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神様と雷




 学校が終わっていつものように会社に集まった四人、誕生日までは練習しない、と一義なしの配信である。

 前からやってはいたが、MODを入れてやりたいと思っていた美優希の為に、JAVA版ディグクラフトを買ってもらい、その配信をしている。ディグクラフトは世界で最も売れたゲームであるほど名を馳せるサンドボックスゲームで、あらゆるものが四角で表現される。

 ディグクラフトには俗に統合版とJAVA版と言うエディションが存在し、どちらもマルチプレイが可能だが、クロスプラットフォームに対応する統合版と、MODが動作可能なJAVA版と言う特徴がある。

 MODとは有志が作成する拡張機能の事を指し、手順を踏むことでゲーム性がほぼ無限に拡張されていく。


「投げ銭ありがとー」


 裏でアレクシアが同時通訳をしている所為で、同時視聴数は百万人に膨らんでおり、ゲームどころではない。

 その額に青ざめる梨々華と、頭を抱える一義、開始一時間で投げ銭機能を中止させ、たった一日で一千万越えの投げ銭を稼ぎ出してしまった。

 配信を終えて、個室から出てきた三人もドン引きしているが、アレクシアはさらに気合を入れている。

 SNSでは投げ銭機能の中止に非難轟々で、こんなうれしい炎上は他にないと、感謝の声明をすぐに出した。

 さて、後は帰るだけ、声明のおかげで上手い事美優希だけを引き止める事ができ、一義は美優希を車に乗せて走らせた。

 クリステルが来てからは、梨々華以外は車で送り迎えしてもらっており、しばらく自転車に乗っていない。


「ねぇ、何処に向かってるの?」

「ん?内緒」


 帰る方向が違うことに気付いた美優希は、一義に問うが分からず仕舞いだ。

 車が止まったのはきれいな平屋の一軒家、生け垣に囲まれて目隠しがされ、モダンながら落ち着いた雰囲気が漂っている。


「え、ここ・・・」

「新しい我が家だよ。驚かせたくて隠してた」

「そうだったの!」


 一見すると木造に見えるが、ばっちりSRC造で頑丈かつ防音で、機密性に優れている。


「さ、中でママが待ってるから、行ってきなさい」

「え、やだ、パパと一緒に行く」

「ガレージに車を入れるだけだから」

「ダメ、一緒」

「はい、はい」


 こうなると頑固なので、もう一度美優希を車に乗せて、ガレージに車を入れた。


「シャッターは自動なんだね」

「門もだけどね」


 車を降りてガレージから廊下のような玄関ホールを介し、キッチンダイニングに入った時だった。


「キャッ」


 クラッカーが鳴り響いて、美優希にテープリボンが降りかかった。


「「「お誕生日おめでとう!」」」


 美優希が頭を上げた先にいたのは、クラッカーを持った輝と野々華、梨々華、クリステル、岡田夫妻に朝野夫妻、安田夫妻だった。春香はダイニングの椅子に座って微笑んでいる。


「え、教頭先生?なんで?」


 アレクシアの夫、安田典昭(のりあき)は小学校の時の教頭先生である。十歳も年下のアレクシアに射止められて(実際は嵌められて)結婚、元の住まいは同じ県内だが、校区が違うのでクリステルと会ったことはない。

 その事実をアレクシアから聞いた美優希は開いた口が塞がらない。


「あ、あの、ごめんなさい」


 失礼だと言う事に気付いて謝る美優希だが、典昭はそれを笑い飛ばした。


「皆似たような反応をするんだからいいんだよ。何、叫ばなかっただけ上出来だから」


 リボンテープを取ってあげながら、典昭は更に続ける。


「シアに嵌められたんだよ」

「嵌められた?」

「私のアピールに、年齢を理由になびかないから実力行使したの」

「えぇ・・・」


 美優希本日二回目のドン引きである。

 お酒が入ると途端に脇が甘くなる典昭は、アレクシアに浴びるほど飲まされて、ホテルで一晩、わざと朝まで下着のまま過ごし、責任を取らせたと言うわけだ。

 そんな衝撃の事実を聞きつつ、今が幸せならいいんじゃないかと、考えるのを放棄した。


「さすが社長さんです。家事動線が完璧です!」

「え、そうなの?!」

「まずは家を見て回ろうか」

「うん」


 約二十五畳のLDKはアイランドキッチンを備え、パントリーまでついている。キッチン裏は脱衣室兼洗面所、三畳の広々浴室にはスーパーワイド浴槽を備え、ランドリールームまである。

 ランドリールームはウォークインクローゼットにもつながっており、水回りが集まっているので、アレクシアが家事動線完璧と言うのも無理はない。この設計は社宅の最上階を参考に作られている。


「お風呂ひろー」

「建築士に頑張ってもらったよ」


 規格外なのでお風呂はかなり高くついている。普通は二坪、二畳程度だ。

 寝室はウォークインクローゼット付きの八畳間で、ダブルベッドを二つくっつけ、座椅子とローデスクが二つ置いてある。


「これだったら、四人で寝れるね」

「ああ」


 約六畳間の子供部屋は二つで、これまで四畳半だった自室が広くなると分かれば美優希は大喜びだ。これまでベッドと机が一体型だったから、四畳半でも広く使えていたのだが、これからは別にしても広々と使える。


