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留学と学校




「どうして留学しようと思ったの?」

「目標の為に英語と視野が必要だから」


 留学先で同い年に聞かれて臆面もなく答える美優希と輝と野々華、クリステルの場合は少し違う。


「留学先で交通事故に遭って、運が悪かっただけだって証明しに」


 である。

 一生懸命英語で伝えようとすると、皆しっかり耳を傾けて聞いてくれ、間違ったところはしっかり教えてくれる。

 逆に四人は日本の事を教える。

 やっぱり話の中心はアニメや漫画の事、しかも、ばっちり配信者であることがばれてしまっている。隠さなくていいので楽な物、ゲームの話でもばっちり盛り上がった。


「そうそう、お弁当を見せたら大盛況で、ホームステイ先のママさんがすっごく食いつて来た」


 そんな美優希の報告を、一義と春香と美春は週に二度、ビデオ通話で聞いている。


「どんなの作ったんだ?」

「キャラ弁、まだまだ、浸透してないみたい。ホームステイ先の娘さんが人気者になれたってすっごい喜んでててね」


 これだけしっかりおしゃべりできるのも、美春がようやく美優希と会えない事に慣れたからである。初めはパソコンにかじりつかれて離さず、美春のご機嫌取りしかできなかった。

 出発時はそれほどでもなかった。

 しかし、ふたを開けてみると、美春は美優希がいない寂しさで連日ギャン泣き、それが大変で一義と春香はそうでもなかった。美優希がいない事に美春が慣れてしまうと、今度は一義と春香に寂しさが降りかかった。


「俺の子離れももう少しかかりそうだな」

「そんなこと言わないでよ。でも、私ももうホームシックかも。ちょっと辛い。帰ったらうんと甘えるからね!」

「はいはい」


 輝と野々華も同じような状態で、一番しんどそうなのが輝だ。

 持ち前の絵の上手さで三人よりも多くの友達ができ、それで何とかなっているような様子で、親にも『一緒に留学してくれる人がいなかったらやばかったかも』と漏らしている。

 今回の留学先はクリステルのリベンジも兼ねたフランスで、英語を主要言語に置く学校をわざわざ選んでいる。

 そのクリステルは中学時の留学でできた友達がいて、母親仕込みのフランス語も話せたので全く苦にしていない様子だ。事故が通学の時だった為に、通学が相当怖いようだが、ホームステイ先の家族と美優希たちの存在で、怖いだけで済んでいる。

 十二月、空港で四人を出迎えると、美優希が姿を見るなり一義に抱き着くと言う、ハプニングが発生したが、あまり騒がれることもなく空港を後にできた。

 車の中で美春を抱っこする美優希、抱っこされる美春は大喜びである。美優希と美春の笑い声を聞いて、一義も春香も一安心できた。

 家に帰り着き、ローソファーで猫のように甘える美優希、一義が喉を擦ってやるとゴロゴロと喉を鳴らす真似をするくらいにはノリが良い。


「高校生にもなってこたつむりなんてな」

「炬燵は日本の文化だよ、外国にはないから恋しくて仕方なかったんだもん」

「あのなー」

「美優希の気持ちは分かるわよ。私も修行から返ってきたときは、炬燵を堪能したわ」


 春香は美春を抱いて炬燵に入り、美優希の所に向かわせる。


「ねーね、あそぼ」

「なにしてあそぶー」

「おえかき!」


 留学と言う非日常から戻って来て、家庭には笑顔が戻ってきた。

 翌日。


「は?」


 学校で美優希は不快をあらわにした。しれっとスマホの録音機能を有効にする。


「だからー、キモオタに媚び売って儲けて、大変ねー。しかも、空港でお父さんに抱き着いてたでしょ?パパー、ただいまーって、私見ちゃったんだー、キャハ、ファザコンとか笑えるー」


 美優希は席から立ち上がり、その高身長で威圧を掛ける。


「ファザコンは別にいいよ、隠してないし、事実だから。私は家族の事が大好きだし。媚び売ってるように見えるんならそれでいいよ。事実なんだろうし。だけど、リスナーを貶すのは許せない。私たちにとって彼らはお客様だから」

