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事件を乗り越えて




 絵里奈と言うカウンセラーが合流したのは正解だった。

 パズル部門の選手がソロであるが故に孤独な戦いを強いられており、ジャストライフゲーミングに入ってきた時点で、メンタルが崩れかけていた。崩壊しなかったのは、一義がマイペースに進めさせていたからだ。

 絵里奈のフォローアップによってメンタルが持ち直し、練習配信中に図らずもマッチングした世界一位から一勝をもぎ取った。これがきっかけで、コラボ練習配信を年内中に行う事ができ、収益も上がったのだ。

 すっかりやる気になったパズル部門の選手は、他のゲームに一切触れることもせず、練習と雑談のみを配信するようになっていった。

 格闘部門は心理学を絵里奈から習う事で、ゲーム内順位が上がり、注目株へと成長していった。

 そして、一義が最も期待していた結果を絵里奈は出してきた。

 FPS部門である美優希たち、やはり、狙い撃ちの件で頭に血が上っているようで、練習配信も戦術会議も喧嘩腰が見え隠れしていた。


「今まで喧嘩はしたことがないんですよね?」

「ああ」

「じゃ、いっそ思いっ切りやらせますね」


 そう息巻いているが、一義は至極冷静に返した。


「無理だと思うが」

「そんな」

「なら試しにやってみればいいでしょう」


 他部門が帰った後、戦術会議を行う四人を見守る絵里奈は、火薬を投下するタイミングを見計らっていた。


「引くならここだったんだけど」

「これ、引いたら戻れなくなるね」

「だから突っ張って落としてアーマー抜きだね」


 一見喧嘩腰に見えるのだが、語尾や声色が強いだけで、中身は普通なのである。


「ここ、レベルが同じなら試合落としてる」

「相手を落とせると思ってなかったけどさ、落としたらそのまま動いちゃったんだよね」

「スクリムじゃないからね」


 クリステルと美優希であれば、火薬は投下できるかもしれない。そう思ったのだが。


「ここは円切り(安置内から安置外の敵を落とす事)?ポジション取り?」

「ここは、キルポイントが欲しいなら円切り、安全策はポジション取り。この試合の状況ならどっちでもいい。ポイント状況次第だから、本番じゃないと分かんない」

「なんで参謀参与が傍に居れないかな・・・」


 イライラと喧嘩腰の向きが内向きにないことに気付いた絵里奈は、一義が無理だと言った理由がよく分かった。


「野々華は全体的に前に出過ぎだよ、美優希も注意してあげて。輝はもっと前に出ていい、慎重になりすぎてて遅れ気味になってる。美優希はエイムのブレが出てる。間違った指示は出してないからそれは大丈夫」

「「「りょーかい」」


 クリステルの指摘は数字に出さないと分からない程であり、しかもキッチリと数字を出して指摘している。これに対して、反抗的な様子は見せない。


「今期のアンチ収縮を解析したんだけど、大きくは七パターン、最終安置は十四パターン、で、パターンに入らないやつで、注意してほしいのがこれ」

「うえっ、めんどくさっ」

「離れたランドマークになったら、轢き殺す(目的地に向かう間に殲滅する事)前提の動きをしないといけないね。ただ、割と珍しい部類だから、大会中に来ても一回くらい」

「ここが取れるかどうか、しかないから、これ、キルポイント前提で動いてもいいか」


 戦略会議では完全に冷静モードになり、輝と野々華は聞いてるだけ、指揮を任せる以上は口を出さない。勿論分かってないといけない事ではあるので、分からない所はきちんと質問している。

 戦略会議が終わり、絵里奈は美優希たちに声を掛けた。


「あなたたち、小学校からの親友?」

「クリス以外は保育園からです。クリスは中学校からですけど、実力は分かっているので」

「喧嘩したことないの?」

「この四人で喧嘩する程ならFPSゲームはできませんよ?」


 一義が無理だと言った理由、この四人はそもそも気が長く、バーチャル配信者の時期にアンチやその予備軍のコメントを平然とスルー、度を越えたコメントに対する制裁も、配信中にも関わらず冷ややかに当たり前の事だと口にしている。


