事件
梨々華が一人暮らしを開始してしばらく、今年も大会に向けたスクリムが組まれた。
流石にキルムーブできるようなレベルは脱しているが、どんなに運が悪くても野々華が落とされる程度でしかない。
これは野々華がキャラクターコントロールありきの回避楯の役割である為、ポジションとして死に易い位置にいる事が多いからである。相手としては野々華を落とさないと射線をどんどん増やされてしまうので、どうやっても狙わざるを得ない事情がある。
野々華を落とせても、美優希のソナーから完成されたエイムのショットガンで輝が詰め、LMGを持った美優希に一掃されるのが落ちである。
構成は美優希が索敵特化のキャラクターにスナイパーライフルとLMG、輝が壁を張れるタンク型のキャラクターでSMGとショットガン、野々華は無敵離脱が可能なアタッカー型のキャラクターでARとショットガンだ。
今年に入ってようやく固まった構成だ。留学先で海外のプロチームと交流戦を行い情報を入れ込んだ結果である。
IPEXは通常のFPSゲームとは違い、撃ち始めからキルするまでの時間、キルタイムが長い。特別なスナイパーライフル以外の一撃死があり得ず、キャラクターはアグレッシブに動くので、銃を使った格闘ゲームの側面がある。
その為、多人数多パーティのサバイバルゲームとして、戦術がエイム力を凌駕する場合もあり、キャラクターコントロールによってエイムを外させることもでき、戦略立てた動きができないと、横槍を入れられて序盤で試合を落とす場合もある。
つまり、総合力が高い程、順位が高くなるゲームである。
エイム、キャラクターコントロール、戦術、戦略の四つを、親友と言う関係性がもつ連携力を生かして育てられ、留学中は海外のプロチームと交流戦を行い、国内では敵なしとなっている。
「スクリムの結果からも、国内はそこまで注意すべきチームはいない。だからと言って油断はするな」
「「「はい」」」
そんな今年は結果から言うと、IPEXクイーンズと言う名を不動のものにした。
全日本プロゲーミング選手権で優勝、アジア大会で二位、世界大会で三位と言う成績を残し、高校生プレイヤーでありながら華々しい結果を残したのだった。また、他に女性プレイヤーが少なかったことも挙げられるだろう。
ただ、世界大会後の美優希たちはほぼグロッキー状態で、試合後インタビューはクリステルを代理に立てる程、まともに受け答えできるような精神的体力が残っていなかった。
試合後、美優希は一義に抱き着いて泣きじゃくり、輝は半気絶状態で隼人に付き添われて眠り、野々華は梨々華に抱きしめられながら震えていた。
この様子は世界最大級のプロゲーミングチーム、TSMが選手控室に試合後の挨拶と感想戦がやりたくて来て、その理由と共に発覚した。
これにより早急に試合映像が解析され、大会翌日にTSMは優勝トロフィーと賞金を返還すると騒ぎ出し、クレイジーラグーンも準優勝楯と賞金を返還すると言い出した。当然、美優希たちも三位の楯と賞金を返還する声明を出した。
「そんなに日本人が、女性が活躍するのが嫌か?」
日本の全プロチームがSNSで発信したこの言葉に、すべての情報が含まれていた。
特定且つ、複数のチームによるジャストライフゲーミングに対する、執拗な狙い撃ちが行われている事が、全試合を通して分かったのである。これは、試合ごとの順位ポイントよりもキルポイントが異様に高いことがこれを裏付けた。
狙い撃ち自体はプロの目からでなくとも、正常な大会運営ではない事が分かるので、女性の人権や有色人種の人権を訴える団体が主体となり、袋叩きするほどの問題に発展した。
美優希たちは泣いてもいられない状況なので、歯を食いしばって受験に臨むしかない。
幸い、面接試験が世界大会前だったので、余計な追及を受けることなく学力試験が行えたのは良かった。
良かったとは言っても、精神状態が悪い事に変わりはなく、三人は授業を受ける事ができず、登校してもスクールカウンセラーや校長と話をするだけ。配信は途中で泣き出してしまい、まともにできていない。
