?」
「え、まぁ、自分を変える為、かな。それに、マスクしてても、君が綺麗で可愛いのは隠せてないから」
「なにそれ」
「ほんとのことだよ。大学じゃ、割と君のことは話題に上がってたよ。その髪色じゃ目立つしね」
これまでが無頓着に出場していたので、こうする他なく返って目立ってしまっているわけだ。
「友達いたんだ」
「いいや、陽キャどもは総じて声がでかいから、いやでも聞こえるんだよな」
「ふふ、陽キャには可哀想だけど否定できないわね」
「でしょ?」
高校時代、女子高とは言っても、カースト上位の自己主張は激しく、周りを気にすることなく話していたので、それを否定することはできない。割と迷惑していたわけで。
互いにひとしきり笑い合った。
「今度お礼をしたいから連絡先教えてくれる?」
「いや、いいよこれくらい」
「そうはいかないわ。借りっぱなしは性に合わないの。早く」
「そこまで言うのなら」
連絡先を交換すると、ちょうど雨脚が弱くなり、これ幸いと別れを告げて車へと走る。社内に常備しているタオルで体を拭き、エンジンをかけて家路についた。
「学校以外でもクールにふるまうのは疲れるなぁ。でも、プロゲーマーとか、収入とか、外見とかで声かけられてもうざいだけだし。助けてもらったけど、容姿には気付かれちゃったしなぁ」
自分の容姿に関しては自覚している。大学に入ってからは、マスクをしているのに芸能事務所やモデルのスカウトの声はよくかかる。実績も相まってコラボレーション商品やゲーム雑誌のモデルも何度か務めた。
それを笠に着るような寒い真似はしない。
そう言う寒い真似をして自滅した人を知っている。その筆頭が優里、高校生なら転校してしまえば済む話だが、一義によって一時的に無収入に追い込まれた優里では、その被害は計り知れないだろう。
家に帰り着き、レンジでお弁当を温めて、サラダにドレッシングをかけて、ダイニングテーブルで夕食を済ませる。
「良くなってるけど、やっぱりコンビニのお弁当もスイーツもおいしくないなぁ。もー、パパもママもハイスペックすぎなんだよなー」
ハイスペックではあるのだが、運動音痴に加えて一度怒ると身内以外は全く容赦せずに叩き潰しにかかるし、口は理論的過ぎて嫌われやすい。春香は基本的にやさしいのだが、思ったことを口にするので棘が鋭く、好かれやすくも嫌われやすい。
「あー、主夫やってくれる彼氏いないかなぁ、料理上手な人・・・」
そのまま結婚するとは思ってもいないが、将来的にその方が楽だ。生活力と料理上手なら他の能力は望まない。それだけでも支えになると、この三ヶ月で身に染みて分かったからだ。
容器をサッと洗うとゴミ箱に放り込んだ。
「パパ、すごすぎでしょ・・・」
ベッドに寝そべり天井を見つめ、親のすごさを実感する寂しい部屋で、いつの間にか眠いっていた。