「はぁ?きっもー。家族大好きとか高校生にもなって」

「え、家族の事好きじゃないの?学費とか出してもらってるのに?」

「学費なんて当たり前の事じゃない?」


 その瞬間、美優希は『こいつはダメだ』とあきれ顔になった。


「可哀想、誰かを見下さないと生きていけないなんて。私はこの学校の学費も、留学費用も、大学の費用も、自分で稼いだし、そのお金はあなたがキモオタと見下す、お客様が出してくれたお金なんだけど?」

「えー、出してもらえなかったの?可哀想。それに、そんな底辺みたいな生き方、見下されて当然じゃない?」

「同じことを、あなたの会社のスタッフやお客様に言えるの?あなたの学費はお客様が持ってきてくれたもので、スタッフも稼いでくれたものでしょ?」

「そうねー。やっすい居酒屋に集まって、安い原価の料理を食べて、安月給で働いてくれるとか、ほんと底辺よねぇ」


 特大級の溜息を付きながら、美優希は録音を止めた。


「ねぇ、あなたはもう、少年法に守られる年齢じゃないって、分かってて言ってるんだよね」

「えー、なぁに?この程度で訴えるの?」


 そう言われて、スマホで録音した会話を大音量で流す。


「証拠として弁護士さんと話するね。私は配信者として会社に所属してるの。知ってるでしょ?ひどいアンチがどうなったか。顧問弁護士のお祖母ちゃんがいるから、覚悟しておいてね。私にはそれだけの余裕のある稼ぎを持っているから」

「この程度で」

「この程度で訴えないと貴女の常識が変わらなさそうだし。あ、貴女のパパに言いつけても大丈夫だよ。貴方の土俵で言ってあげるね。株式会社ジャストライフ、大企業に匹敵する中小企業の社長が私のパパだよ」


 美優希から放たれる暗黒微笑、美優希は学校にいる人間すべてを把握して、きちんと調べた上で過ごしており、一義が主要株主になっている会社の代表取締役の娘がこいつだと分かっている。


「その辺にしなよ、聞いてて耳が痛いし、無知も甚だしいよ。株式会社ジャストライフは上場してないだけで超有名なメガベンチャー企業、インターネット広告代理とインターネット報道のパイオニア、複数の雑誌社のサイトまで手掛けてるし、繋がりあるんだよ?」

「外ではそう言われてるみたいだね。あなた、私に会社がつぶれそうな爆弾渡したんだけど、それは分かってるの?大丈夫?」

「渡してないわよ、そんなもの」


 自身の取り巻きにまで責められるとは思っておらず、完全に焦りの色が露わになった。


「いや、渡しちゃってるの!まさかと思うけど、自分のお父さんの会社が何をしているのか知らないとか言わないよね?」

「それくらい知ってるわ。飲食チェーン店運営の、シルバーフォークホールディングスよ」

「ああ、パパの会社がサイト運営してあげてる会社の一つじゃん」

「はぁ?サイト運営程度」


 美優希の言葉に答えたそれはかなりまずいものだった。


「知らないんじゃん。そのサイト運営をジャストライフに委託してから、シルバーフォークホールディングスは事業拡大できるようになったんだよ?と言うか、サイト運営委託する前は事業整理迫られたのも知らないんだね?」


 よくよく話を聞くと、取り巻きの一人はシルバーフォークホールディングスの営業部長の娘で、この学校に来たのも、突っかかってきている取締役の娘さんを、助けてあげてほしいと言う願いからだ。


「私、ずーっと貴女の行動と言動を見て来たけど、もう限界よ。この件はお父さんを通して代表取締役に報告するね。お父さんの仕事を守る為に我慢してきたけど、もう無理」

「そうそう、勘違いしてるみたいだから言っておくけど、代表取締役と社長は本来別の仕事だからね」

「え」


 さらっと美優希が言った言葉にさらに狼狽える。


「え、ちょっとそれも知らないの?ほんとに役員の娘なの?だとしたら貴女相当やばいよ?私、会社潰れても知らないからね」

「え、待って、潰れるって」


 取り巻きの一人が出て行き、ようやく身に染みたのか、その場に座り込んでしまった。


「もう中学生じゃないんだよ。今回件、謝罪とか要らないし目を瞑ってあげる。私も大人げなかったし」

「いいえ、変わる為にはお互いに謝罪は必要よ」


 騒ぎになってしまった教室に訪れた校長から、そう告げられた。響輝女学園の校長はサラリーマン上がりで、理事長の姪と言う噂のある、見た目からエリート系の女性だ。


「話は聞いたわ。片岡さん、貴女は身を守る為とは言え、学生同士としては少しやりすぎよ。御堂(みどう)さん、片岡さんが言った通り、見下すのは止めなさい。そのような生徒を受け入れた覚えはありません」