「この四人の中で言うならクリスが一番短気です。でも、それくらい強く言ってもらわないと、立場としてのコーチが成立しないからちょうどいいんです」

「・・・なるほどね」


 時計を見た絵里奈は、ようやく一義に何を求められているのか分かった。時間は二十一時を回ろうとしている。


「逆かぁ」

「どうしたんですか?」

「ペースを、明日一緒に考えようか」


 一義が絵里奈に期待したもの、それは、梨々華とクリステルではできない、行き過ぎようとする努力へのブレーキだ。

 努力は行き過ぎれば体を蝕む。一義はこれを、身を持って体験している。優里と離婚するまでの行程はまさにそうだった。


「頑張ることは良いことだけど、根を詰めすぎると逆効果になるの。後、おやつは甘い物を中心にしなさい。私が想像している以上に頭を使っているのがこれで分かったからね」

「「「「え、太る・・・」」」」

「そこまで使ってたら太らないわよ。そうね、私の旦那は癌の病死だったの。それで、こういう資格も持ってるのよ」


 絵里奈はスマホの画面を四人に見せた。


「「「「管理栄養士」」」」

「体を作るのは食事から、そして、心を作るのも食事から、よ。食事も指導してあげないといけないような相談者は結構いるのよね。多めに取ったほうがいい栄養は、おやつで補給できないか社長と副社長と話し合ってみるわ。後、太りにくいようにね」

「「「「お願いします」」」」

「ささ、帰った、帰った。帰ったらご飯食べて、お風呂に入ってすぐ寝るのよ?」


 翌日から、絵里奈のフォローによって、練習時間は五時間、見直し三時間の割り振りに変わり、キッチリ八時間で終わらせるようになった。

 年が明けるとプレジデントのランキングは全員が一桁台へ突入、トップスリーを独占する瞬間もあり、IPEXクイーンズが覚醒したとまで国内外のSNSで騒がれた。

 海外の名だたるプロが参加するスクリムへ招待され、充実した練習を行う事ができ、大会直前のスクリム最終日では、ポイントの計算上は優勝した程だった。

 二月に入り、IPEX世界大会の会場、東京入りをした美優希たちは、会場の下見をしながら、海外のプロたちと談笑する余裕すらあった。


「プロとして、手抜きはしないから」

「当然の事。それで勝っても嬉しくない」

「そうだな。少しでもおかしいと感じたら声を上げるんだ」

「そうだ、正常な大会を作るのは選手だからな」


 こぶしを突き合わせるこの様子は、音声付き動画で、不正防止、フェイクニュース防止の為、多数のメディアによって同時に同じ文章付きで世界中を駆け巡った。

 日程は二日、午後から五試合の全十試合だ。

 今日の合同会場見学会を持って、自チームのオーナー、監督、選手、コーチ、マネージャーと、他チームの選手、コーチ、マネージャー、大会運営スタッフを除く、他人との接触の一切が禁止される。

