ストレス
ジャストライフゲーミングとしてのプロへの活動が学校公認となり、息抜き以外は練習に明け暮れる日々が訪れた。
そんなある日、美優希が体調を崩した。
理由は生理痛だ。体の話をしてからその月のうちに初めては来て、それからは周期も外すことなくしっかり来ていたのだが、ここに来て量も増えてひどい腹痛と重い頭痛を抱えた。
学校を休み春香に付き添われて産婦人科へ行き、精密検査まで受けたが、異常は見つからなかった。
家に帰って寝込む結果となった。
「先生がおしゃったようにストレスかしら?」
「自分の時間、一人の時間が取れてないからその所為だと思う。春休みに温泉にでも連れて行って、リフレッシュさせようかと思うんだが、どこかいいところはないか?」
「そうね、せっかくなら二泊三日ぐらいがいいかもしれないから、湯布院とかどうかしら。ホテルよりも、旅館の方がいいと思うわ。あ、私は美春とお留守番しておくわ」
「頼む。湯布院か」
そんな話をしていると、夕方、心配になったのかあの三人がお見舞いに来た。
「ごめん」
そうやって謝る美優希、輝も野々華もクリステルも、仕方ない事だから、で片付けて謝らないように言う。
それでも、三人の顔を見て安心したのか、薬が効いたのか少しは楽になり、夕食後、自室に入ってすぐに寝てしまった。
翌日、前日より楽ではあるようなのだが、一義は少しふらついているのを見て学校を休ませる。さらに翌日はずいぶん楽になり、美優希は学校に行く事ができた。
そうして元の日常に戻り、春休みがやってきた。
「ねぇ、パパ、明後日から三日間配信休みなのは、結局何で?空けとけ、っていうから予定入れてないけど」
「前日に言うつもりだったが、温泉旅行に行こうと思ってな、二人で」
「え、ママと美春は?」
「お留守番よ、貴方の為にね」
「私の?」
学校を休むほどの生理痛に悩まされている事からストレスを疑い、一義は単に付き添いと言うだけで、一人で羽を伸ばさせるつもりだと伝える。
無理しているようには見えず、自覚していないかもしれないが、ストレス自体は気付かないところで溜まっていく。
「そっか」
「平日は、学校、練習、美春の相手と勉強、土日は、練習、練習、配信、美春の相手、月一回の休日は、ゲームしてるか買い物行くか勉強するか美春の相手するか、美優希が美春の相手をしてくれるから俺たちは楽なんだが、その分しわ寄せがお前に言ってる気がするんだよ」
「そんなの感じないけど、私、美春のこと大好きだし、遊んでてすごく楽しいよ?」
「辛そうには見えないけど、結局自分の時間を取れてるのは休日だけだろ?それが良くないかもしれないんだよ」
「んー?」
いまいち納得が行ってないようだが、気付いていない、気付けないだけだ。
「金はあるんだし、パーっと遊んでいいと思うんだよ。足になってやるから、遊びに行って温泉でゆっくりしよう。お留守番とか言っても、ママと美春も旅行だから、な?」
「うん、ママも、羽を伸ばしてくるから心配しないで。最近甘えてないでしょ?」
「うん、わかった」
笑顔で頷いた美優希、だが。
「荷物の準備・・・」
「そこの段ボール開けて見ろ」
寝室の前にある段ボールを一義に指さされ、美優希は言われた通りペーパーナイフで養生を切って開けた。
「スーツケース、しかもピンクー」
「ピンク色が好きみたいだからな。その中にお泊りセットも入ってるから」
「ほんと!」
「ああ」
早速中を開けて確認する美優希は、小学生のようにはしゃいでいる。
「修学旅行もあるし、留学の時は俺の使ったからな。せっかくだから用意した」
「あ、メーカー同じだー。え、化粧品?いいの?」
「化粧品とシャンプーとかはママが選んでくれた。化粧もマナーだ。学校からも用意してあげてくださいって、言ってきたからな」
「パパ、ママ、ありがとう!」
早速、美優希はリビングで化粧の仕方を春香から習う。鏡ではなく、スマホを利用する方法、今時だなぁと一義は感慨深い。
