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ピースはあと一つ




 誕生日会の後、美優希と一義と春香は梨々華に直接頭を下げられ、とても嬉しかったといって許した。

 その約三週間後、ベビーベッドで眠る美春から離れようとしない美優希が出来上がり、一義や春香よりも美春を可愛がり出した。

 美春の誕生日は節分二月三日、高齢初出産だったにもかかわらず、安産で分娩時間は二時間ほどだった。

 美春に病気の兆候もなく、生まれてくると元気に泣き、体重は二千九百グラム、産婦人科の先生たちが『いつもこんなに楽ならなぁ』と漏らしていたくらいだ。

 苦労したのは母乳で、思った以上に出てくれない。

 早くから粉ミルクになったが、嫌がらなかったので楽ではある。


「私はどうだったの?」

「美優希もあんまり変わらなかったよ。予定日より少し早かったから体重が少し軽めだったぐらいで」

「やん!また揉んでくる」


 二月の終わり、ローソファーに座る一義の隣で美春を抱く美優希、産後疲れと夜泣き疲れで春香は寝ている。美優希が美春を抱いているとよく胸を揉まれているのだ。これが割と痛いらしい。因みに吸われたこともある。


「この頃の食いしん坊は悪い事じゃない。その胸はまだ大きくなるかもな」

「えぇ、結構重いのに・・・」


 優里がEもあったので仕方がない。と言うか既にブラのサイズはEだ。ただ、これに似た少し心配なことがある。


「お前、生理は来たのか?」

「ううん、まだみたい。優里さんは遅かったの?」

「いや、早かったと聞いているが、必ずそうなるわけじゃないからな」

「来るなら早く来てほしいなぁ、いつ始まるか分からないのが一番怖い」


 美春を抱いたまま器用に一義に寄りかかる美優希、美春は寝ているようだが、美優希が握らせた人差し指をずっとにぎにぎしている。


「可愛い」


 母親の笑顔を見せるませた美優希に笑みを向け、結局この日はこのまま全員でお昼寝と相なった。

 三月に入ってようやく美優希は妹が生まれたことを配信で報告、これがまたご祝儀だと言ってお金が集まっていく。

 センシティブなのに、赤ちゃんが絡んでいるので、美優希の話すエピソードや顔にモザイクを掛けた画像はほっこりと迎えられており、生々しさもあって嘘をつついてくるような輩はいない。

 因みに、誰も触れないだけで、Corsairが誰であるなど視聴者の半数以上は分かっている。

 営業妨害になる迷惑行為をする輩に制裁を下したことがあり、その件の話で美優希がうっかりパパと漏らしてしまったのだ。

 その時は美優希がパパ呼びをしている事の方が衝撃的だったらしく、自然と流れてしまったのだ。お菓子作りの動画中はママではなく先生、練習配信中はパパではなくコーチと呼んでいたせいもある。

 今回にしても、画像で美優希と春香の胸が大きめだと分かって、そっちでざわついている程だ。それこそ、生配信を動画化する為に編集をした女の子が気を利かせて、何とは言わないが『私中学生に負けた』等を入れて誘導してくれている。


「みっはるー、ただいまー」


 美優希が帰って来て美春に声をかけると、うれしいのか笑顔を見せてくれる。


「美春ー、きょうはねー」


 慣れた手つきで美春を抱き上げて、良く話しかけ、揉まれても少し顔をゆがめるだけで、笑顔を崩さない。


「心配したのが馬鹿馬鹿しいわ」

「俺もそう思ってる」


 美優希の溺愛振りは両親である春香と一義が引くぐらいである。


「果たして誰を最初に呼んでくれるのかしらね」

「このままだと美優希だろうな」

「どうかしらね」


 美春が泣き出すと、美優希はすぐに春香の下に寄って手渡した。


「もうわかるようになったのね。偉いわね」

「へっへん」


 そう、美優希は泣き方でなんとなく何を求めているのかわかるのだ。

 春香が授乳し、やはり足りそうにないので一義と一緒に美優希は粉ミルクを準備する。人肌の温度もしっかり覚えている。

 一義も春香も、美優希のおかげでしっかり楽できている。

 美優希が二年生になり、美優希に恨みを持った上級生がいなくなったことで、美優希は楽に過ごせるようになった。

 美春のおかげで美優希の周りには更に女の子が集まり、クリステルの介助もみんながちゃんと協力してくれる。それこそ、必要なら車椅子は男子が運んで、クリステルは交代で背負ったりお姫様抱っこしたりしている。