 また、ホテルについてはマネージャーが間に入ることを義務付けられ、朝食、昼食、夕食は大会運営から弁当が配布される。

 表彰式を過ぎてしまえば自由で、大会も明日から、家族の接触は禁止されていないので、そこまで厳しい措置ではない。

 両親に励まされ、当日を迎えた。

 抽選で決まったランドマークは、依然話していた注意安置から最も遠い場所、更には一戦目でその注意安置を引いてしまった。

 事前にどうするかなど、決まっていた話、キルポイント狙いで戦闘が起こる場所に横やりを入れて殲滅しつつ向かう。


「強い、強いぞ、ジャストライフゲーミングはIPEXクイーンズ、合計キル十を超えている」


 アイテムも充実して最終局面、一択しかない強いポジションを取れたTSMに漁夫られると言う、当然の結果によって一戦目は幕を閉じた。

 三位ではあったが、キルポイントが大きいので、一戦目終了時の総合ポイントでは二位だった。

 二戦目は中盤から強いポジションを死守する動きで、アイテムは少なめだが、アーマーが強い状態で最終局面を迎え、そのままチャンピオンに。

 三戦目は最下位のチームが初動をかぶせてきてそのまま落ち、ポイントがもらえなかった。

 四戦目、今度はTSMとクレイジーラグーンが初動をかぶせられて落ち、あまり苦労することなくチャンピオンに。

 五戦目、別のチームが初動をかぶせてきたのだが、はじき返して最終局面、TSMとクレイジーラグーン、ジャストライフゲーミングの三つ巴になる。

 クレイジーラグーンが採用する罠型のキャラクターに苦しめられ、最終収縮までに落としきったのだが、横からTSMに襲われ三位、TSMが襲っている間に回復したクレイジーラグーンによって、回復が間に合わなかったTSMが二位となった。

 一日目の結果はTSMとジャストライフゲーミングの同率一位、それを七ポイント差で追うクレイジーラグーンと言う展開、他のチームは初動をかぶせて落とさないと、大会の様子からもどうしようもない状況だ。

 ただ、初動をかぶせるにしても、やりすぎると狙い撃ち判定を受けて失格及び、IPEX大会からの追放を受けかねない。


「どこかのチームがかぶせてくるだろうから、明日はそのつもりで挑むんだ」

「「「分かりました」」」


 分かっていれば対処するだけ、敢えて野々華を一人にしてアイテムを取得せず味方へ誘引し、返り討ちにする作戦を立てて遅くまで練習した。

 効果覿面だったのか、諦めたのか、三戦目まで初動をかぶせられ、敵をキルポイントに変換すると、四戦目、五戦目はかぶせられなかった。

 四戦目までTSMが執拗に初動をかぶせられたのだが、返り討ちにしていた上に、失格処分まで下りさせていた。

 大会最後となる五戦目、ランドマークがそこそこ近かったために、安全地帯の関係で試合中盤にクレイジーラグーンを落とすことに成功、TSMのキルポイント次第では、二位でも優勝が見えていた。

 最終局面、TSMもジャストライフゲーミングも別のチームと争って、互いに一枚落ちの状況になってしまう。

 位置関係は直径線の両端にいる状況で、残り三チーム、ロシアのGbEsをTSMと挟み撃ちにできる状態だ。

 五秒ほどの小康状態で、安全地帯収縮の関係上、GbEs は物陰から出ざるを得ず、そのタイミングでTSMとジャストライフゲーミングは同時にGbEsを落とた。

 生き残っていたのは野々華と美優希、野々華がいつものように先に飛び出し、キャラクターコントロールでダンス、被弾を押さえつつヘイトを買い、その間に美優希が一人落とす。

 美優希がもう一人のアーマーをはがし落ちてしまうのだが、野々華はキャラクターの能力、虚空ポータルで生き残った一人を安全地帯の外へ送り出し、体力差の不利を覆して勝利した。

 ポイント集計を待たないと優勝は分からないのだが、そんなことはどうでもいいかのように、美優希たちは席で最終戦のチャンピオンになったことを喜んでいる。

 そして、結果発表の時が訪れた。

 ポイント集計表を更新して最下位から発表され、三位以上は同時に発表される。チームとして別で集計はしているが、間違っていると大惨事なので三位以上確定だと、クリステルから伝えられている。


「さぁ、優勝は!」


 会場が全消灯されてサーチライトが巡り、スポットされた。


「優勝はジャストライフゲーミングだ!」


 美優希たちは飛んで喜び、泣きながら抱き合い、その喜びをかみしめ、三人共一義に抱き着いて泣いていた。




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