そうして余は更けて行き、旅行当日。
「ねーね、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
車の窓越しに美春とあいさつを交わし、一義の運転で出発した。
「パパ、二人きりって久しぶりだね」
「だな。ママと再婚して以来か?」
「たぶんそうだね。やっぱりストレスなのかな?」
「疑っておいて損はないだろう。それに、俺と過ごすことが目的じゃない」
頬杖をついて外のを眺める美優希は、間を開けてこう言った。
「やだ、パパと一緒がいい。私、パパと二人だけの時間が欲しかった」
「そうだったのか。そう言うのは普段からもっと言っていいぞ」
「でも、ママと美春が」
一義は美優希が何か言わんとするのを遮って言葉を続ける。
「お前の事だ。家族の事を考えたんだろ?ありがとな。たぶんだけどな、お前は昔みたいに存分甘えたいだけなんだよ。潜在的に俺が春香と美春に取られたと、感じてたんじゃないのか?それが、俺との二人だけの時間、じゃないか?」
「そう、なのかな」
「たぶん、だけどな。三歳から中学に入るまで、俺はよほどでないと家にいたからな。二人きりがそれまでデフォルトだったんだ。そう感じても仕方ない。ほら、姉や兄と付き合う相手に突っかかったり、ぐれたりする妹や弟いるだろ?それと同じなんだよ」
美優希は首をかしげて考えているようだが、『そうかもしれない』と言って認めた。
「安心しろ、結婚前はお前がそう言ってもいいように、その時どうするか、ママとはちゃんと話し合っているから。何なら、ママと二人だけで旅行行って見るか?」
「いいのかなぁ?」
「いいよ。そう言う話だったし、無理に行かせない為に、わざと言わなかったからな。美春も三歳になったし、ママはいないけどパパがいる事に慣れさせた方がいい。行くなら時間は作ってやるよ。無理はしなくていいからな」
「大丈夫、行って見たい。ママと話し合ってみる」
その顔に嘘がないと感じた一義はほっと一息を付いた。
休憩に寄ったパーキングエリアで軽食をとり、車の中でカフェオレを呑んで一息ついている時だった。
「あ、部屋って別々だよね」
「いや、旅館の離れで、離れの寝室はふすまで仕切れば二部屋って感じだ」
「初めからわかってたの?」
「いいや、寝る時だけは隣の部屋にいるのは我慢してもらおうかな、とね」
そう言われたが、美優希は少し考えを巡らせた。
「そっか、仕切れば二部屋だもんね。無駄無しってことだね」
「ごめんな」
「大丈夫。でも、よく思いつくね」
「結局貧乏性なんだよ」
間が合って美優希は吹き出し、思いっきり笑った。
「ハハハ・・・私は大丈夫だけど、美春は大変そう」
「かもな、さ、行こうか。シートベルト閉めて」
「うん」
パーキングエリアから数時間、旅館についてチェックインを済ませ、離れに荷物を置くと鍵を閉めた。
宿の人におすすめされた観光スポットを回り、夕食、観光スポットでだいぶ食べたはずだが、美優希はよく食べた。
「おいしー」
「そうか、それは良かった」
「でもさ、パパもママもすごいよね。あんまりレベルが変わらない」
「ママはパティシエールだけど、お菓子作り以外もちゃんと勉強したんだってさ。俺はお前においしいものを食べさせたかったから、いろいろ研究したし、お祖母ちゃんにも教えてもらってたりするからな」
美優希の祖母、恵理子はまさに家事の達人だ。針仕事はそもそも服飾デザイナーだったのでプロ、そして昔から料理に関しては天才だった。
美優希の祖父である義政が結婚した理由が、胃袋を完全につかまれたからである。フレンチ、イタリアン、和食、中華、ファーストフードに至るまでレシピ本から完璧に自作できる。
更に、今やっている複合飲食店は、あるシェフが旅行でたまたま訪れてから、メニューをすべて食べるまで仕事に復帰しなかった程に衝撃を与えた。本人たちが望まないで、田舎の隠れた名店だが、連日客足が遠のくことはない。