配信をお休みして受験結果を待つだけになった十二月半ば、美優希たちに二つのニュースが舞い込んだ。
社長室に集められた、美優希、輝、野々華の三人はようやく精神が安定してきたな、という印象で、表情は穏やかだ。勿論、ここには一義だけでなく、真純、涼子、アレクシア、梨々華、クリステルもいる。
「大会運営から正式に、世界大会のやり直しが通達された。楯やトロフィーは返還しないといけないが、賞金は正常な大会運営でなかった事への慰謝料として、受け取ったままでいいそうだ」
やり直される世界大会は決勝のみで、今回は旅費まで持ってもらえる上に、同額の賞金が出る。
「大会運営の上層部は総辞職、更に、人権団体からジャッジと運営の監視者が派遣される。時期は来年二月、場所は日本で行うそうだ。どうだ、参加するか?」
三人は答える事ができなかった。また、同じことが起こる恐怖があるので当然と言えるだろう。
「会社としてはどっちでもいい。エントリー受付に関しては一月末までもらえたから、三人でゆっくり考えろ」
「パパ?」
「なんだ?」
「プロなら出るべきだよね」
一義は答えてやるべきか迷ったのだが、しっかり目を合わせて答えてやることにした。
「当然だ。今、君たちは、大きな山が行く手を阻んでいる状態だ。俺自身は乗り越えてほしいとは思っていない。なぜなら、自分自身との戦いだからだ」
恐怖に打ち勝つ為には、周囲の協力も当然必要ではあるが、本人たちにその意思がなければどうしようもない。
「TSMやクレイジーラグーン、ムーンシスターとかのIPEXチーム、大会運営からも、無理せずリラックスする期間として、出場をしなくていいと言われています。やり直しするとは言っても、今回の大会は今後の大会に影響しない独立した大会になります」
そんな事を言っているアレクシアは昨日まで出張でいなかった。理由は大会運営本部があるアメリカに行っていたからである。また、帰国しても二日ほど、日本のプロチームと話し合いをしていた。
「あなたたちがどんな選択をしようと、私たちは支援するだけよ」
「あなたたちはあの状況を耐え忍んで結果を残せたの。それだけでも誇れることよ」
真純も涼子も判断は委ねると言った様子、それだけ、手を出し辛い状態なのである。
「私は出場しない事を勧めるわ。充電期間でもいいし、逃げていいと思ってる。だって、どんな選択をしても後悔するのよ。絶対に。狙い撃ちをしたと判断された選手は、ゲーム業界から永久追放を食らってるの。爪痕は残った」
そんな提案をする梨々華、クリステルは真逆を勧める。
「私は結果を残せなかったとしても出場した方がいいと思う。出場したと言う事実が大事だと思うから。理由はどうであれ、警戒されていた。警戒させるほどの実力があるって、とることもできる。それに、一部から負けたと思われるから」
クリステルの最後の一言で美優希は泣き出してしまった。
一義は美優希に近づいて抱きしめてあげる。その涙の理由が分かっているからだ。
美優希は負けず嫌いだ。
しかし、出場を言い出せば輝と野々華に迷惑をかける事が分かっている。そんな優しさを持ち合わせている。
だから泣き出してしまったのである。
「私は爪痕じゃ満足できない。あの時は震えるほど怖かったけど、正直、今はムカついてる」
「のの、か?」
「私も。美優希、風穴開けてやろう?私たち頑張ってきたんだよ。否定される謂れはないよ」
「ひっ、ひかり?」
美優希は顔を上げて二人と見つめ合う。
「出よう?思い通りにさせない為に」
「結果出して、合法的にやり返してやろう」
「うん。思い通りになんてさせない。結果でやり返す。負けない。優勝しか要らない」
二人に抱き着いて『ごめん』と『ありがとう』を繰り返す美優希、周囲は落ち着くまで待つことにした。
顔を洗って戻ってきた美優希が座るのを待って、一義は口を開いた。