「ベッドがフカフカ気持ちいい!」


 二段のままでは耐荷重でベッドマットに厚い物を選べなかったが、別にしたのでこれからは違う。


「そうだ、私の荷物は誰が運んだの?」

「女性社員が手伝ってくれたんだよ。中谷課長が社員に声をかけて手伝ってくれたんだ」

「中谷さん・・・あれ?結婚したから苗字変わったんじゃないの?」

「会社では区別の為に旧姓のままなんだ。結構多いよ。覚えてもらうのがめんどくさいって人も多いし」

「ふーん」


 最後はお待ちかねと言ってもいい部屋だろう。


「わ、二重扉、なんで?」

「開ければわかるよ」


 約十畳のシアタールームとしての防音室、勿論、使用用途はパソコン部屋である。


「パソコン部屋だー」

「高度な防音室だから、大声出しても迷惑にならないよ」

「じゃぁ、思いっ切り叫んでもいいんだ!」

「全力で遊べるよ」


 スクリーンとプロジェクターに、7.1chのスピーカーシステムまで備え付けられているので、当然シアタールームとしても使用可能だ。

 終始大喜びの美優希だが、一義は真純と涼子に耳打ちされてゾッとした。


「これでこそ社長よ。少しは自覚しなさい」

「そうですよ。片岡社長程儲けている世の中の社長さんはもっとすごいんですからね」

「はいはい」


 そんな真純と涼子だが、両夫はというと、不甲斐なくて消沈している。

 アレクシアは目を輝かせているだけだが、典昭はと言うと、ブツブツ何かをつぶやいている。


「教頭先生?どうしたの?」

「ん?いやな。片岡社長、これはRC造ですか?」

「ええ、厳密にはSRCですが」


 そう、正確に言えばSRC造で鉄筋コンクリート造である。RC造はコンクリート造、S造は鉄骨造、それぞれの良さを併せ持ったのがSRC造だ。

 欠点はともかく重いので、地盤改良まで施されており、工期はだいぶ長かった。


「うむ、木造でガレージを一台分にすると、安くなりそうですな」

「まぁ、それは間違いないですよ。実際にそう言われましたが、うちは防音性が欲しかったので。キッチン横のローソファーの裏のここは、割とデッドスペースですし」

「もし建てたくなった時は相談してもよろしいですかな?」

「もちろんですよ」


 そんな話をしつつ、寝室から机を移動させて座布団を出し、全員で鍋を囲む。


「美優希の誕生日を祝って、カンパーイ」

「「「カンパーイ」」」


 和気あいあいと全員の箸が進んでしばらく、美優希は春香にとある疑問をぶつけた。


「ねぇ、ママ、赤ちゃんもうすぐだよね?」

「そうよ」

「名前はもう考えてあるの」

「考えてあるわよ。美春、美優希のみの文字とママのはるの文字を取って美春よ」

「美春、みはる・・・え、え」


 一義の方を見た美優希は頷いて見せられて驚きを隠せない。


「うそでしょ・・・」

「美優希ちゃん、どうしたの?」


 春香と一義はニコニコで、他は分かっていない様子、皆を代表するように梨々華が声をかけた。


「わた、わたし」

「?」

「美優希は俺が春香と再婚して半年したくらいに、妹が欲しいって言ったんだよ」


 美優希は嬉しそうに何度も頷いた。

 真純は口を押えてせき込み気遣う浩司、涼子と龍也は箸を落として、アレクシアは『まぁまぁ』と、典昭は『美優希ちゃんらしい』と夫婦でニコニコ、輝は『ほんとだったの』と言い、野々華は頭を抱え、梨々華は美優希の手とって『やったね』と言っている。

 クリステルは全く知らない事できょとんとしている。

 事の重大性が分かっていないのは梨々華なのだが、野々華に説明されてもこう言い放った。


「私は美優希ちゃんのその勇気を、真っ先に褒めてあげるのが筋だと思うけど。事情が事情なら尚更じゃない?」

「いや、あなたね」

「それだけの信頼と絆がある裏返しじゃないかな?こんな事情を抱えた子がそんなこと言う?普通は言わないよ?子供を嘗めたらダメだよ。お母さんが思っている以上に、ちゃんと見てるし、感じているんだからね?」


 説教しようとした真純は、逆に説教されるとは思っておらず、狼狽えてしまった。


「社長夫妻だって相当悩んだんじゃないかな?たぶんだけど、再婚した時に子供を諦めていたんじゃないかな?」


 一義も春香も頷いて見せた。


「ほらね!ってことは、美優希ちゃんがそう言ったときに、ちゃんと向かい合って話をしてるはず」

「そこまで分かるのか」

「いつもの社長から、なんとなくですけどね。それに、美優希ちゃん泣いてるけど、この顔に不安があるように見える?」

「や、ちょ」


 両手で顔を上げさせられた美優希は恥ずかしさで耳まで真っ赤にしている。


「不安があるなら社長も春香さんも、あんなニコニコの優しい笑顔で、この場で返答しないでしょうが。大体、妊娠してるの隠してないし」

「梨々華ちゃん、もうそこまででいいよ」

「いいえ、ダメです。周りは事情をくみ取ってあげる必要はありますけど、本人たち以上に重く受け止めたら、それが障害になって本人たちが前に進めなくなるんです。私だって伊達に高校生活過ごしてません。今のクラス、ほんとにめんどくさいんですから」


 これについては浩司が同意を示した。

 同じ学校にいるわけではないが、噂は流れてくるのである。また、教師だから知り得る情報と言うのもある。気になって調べたのだろうが。


「それはそれだ。天に任せるしかない希望が叶ったんだ。美優希、ちゃんと妹の世話をするんだぞ?」

「うん!」


 涙ながらに、今日一番の笑顔を見せたのだった。

 梨々華も真純が謝ったことでその矛を収めた。これで、怒らせてはいけない人間がはっきりとしただろう。


「なんか、梨々華ちゃんが貴方の娘みたいね」

「これからの仕事に多面的な見方と立場ができるように言っただけなんだが。まぁ、父親が反面教師なんだろうよ。美優希も、できるようになれよ。なんとなくが一番危ない仕事だからな」

「うん、わかった」




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