 クラスだって関係なく、修学旅行では班分けせずに、学年皆で助け合おうと言う目標を掲げたほどだ。

 ただ、先だって問題が出たのは体育祭だ。


「クリステルができる種目がない、恥ずかしい話、先生たちでも思いつかなかった」


 先生たちは受け入れたはいいものの、状態で、そこまで頭が回っていなかったらしい。

 しかし、クラスの男子が手を上げて、すぐに解決に糸口を口にした。


「先生、俺たちが一時的に車椅子に乗るのって問題ないんですか?」

「問題はないけど、乗ってどうするんだい?」

「クリスは自分で車椅子動かせるんでしょ、だったら、俺たちも足を固定して、車椅子で競争しましょう?車椅子がどんだけ大変か、思い知るいい機会ですよ」

「それは・・・」


 いまいち歯切れの悪い先生に、その男子は畳みかける。


「俺だって交通事故で骨が折れて一時期は車椅子でした。自分で車椅子を転がすのがどれだけ大変か、俺は自信を持って言えます」


 確かにこの男の子は、率先してクリステルの車椅子を持ってくれ、押してくれる。体験しているのなら、率先するはずである。


「今まで黙ってました。いなくなりましたけど、三年生が怖くて。腕が使える競技なら、それこそ騎馬戦だってできると思います。それに、グラウンドで輝くだけが体育祭じゃないでしょ?放送だってできるじゃないですか」

「いや、そうだが」

「放送は裏方の花形ですよ」


 言い方は完全に経験者だ。


「クリス、放送やるなら鍛えてあげられるよ」

「え」


 美優希は周りに聞こえないよう、クリスに耳打ちした。


「やるなら鍛えてあげる。実況者としてね」

「お願いします」


 火の付いたクラス会議を、クリスは手を上げて止めた。


「車椅子は結構高いです。準備するの大変なはずです。だから、私は放送頑張ります」

「先生、去年の体育祭のビデオって借りれますか?できれば持ち出ししたいです」


 美優希はクリスの後に続けていった。


「今度は何を企んでいるんだい?」

「それは体育祭のお楽しみですね。使えるものは全部使いますよ」


 その言葉に特大級の溜息を付いた先生は、放課後までに用意する約束をしてくれた。

 職員室ではビデオの持ち出しで議論が起こったが、美優希がやろうとしている事に気付いた校長は鶴の一声を放って、五年分の映像が貸し出されることになった。

 また、特大級の溜息を付いたのは一義も同じことだった。


「クリスちゃんの為だ。仕方あるまい」

「「やったー」」


 とは言ったものの、人を召喚することまではかなわなかったが、伝手を使って何人かから、いくつかの実況に必要なコツを入手できた。

 クリステルはリハビリのない日に、美優希たちと一緒に会社へ来るようになった。指導と言えるのか分からない指導をしながら、一義はあることに気付いた。

 ともかく状況把握能力がずば抜けている。

 試しに、美優希たちの音声を切った、配信されていない練習映像を見せてやらせるとそれははっきりとした。


「グレネード来る、顔出しさせたらダメ。右に別のパーティー、顔出しは左から」


 実況するのではなく、経験があるのなら何をすべきか言って見るだけ、たった一つの場面だけでも、正解の動きを当てて見せたのである。

 特に右からの別の敵、画面外からの弾道を見逃さずに気付いて見せたのだ。


「こいつは・・・」


 周りは配信とその制御で気づいてはいない。

 一挙手一投足を見逃さないその把握能力、まさかと思って聞いてみたらその通り、留学先の学校でチェスの学内大会で優勝していた。

 いったん休憩を入れて、配信が終わるの待った。

 美優希たちが個室から出てきてアレクシアも一緒に、さっきと同じことを違う動画で行って見せる。

 試しにタイマン可能なFPSで三人と戦わせると、クリステルは三人をただでは勝たせてあげないのである。なんとか勝てたのはエイム力の差でしかなく、一義がやった場合と同じ結果だ。