「本当に出場するんだな?」
「「「はい」」」
「見返してやるぞ。ジャストライフゲーミングはこのくらいじゃ止まらないってな」
「「「はい!」」」
力のこもった返事をした三人に、一義は安堵した。
「それじゃ、一旦この件は置いておこう。四人共、大学合格おめでとう」
「「「「おめでとう」」」」
「「「「ありがとうございます」」」」
もう一つのニュースがこれ、お祝いはまた改めて行いこの祝辞自体も改めて言ったに過ぎない。合格通知は入学書類と一緒に各家庭へ一昨日付けで送られており、親同士で合同のお祝いをしようかと話をしていた。
美優希は私立立導大学の経済学部国際経営学科、輝は私立東京造成大学の造形学部デザイン学科、野々華は私立拓植大学の外国語学部英米語学科、クリステルは立導大学の法学部国際ビジネス法学科に合格した。
そして、昨日付けでIPEX世界大会運営から通知が来たわけだ。
「それで、さっきの件に戻る。既に響輝女学園と協議を行った。クリステルも含めて四人共に授業免除、卒業式まで公欠扱いにしてもらえることになった。休日を除いて、八時間みっちり練習するぞ」
「「「「はい!」」」」
校長の言葉に嘘がないのは、これまでの様子で分かっている。大会前の一週間は午後を公欠にしてもらい、練習時間を捻出してもらっていた。
今回も大会のやり直しが行われることを知って、大学合格を知って、必要出席日数を割ってしまうにもかかわらず特例を設けてくれる。これはプロ活動を会社が証明できるからできる事でしかない。
翌日からは早速練習開始すると共に、以前から募集していたある人材がようやく到着してくれた。
「メンタル心理カウンセラーの一条絵里奈です。よろしくお願いいたします」
大きな事が起こると梨々華だけではフォローしきれないのは分かっていたことなので、四年前から募集を掛けていた。
カウンセラーの資格を複数持っている事、女性の二点であればこんなに時間はかからなかったのだが、ゲーム好きと言う条件がかなり重たかった為に、雇い入れるまではかなり時間がかかった。
とは言え、いい時期に、多数のカウンセラー資格を持った、独立も可能な程の実績を持った人材が入って来てくれたことは非常に喜ばしい。
「病院の非常勤カウンセラーも経ているから、強力な人材だと言っていい」
「独立しないのですか?」
アレクシアの質問はごもっともだ。
「一時期は独立していましたよ。ただ、税金の計算がストレスになった上にその時間で子供構えなくなり、医者の不養生なんて言われたくなく畳みました。それよりも、心理学の学位を持っているのにシングルマザーの私を採用したのはなぜですか?」
博士号まで持っているエリートでシングルマザーは、悪く見られる場合がある。心理学に精通しているのに、夫婦関係がなぜ上手く行ってないのか、と。
ジャストライフに来るまでの再就職活動はこの理由で失敗していた。
「医者の不養生、灯台下暗し、こんな言葉が存在する理由こそが雇った理由です。大体、あなたの場合は夫との死別ですし、同時期に両親とも死別してます。乗り越えているだけ評価すべきでしょう?」
採用担当が知り得る情報も、他の社員は知らない。これによって会社内での不和を嫌われて落とされていたのである。
「うちの場合は人材の死蔵こそ大きな損失ですからね。翻訳部門は計十ヶ国出身の多国籍で、ライティング部門はプログラマー、電子技術者、電気技術者、機械技術者、建築士、看護師、高校教諭、管理栄養士、果てはスタイリストまで、そう言う集団なんですよ」
「さすがは時価総額二十億ドルのユニコーン企業・・・上場しないんですか?」
「資金調達する必要を感じないし、役員以上の給与をもらう社員への背信と背任になるので。なんなら社長の私より年収が高い社員が、そこにいますよ?」
配信ブースを指して言う一義、絵里奈はドン引きだ。
「いい子たちですから、そんなに構えなくて大丈夫ですよ」
そんなアレクシアのアドバイスは聞こえていなかった。