 御堂とは美優希に突っかかってきた女の子の苗字だ。


「さ、先に謝るべきは御堂さんよ」

「ご、ごめんなさい」


 渋々謝る態度に美優希は怒りを抑えつつ、しっかり頭を下げて謝った。


「録音と弁護士は言い過ぎました。申し訳ございません」


 校長は謝罪の仕方の違いに溜息を付いた。


「親が親なら、子は子ね。片岡さん、放課後時間がないでしょうけど、校長室に来てくれるかしら。あと、録音データを今私にくれないかしら?」

「はい。お渡しします」


 学校のサーバーへのアクセス方法を教えてもらってアップロード、校長はダウンロードを確認すると、サーバーから録音データを削除した。


「録音データは一応持っていなさい。流出させてはダメよ」

「もちろんです。しかるべきところに保管します」

「そうして頂戴。御堂さんはついてきなさい」


 校長に連れていかれた御堂は、その後全く元気がなかった。

 放課後になって校長室に出向いた美優希は、ソファーに座らされて、お茶まで出された。


「あ、冷たい方が良かったかしら」

「いえ、寒いので暖かい方が嬉しいです」

「そう?良かった。若い子たちは冷たい方がいいってよく聞くのだけどね」

「この学校に通う学生であれば、季節に合った飲み物であればちゃんと受け入れてくれますよ」

「そんなに評価してくれるのね。ありがとう」


 対面に座った校長はお茶を一口飲み、それを見た美優希はお茶を一口飲んで驚いた。


「飲みやすい・・・」

「一応ね、あまり渋くないものを用意してるの」

「あ、申し訳ございません」

「いいのよ。お嬢様学校とか言われてるけど、子供は子供だから」


 そんなことを言われても、美優希の頭は完全に上がらない。


「それよりも、片岡さん、御堂さんが変われたら、ちゃんと許してあげてくれるかしら?」

「それは当然です」


 話を変えられて顔を上げた美優希はしっかりと答えた。


「寧ろ、これからいじめられるようなら手を差し伸べるつもりです。その手を払われたら二度と差し伸べませんが」

「それはなぜ?」

「自分の力でどうにかする為に払う場合があるからです。その場合、私と言う存在は障害になってしまいます。自立しようと助けを求めてくるのとは違いますから、与えるチャンスは一度だけです。陰から根回しはします。幸い、親友の岡田と御堂さんは同じクラスですから」

「さすがは片岡社長の娘さんね。じゃぁ、変われなかったどうするの?」


 その質問から試すつもりであると言うのがすぐに分かった美優希は、わざと間を開けてから答えた。


「自滅に施す程、私はできた存在ではないです。ただ、私も含め、親友である岡田、朝野、安田の誰かに『助けて』と言えたら、助けます」

「そこまで鬼じゃなくて良かったわ」


 美優希は決して目を話すことなく答え、その答えに校長も納得の様子を見せた。


「片岡さん、私はあなたに期待しているわ。プロゲーマーとして、来年がデビュー戦でしょう?」

「何でそれを」

「貴女が入学する前に、片岡社長から聞いているわ。配信を行っている事も。私も、なんでしたっけ?リスナー、かな?よく見ていますよ」

「ありがとうございます」


 立ち上がってお礼を述べる美優希に対して、校長は立ち上がって頭を上げさせた。


「私たち私立響輝女学園高等学校はあなたたちジャストライフゲーミングが、プロ活動を行えるよう最大限バックアップいたします。そして、全日本プロゲーミング選手権に課外活動としてボランティアの派遣を検討しています。お父さんに伝えてくれるかしら?」


 差し出された手を両手で握って、また頭を下げた。


「ありがとうございます。必ず父に伝えます」

「ふふ、しっかり仕込まれているわね。もう少しビジネスマナーを学んだ方がいいわ。わが校では、課外講習会でビジネスマナーの講師を呼ぶ伝統があるの。必ず参加しなさい」

「はい」




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