「パパぐらいに戦いにくい相手が近くにいたなんて」

「動けなかったというか、動かされた」

「圧が凄すぎて、エイム勝負するしかないなんて」


 三人は驚くほど疲れていた。対するクリステルも疲れているは楽しかったようである。

 一義はチームに入れるべき人材を見つけたのだが、リハビリがあるので維持以上の練習時間が取れない。練習時間の差は不和を生む。

 何事もなかったように指導を入れて、クリステルを帰した。家に戻ってから、改めて美優希と話をする。


「クリスとの対戦はどうだった?」

「あー、ああー」

「あ、ちょ」


 首が座り始めてから良く動く美春、抱っこする美優希は少し困っている。


「んー、司令塔としての才能はすごいかな。エイム勝負に持ち込めば敵じゃない。あとキャラコンももう少し。実況と関係あるの?ああって、痛い痛い痛い!」


 ツインテールの髪を引っ張って遊ぼうとするが、美優希の腕から落ちそうになって怖くなり、美春は大泣きする。


「ごめん、ごめん、こわかったねー」


 誰が抱いても泣き疲れて眠るまで泣きっぱなし、相当怖かったようで、もうしないだろう。

 春香と一緒に美春は寝室で眠り、パソコン部屋で一義は仕事を、美優希は宿題をしている。


「クリスは実況大丈夫そう?」

「大丈夫どころか指導しない方がいい気がしてる。これ以上はあの子らしくなくなる」

「確かに。で、対戦は何でさせたの?」

「いやな、もう一人のチームメイトとしてどうかと思ったんだよ。ただ、リハビリがあるから練習時間が取れないしなぁって。美優希もあともう少しで俺かクリス同等の司令塔に成れるから、司令塔は二人もいらないしな」


 いてもいいが衝突した場合が怖い。二人だけならいいが、他二人にそれを御せるだけの能力があっても、いつまでも続かない。


「ねぇ、今度クリスが来るとき、パパとクリス対私たちのツーバイスリーやってみない?」

「なんで?」

「それで私たち勝てないんなら、当面の目標になるし、それだったら輝も野々華も、もう一人のコーチとして認めてくれると思うよ」

「コーチ、そうか、じゃぁ、やってみるか」


 翌々日、どれだけムキになっても、美優希たちは一義とクリステルのペアに一度も勝つ事ができなかった。

 はたから見ていた梨々華は真っ青になっていた。理由は変則的な動きを入れてもすぐにばれて手駒に取られていたのを、外から眺めていたことだ。

 アレクシアは割と呑気で、クリステルが一義のおかげで、ここまでできているとしか思っていない。


「シア部長、クリスちゃんは本物ですよ」

「お世辞は大丈夫ですよー」

「お世辞じゃないです。だって、社長とクリスちゃんは一切喋ってないんですよ。個室なので合図もアイコンタクトもできません。それが、外国人プロにも一目置かれている子たちをコテンパンにしてるんです。技術はつたないですけどね」


 ようやく事の重大性に気付いたアレクシアは口を押えた。


「わお・・・」


 そうして状況把握能力に自信が付いたクリステル、今年の体育祭はクリステルに煽りに煽られて、凄まじい盛り上がりになったのだった。

 因みに、試しに投稿されたツーバイスリーの動画、『コーチ陣に手駒にされる選手志望』が伸びに伸びた。コメント欄には、複数の外国人選手からの『君たちと対戦する日が楽しみだよ』とあり、物議を醸したからだ。




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