「お祖母ちゃん、反則だよねー。なんでプロじゃないんだろう」
「俺には、服を作る仕事の方が断然やりたかった、って言ってたな。やりたい事と能力が一致するなんて稀な話さ」
「ふーん」
夕食を食べ終えて、縁の椅子で庭を眺める二人、ゆったりした時間は悪くない。
「ねぇ、パパ」
「ん?」
「私、やっぱり反抗期が怖い」
美優希は椅子の上で膝を抱きかかえてそう言った。
「まだ不安なのか」
「うん。パパはさ、嫌われないように身だしなみとかきちんとしてくれるじゃん?体型も気遣ってるんでしょ?」
「まぁな」
「昔の写真じゃさ、少し太ってたよね」
そんなことを言われて、一義は昔を思いやる。
優里の不貞行為が発覚するまでは、確かに少しだけ太っていた。それから痩せられたのは少し感謝していたりする。今はどうかと言うと、普通と言ったくらい。
「でも、少し、お腹の肉は付いてるよ」
「そんなこと言ったって、服に隠れちゃうぐらいじゃん。休みの日だって全然ゴロゴロしないしさ、できる事なら何でもしてくれるし。私、おかしいのかなぁ」
「俺はおかしくないと思うよ」
「この離れ、家族風呂ついてるよね。この年になってもパパと一緒に入りたいって、おかしいと思うんだ」
体は完全に大人だ。その胸の所為で、最近は肩が重いとすら思っている。
「私が女子高に行きたいって言ったのもさ、男子の目が気持ち悪かったんだよね。告白されたこともあるけどさ、社長の娘とか、体型とかで、内面で告白してきたのいなかったし」
「美優希、親にとっての子供って、何歳になっても子供なんだよ。偶にだったらお風呂もいいじゃないか?背中を娘に流してもらえるって、結構うれしいんだよ。お前は俺を恋愛対象として見れるのか?」
「無理。だけど家族としては好き」
「そう言うことだよ。お前は一時期シングルファーザーを経験している。だから、ママと呼べてもどこかに他人の意識が存在する。俺にはそれがあるか?」
目を閉じて考える美優希は、自信をもって『ない』といった。
「一時期は悩んだけど、でも、自信持って言える」
「そうか。それが過ごしてきた時間だよ。その時間がお前に不安を与えるんだろう。不安になったらいつでも甘えておいで、親にとって子供がいつまでも子供であるように、子供にとって親はいつまでも親なんだから」
「うん。わかった」
美優希の笑顔を見て、一義も笑顔を見せた。
「美優希、背中、流してくれるかい?」
「うん、流す、行こ!」
美優希に手を引かれ、家族風呂に向かい、髪と背中を流し合い、お風呂の中では肩を揉み合う。
「結構硬いな」
「結構重いんだよ、これ」
「だろうな。これからは職業病も重なるから、偶にでいいから、整体院に通いなさい」
「うん、そうする」
美優希は向かい合えるように、お風呂の中を移動した。
「明日もここに泊まるんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、明日も一緒にいい?」
「お望みとあらば」
それを聞いて嬉しそう笑みを浮かべ、ゆっくりと肩までつかり、家族風呂を堪能した。
お風呂から上がり、背中を拭いてもらった美優希は、裸のまま一義に向き直った。
「パパ、私、綺麗?」
「綺麗だよ。もう少し垢抜けたら可愛いとは言われなくなるかもな。でも、もう充分綺麗な大人だよ」
「あの人と同じ?」
「全然違う。お前の方が綺麗だよ。さ、服を着なさい。風邪ひくよ」
「うん」
寝間着を着て部屋に戻ると、美優希は早速一義にドライヤーを掛けてもらう。終わると今度は一義の髪にドライヤーを掛ける。
布団に入ると、美優希はやはり、一義の布団に潜り込んで抱き着いた。
「パパ、また同じ時間が欲しいな。今度は冬、雪が積もる場所がいい」
「わかった。場所は探しておくよ」
「うん、お願い」




